5、ヨル・ヒルは胸を張る

バスに乗り込み、和から「ゴミクズ先輩は1人席に座ってください」と隔離され、前の席に座らされた。


「ふーっ、やっと悠久と離れられた……」と、学園長に溺愛されているヨルがため息を付いていた。

そういや、過保護にされているみたいな設定あったな。

同じ家に住ませようとしたが、ヨルが全力で拒否して寮に住んだとか。

お小遣いも凄い量渡そうとして、受け取れなくてバイトしているとか。

原作では悠久の出番は控えめだが、インパクトが強いイベントが多いからな……。


まぁ、悠久より達裄さんの方がインパクトはデカくて印象が強いんだけど。


俺たち以外の人数は2人のおばちゃま乗客のみと、過疎を表したような人数だ。

前世とこういうところは同じだ。


「はぇー……、こんな寂れたバスに若い子がこんな乗ってるのはじめて見たね」

「なんかの行事かしらね?」

「旅行じゃない?」


隣同士で座るおばちゃんのこそこそ話が聴こえる。

通路挟んで隣におばちゃんだから、ストレートに声が届くみたいだ。

そのままスマホを弄りながら時間を潰した。





バスに揺られ10分くらい経つと美月が「次で降りるみたいだ」と声を出したらしく、ヨルから伝言がまわってきた。

鬼鴉毒虚死無卍亡村おにがらすどくきょしむまんじなきむらー、鬼鴉毒虚死無卍亡村ー』と運転手のアナウンスが鳴る。


そこへ、『次、止まります』とアナウンスが鳴った瞬間だった。


「ひっ!?」

「ひゃぁ!?」


おばちゃん2人が一斉に顔色を変え、悲鳴を堪えそうになった姿を見た。

すると、信号もない道をバスの運転手がブレーキを踏み、バスを止めた。


『……これは冗談か何かでしょうか?』と、震えた運転手のアナウンスが鳴る。

「いえ、本気です」と誰かが呟く。

数秒の静寂の後、そのままバスが走りだす。


「あ、あのすみません……。鬼鴉毒虚死無卍亡村ってそんなにヤバいところなんですか……?」


俺は、おばちゃん2人の反応が気になる恐る恐る聞いてみた。

すると、通路側に座っていたおばちゃんが頷く。


「ち、近付かん方がええ。命が惜しいならな」

「そんなにおっかねぇのか?」


ヨルが俺とおばちゃんの会話が気になったのか割り込んでくる。

後ろに座る彼女らで、何人かがこちらに視線を向けていた。


「あ、あそこはこの世じゃねぇ!あの世じゃああああああああ!」

「ああっ、夢国ドリームランドさんや!そんな、騒がんと!」

「ひいいっ!?息子が!?息子の水泳スウィムがぁぁぁ!」

水泳スウィム君はまだ生きとる。気を確かに夢国ドリームランドさん!」

「…………」


夢国ドリームランドさんの60歳くらいの見た目のおばちゃんがキラキラネームで、息子もキラキラネームで全然話が頭に入ってこない。

悲壮感漂う場面なんだけど、そのネーミングセンスはダメ過ぎる……。


「ぴ、ぴかちゅうが名前みてぇなもんか?」

「た、多分……」


ヨルも夢国ドリームランドさん名前が気になって仕方ないらしい。


「あ、あそこはやばい。やばいなぁ、梅子さん」

「あぁ。鬼鴉毒虚死無卍亡村はやばい。特にバトルホテルは入ってはいかん!」


おばちゃん2人の忠告が俺とヨルに突き付ける。


「あっちは普通の名前なんだな……」

「デリケートな名前なんだから突っ込まないであげて……」


未来から来たヨルもビックリな名前らしい。

タケルと秀頼の名前を混ぜたヨルという名前も、意味を知ると結構アレだと思う。


「そんなバトルホテルはヤバいんすか?ギフト狩りよりヤバい?」

「ギフト狩りは人間の仕業」

「でもな、鬼鴉毒虚死無卍亡村は出るんじゃよ……。幽霊がな……。バトルホテルはもう異世界。近所の者は誰も近付かん。土地を開発しようにも不幸ばかりが起きて取り壊せん」

「ワシの息子、水泳スウィムが肝だめしに行ったっきり帰ってこない……」

「い、いつから帰ってこないんだ?」

「もう2年じゃ」


わりと最近だった。

10年くらい前の話だと思ってた……。


「で、でも道に迷っただけかもしれんし……。家出かもしれねぇじゃん。す……、水泳スウィム君見付けたらあたしがガツンって言っといてやるぜ!」

「で、でも……」

「あたし、強いんだぜ!えっへん!」


ヨルが胸を張って夢国ドリームランドさんと梅子さんに宣言する。

その時、運転手さんが『間もなく鬼鴉毒虚死無卍亡村』とアナウンスされ理沙や咲夜が立ち上がった。


「バトルホテルと呼ばれるようになって20年……。トータル1000人は行方不明になっておる。お主らも気を付けなされ」


梅子さんの忠告にヨルが「おぅ!頑張るっす!」と笑顔で答えた。


「行きますよヨル先輩、お兄ちゃん」

「行くか!」


星子に急かされ、俺とヨルも立ち上がりバス代を支払った。

連中で1番最後にお金を支払う俺に運転手さんがぼそっと呟く。


「あんた、唯一の男なんやから身体張って女の子ら守りや。このバスを降りたら異世界や。異世界転生とか考えるな。地獄に堕ちたと思えや。引き返すなら1時間後、ここで拾ったる」

「あ、ありがとうございます!」


運転手さんに頭を下げる。

また、帰りのバスの運転手もこの人なら良いなと考えてみた。


「サラッと異世界転生って単語出ましたけど、結構ラノベとか読みます?」

「俺はアニメ派や。今期アニメ『異世界転生したら焼き鳥職人になったので頑張ります!』を生き甲斐にしとる」

「は、はい。俺、4話の鳥吉が鶏肉嫌いな王様にぼんじりを渡して絶賛されるシーン大好きで鬼リピしまくりました」

「気が合うな小僧。そろそろお別れの時間や。またな」

「また会いましょう!」


運転手さんと拳と拳をぶつけ合う。

アニメ好きに悪い奴はいない。

こんな寂れた地域でも、ネット配信サービスは素晴らしいということを教えてくれる。

そのまま俺はバスの出口から出て行った。








「さっさと降りろ!」

「ご、ごめん……」


運転手さんとの長話を咲夜に咎められるのであった……。





「ここが鬼鴉毒虚死無卍亡村か……」


何故だろう……。

やっぱりはじめて聞いた気がしない村の名前だ。

俺の記憶に靄がかかっているように思い出せない。


「あ、看板がありますわね」

「鬼鴉毒虚死無卍亡村とか名前付けた人、痛いよね……」

「美鈴とは仲良くなれそうにありませんわ」


絵美と美鈴が錆びれている看板を見ながらちょっと引いていた。

「GPSではこっちだぞ!」と美月が指し示す。


そこには山の中とは似つかわしくないほどの高いホテルが存在していた。

この時はみんな、初デートで浮かれていたんだと思う。


これから、俺たちは普通の生活では体験することのないことに見舞われていくのだから……。

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