12、一ノ瀬楓

「『ここより先ジャパン国憲法が通用すると思うなよ……。此処、異世界なり』……。い、意味がわからない。ここは異世界だというの?」

「そんなはずない!ほら、見て小鳥!そんなに古い立て札じゃないわ!」


荒れ果てた周囲と比べて立て札は荒れていない。

ライトに照らされた暗い空間ですらそう断言出来るくらいには不自然な立て札だ。

小鳥と楓はツバを飲みながら、立て札を睨む。


「待ってよぉ、小鳥ちゃん!楓ちゃん!」

「まったく、どんくさいねノアは」

「酷いよぉ小鳥ちゃぁん!」


間抜けな返事をするノアにちょっと頬が緩む。

そこへまた違う女の声がした。


「単独行動はやめておいた方が良いわよぉ!」

「悠久さん?」

「あたしらがいるなら戦力になるからな!」

「ヨルさん?」


自分たちについてくる義理なんかないだろうに心配してくれたことにノアと小鳥は嬉しくて涙が出そうになっていた。

しかし、その片割れで(彼らと一緒に行動ねぇ……)とちょっと内心穏やかではない楓。

仲良し3人で行動した方が気が休まることも、理由の1つだが、そこを気にしているわけではなかった。


(この人数がいて、切り捨てられる場面がくるなら?当然私、ノア、小鳥が選ばれるはずよ。確かに彼らと行動した方が危険は守れるだろうね。ただ、危険に巻き込まれた後は生贄にされるのは私たち……。困ったわね……。3対14じゃ多数決なんて場面でもこちらは惨敗するわね……)


楓は安心しきっているノアと小鳥を見ながら気を引き締める。

肝だめしでなあなあと一緒になったグループをすぐに信じられるほどに強い人物ではなかった。

置物によっかかりながら、閉じ込められて出られない現状をどうやって打破しようかと脳を回転させる。


(ノアと小鳥も危険な目に遇わせたくない。……どうしようか)


目を瞑りながら、とりあえず探索して脱出出来る箇所がないか探すしかないかと決心した時だ。


「ちょ、ちょっと?楓?何に寄りかかってんの?」

「え?銅像かなんか?」


楓は無意識に何かによっかかる癖があった。

柱や壁など、考える時は立つことにリソースを使わないようにするが故の本人も知らない癖だ。

小鳥が何かいきなり慌てだすのでなんだろう?と目を向ける。


「銅像じゃないよ……。か、甲冑みたいだよそれ……」

「え?」


甲冑?

西洋風の武装した格好をした騎士を思い浮かべる楓。

途端に気持ち悪くなり、ノアたちに駆け寄ろうとした時だ。


「後ろっ!危ないっ!楓ちゃん!」

「……え?」


ぎょっとして振り返ると甲冑の腕が動いているように見える。

ノアか、小鳥が握るライトの光に反射して、鋼鉄の剣がギラッと輝く。


「ひっ……!?」


非現実的なことに足がすくみ動けない。

ブルブルと震えて、(動け!動け!)と脳が命令しても金縛りにかかったように動けない。

顔を目掛けて剣が貫こうと襲いかかる。




(あ……、死ぬんだ……?)




自分の死期を悟った時だ。






「死ぬなっ!」





そんな男の人の声がして、楓の身体はいつもより身長が高くなる。

混乱していると、周りから「秀頼君!」「明智君!?」と焦った声が沸き上がる。


「え?」


呆然とした楓が振り向くと、男性が自分の身体を抱きながら床へゆっくりと下ろしていく。


「なっ!?なんで!?」

「ゆりか!」

「はい、師匠っ!」


甲冑の方向へゆりかが殺意を向ける。


「貫けっ!『アイスブレード』!」


30センチほどの長さの氷柱がゆりかの意思で姿が出来上がっていく。

ギフトに慣れていないノア、小鳥、楓がポカーンとする。


ギフト『アイスブレード』が射出すると甲冑の兜がベコベコと凹んでいく。

そのまま下へ兜が落ちると、灰へと変わっていく。


「な、何もありませんよ……!?」


理沙が兜が消えた甲冑の鎧を見て怯え出す。

中に人が入っていない。

そのことに理沙は1番に気が付く。


「秀頼君!」

「明智君!」

「俺は大丈夫だよ。か…………一ノ瀬さんは大丈夫?」

「は、はい……」


秀頼に声を掛けられ、ようやく自分の身体が動かせるようになったのに気付く。

「そっか、良かった」と秀頼は笑う。


「…………あ、ありがとうございます」

「気にしなくて良いっすよ。俺のこと嫌ってるのもわかってるんでさっきみたいな距離感でいましょう」

「…………あ」


嫌っているのをわかっていて助けたのに気付いてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいになる楓。

何か謝ろうと口にした時であった。


「お兄ちゃん!甲冑がまだ動いてますよ!」

「っ!?」


首のない甲冑は剣を引きずりながらゆっくりと歩き出す。

その不気味な姿に、全員がホラーゲームの中に入ったんじゃないかという後悔が生まれ出す。


「逃げるぞ!全員殺されるなっ!」


ゆりかが指示を出しながら『アイスブレード』を射出する。

それを敏感に察知した甲冑は剣で凪払う。

人間のように学習したことをゆりかとヨルが敏感に気付く。

だが、現状どうすることも出来ないと判断し、2人は何人かを広いながら違う方向へ走り出す。


「秀頼君っ!円!行くよっ!」

「そうだな」

「ぐっ……、みんなとバラバラね!」


絵美が先頭を走り、秀頼と円が絵美を見失わないように同じ方向へ向かう。


「ま、待って!私も」

「行きますよ」

「…………あ」


秀頼が円と楓の手を引きながら甲冑から逃げ出すように走り出す。






果たして、全員が生存して脱出出来るのか。

甲冑は誰のグループを追いかけたのか、ない首で探すようにキョロキョロとする。

そして、決断をしたのか甲冑はある方向へと走り出した……。

ガチャガチャと物騒な金属音を上げながら……。

そこに残されたのは立て札が1つ……。

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