2、十文字タケルは知らない

平日の真っ昼間。

秀頼がかつてないほどのトラブルに巻き込まれていた頃……。

サンクチュアリの店内には暇な2人のお客さんが寛いでいたのであった。


「今日は嫌な雲ですわ……」


紅茶を飲みながらサーヤはぼそっと呟く。

彼女は今日も桃色の縦ロールドリルの髪を維持していたのであった。

そんな彼女が紅茶を飲む姿は、魔女の様であり実に似合っていた。


「『今日は嫌な雲ですわ……』じゃないわよ!貸した大学のレポートが2枚足りないんですけど!?」

「ご、ごめんなさいぃぃぃ!どこ探しても見付からなくてぇぇ!」


サーヤは向かい側に座るスタヴァで働いている友人に謝りまくっていた。

大学や自宅を探しても借りたレポートの2枚が欠けていたのであった。


「一応コピーは取ってたから大事ないですけどこんなことされたらこっちは堪りませんよ」

「なーんだ。なら1枚失くそうが全部紛失しようが同じね愚民」

「そういう話じゃないでしょぉぉぉ!謝罪する時に開き直って強気になるのやめなさい!あんた、お客さんの前でもそんなことしてるわけじゃないわよね!?お客さん相手に愚民とか言わないよね!?」

「い、言わないよ……?全然言わない」

「めっちゃ言ってそうな顔なんだけど!?」


サーヤと付き合いの長いスタヴァの店員さんは、大体彼女の表情で嘘か本当がわかるくらいには付き合いが長かった。


「マスタァァァ!どうすればお客さんに対して愚民って言わなくなるかなぁ!?」

「言ってんじゃん」

「僕はそもそも愚民なんて単語を使ったことがないよ」

「ないの!?逆に凄いわマスター……。愚民は今やトレンドワードよ?」

「マジで!?僕が遅れてるの!?佐山さん、僕にトレンドを教えて!」

「マスター!サーヤの言葉なんか真に受けないでください!愚民がトレンドワードなわけないじゃないですか!」


若者言葉を使いたがったり、トレンドを気にするタイプのマスターはこういう話になると食い付きが良いタイプだった。

娘の咲夜からしてみれば『みっともないからやめて欲しい』と注意を受けるのであるが、店のためにもトレンドには目を光らせるべきとマスターが考えているからこそでもある。


「レポートありがとうと、レポート紛失してごめんねの意味も込めてあなたに贈り物があるの。だから許して」

「サーヤ……。物で釣ろうというの?あなたは浅はかね……。私、そういうの良くないと思うの……。きちんと誠意の籠った謝罪が大事なのよ?ちょっと?わかってる?」


ため息を付きながらスタヴァの姉ちゃんはサーヤにがっかりした目を向ける。

そんなのお構い無しにサーヤは荷物をごそごそ漁っている。


「ほら見なさい!3時間並んでマジウマ堂の限定チーズケーキ買ってきたわ!」

「うわぁ!通販もしてなくて常に大行列のマジウマ堂!1度食べてみたかったんだぁ!」

「これで許しなさい愚民」

「許す!全然許す!」


憧れのチーズケーキを前にスタヴァの姉ちゃんは陥落した。

あまりの即落ちっぷりにマスターも「えぇ!?」と驚いてしまっていた。


「誠意の籠った謝罪が大事なんじゃないの!?」

「さ、3時間並んだ誠意に免じて許します。ち、チーズケーキに釣られたわけじゃないですからぁ!」

「ふぅ……。高い出費でしたわ」


人気も高いが値段も高い。

売れない占い師・サーヤの財布の中身は冬を迎えてしまったのである。


「あ!そういえばサーヤ」

「はい?」

「私が前に貸したキャリーバッグ、そろそろ返して?」

「今日は嫌な雲ですわ……」

「サーヤ!」

「探せばある!探せばあるから!キャリーバッグくらい大きいのは流石に見付かるからぁ!先月、家のどっかで見たし!」


サーヤはまたスタヴァの姉ちゃんに責められることになる。

やれやれとマスターは2人のやり取りにほっこりする。


(しかし、佐山さんの言うとおりちょっと天気悪いかもな……)


マスターは窓に目を向ける。

灰色な世界が広がっていた。







─────






「なぁ、秀頼」

「どうした、タケル?」

「前世ってなんだ?」

「さあ?」

「…………聞くなってことね」


『顔を見た奴の前世を知る』ギフトから考えるに、自分の顔を鏡で見て名前を思いだし、それから前世の記憶が開いたと。

そんな過程なのが推察される。

俺や円の例を見ると、わりとしょーもない感じで記憶が開くらしい。


前世持ちのバーゲンセールかよ。

しかも、両方が知り合いと来てる。

小学生時代にスカートの中にあるパンツ見ちゃった冬木さんとか来たら俺殺されるんだけど……。


「だけど1つ言えることとしては、神様のイタズラみたいなもんか」

「か、神様?どうしたんだよお前?」

「いや、お前も見たことあるだろ?褐色肌の白髪幼女。クハッ、クハッとか笑う奴。あれが神様だよ」


ゲームでは謎の少女として、たまにタケルの前に姿を現していた。

エニアって名乗っているかは知らないが、このくらいの時系列なら何回か登場しているはずだ。


「いや、誰だよそれ?見たことねーよ」

「は?いやいやいや、エニアだよエニア!いつも見下した目で人間見下ろしている奴!空中に浮いてたり、木の上に立っていたり神出鬼没な神様だよ!」

「マジで知らないよ」

「マジか……」


ガッツリ原作とずれてきている気がする……。

美鈴の紋章や、永遠ちゃんの両親の生存とかところどころズレてはいるが……。


まだトータル3割くらいしかズレてないはずだ。

全然軌道修正は可能だ。

焦ることはない。


「前世とか神様とかお前は一体どんな人生送ってんだよ。わけわかんねぇ……」

「普通に家に引きこもってギャルゲーをしているだけだが?」

「普通に家に引きこもってギャルゲーをしているだけではお前みたいな男は出てこねぇんだわ」


タケルに突っ込まれ、そういえばなんでこんなことに巻き込まれたんだろうと客観視が出来るようになる。

もしかしたら俺は普通の人間じゃなくなっているのかもしれない。



あぁ……。

本当に嫌な雲が広がっているんだな……。











あれ?

次サーヤを出すなら100ページくらい後にしようと考えていたのにたった4ページで登場したんだが……。

案外気に入ったらしい桜祭。

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