16、谷川流のプリズンブレイク

「やぁ、来たね秀頼君」

「マスター……」


喫茶店の入り口にマスターが待機していた。

自分の店なのに、店を追い出された感があるのは気のせいだろうか?


「誕生日おめでとう秀頼君。君には図書カードをあげよう」

「ありがとうマスター」

「まぁ、毎年同じプレゼントだけどね。好きに使いな」


マスター曰く、『本を読め本を!』とのことでよく図書カードをくれる。

お礼を言いながら仕舞うも、やはりマスターは店に入る仕草をみせない。


「なんか、あんたが店の外にいるの久々に見た気がする。プリズンブレイク達成だな」

「うちの店を牢獄みたいに言うんじゃないよ!生意気だな!」

「てか、ろうご……店入らないの?」

「わざとには俺、突っ込まないよ」

「うわっ!?マスターが俺って言った!?」

「プリズンブレイクした今、俺は店員じゃないからね!君の親戚だからね!」

「プリズンブレイクって自分で言ってるやん」


店の中にいる時のうさんくさい雰囲気が、ちょっと取れた感じがするマスター。

マスターはマスターだから、あんまり変化はしない人ではあるけど。


「とりあえず僕は行くよ」

「なんだよ、誕生日祝ってくれないのかよー」

「ははっ。そういうのは若い者同士でやってくれよ。なんだい?もしかして、僕に祝って欲しかったかい?」

「きっしょ」

「そういうこと。店になんかあっても君とヨルさんならなんとかしてくれるっしょ」

「そこは娘を頼るべきでは?」


マスターが目を瞑り、ふるふると横に首を振る。

任せられないのはよく伝わった。


「今からどこ行くの?」

「んー……。君の家にでも行こうかなって」

「え?おばさんに会いに行くの?マスターとおばさんの会話見たいなー。俺もそっち行ってみてぇな」

「見せるもんじゃないよ……。とりあえず僕と長話してないでさ。中でみんな待ってるから」

「ん……」


最近喫茶店からも遠ざかっていたので、マスターとあと3時間は平気で会話出来るんだけど仕方ない。

彼は「またね」と声をかけ、俺の家の方向へ消えていった。


それを見送りながら、喫茶店の扉を開けた。







「いらっしゃいませ」

「違和感が凄い!」


タケルが制服姿のまま、店員みたいな仕草をしてみせる。

深々と頭を下げて、ちょっと高級な店に来たような気分はするが、タケルの服装で高級なオーラは取れて、庶民的に見える。


「おら、何回も電話してくるから来たぞ」

「そうですか。待ち合わせしている子たちはみんなあちらに集まっております。では、あちらにどうぞ明智先生」

「……?お前はどうすんだよ?」

「誕生日おめでとう秀頼。ただ、俺は気にしなくて良い」


演技がかった声を突然止めて、無理矢理店の席に座らせられた。

確かにそこに絵美や理沙たちの姿はあるのだが、タケルの様子が変だ。


「じゃあな、秀頼。頑張れよ」

「え?何が?」

「俺から説明するのも野暮だろ。俺は今から家帰って寝る」

「は?」


そう言い残し、タケルは店の扉から外へと消えていく。

扉の開閉を知らせるベルだけがコロンコロンと鳴り響いていた。


「ようこそ秀頼君」

「……ようこそされました」

「何、その言葉?」

「いや、なんとなく……」


絵美が俺に話しかける。

マスターもタケルも消えて……。

男が俺1人の誕生日パーティーが始まるのであった。







──いつもとは違う、それだけはなんとなく肌から伝わってきていた。

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