16、明智秀頼は夢を考える

円が一筋の涙を流し、目をごしごしと左手で拭う。

それでも、右手だけは俺の手を握っている。

──離したくない。

そんな、円のワガママが伝わってくる。



「…………ここから、逃げよっか?」

「え?」


ぼそっとか細い言葉が円から漏れる。

集中してなければ聞き逃すくらいに、風でかき消されなかったのが不思議なくらい弱々しい声。


「原作とか関係ない土地に、明智君と私で逃げるの。世界はこんなに広いんだよ」

「そうだね……。ヤヒュー知恵袋とかしてるとさ、世界中の顔も見たことない奴らがコメント返してくれてさ。ここじゃなくても生活出来るところいっぱいあるんだな、なんてワクワクするよ」

「そうそう!それで2年間、逃げ切るの」

「それは2年間留年してるだけで、3年後にまた高校に通う必要があるのでは?」

「じゃあ、退学しよっか」

「中卒は流石に……。俺、ギフト持ちだしギフトアカデミーは卒業する義務あるんだよ」


一応、法律で決まっていたはずだ。

よくわからないけど、中学時代にそんな書類にサインさせられたし。


「なら、転校しよっか。原作の舞台から離れれば良いんだよ」

「あぁ!良いね!グッド!」


横になりながら、膝枕をしてくるている円の顔へ親指を付き出す。

円がおかしいとばかりに笑う。


「それで原作から離れた明智君は剣道とか始めるの」

「剣道か……。まぁ、たまに竹刀振ってるし復帰は余裕か……」

「あの……。豊臣君の剣道最強必殺技あったじゃん!あれまた見てみたいな」

「あぁ!センチメンタルハンド!」

「バカ!それ私の必殺技!」


膝をちょっと上げた円から頭へ弱っちい突っ込みが走る。

「この野郎!」と言いながら頭の置くポジションチェンジをする。


「違う!対戦相手の竹刀を弾き返して宙に浮かせるやつ!」

「あぁ、巻き上げか」

「そうそう!前世の部活で豊臣君しか出来なかったよね。あれ、また見たいなぁ」

「まぁ、最近巻き上げ実践したんだけどね」

「うわっ!?ずるーい!」


ゴーストキングの鎌を奪った時を思い出す。

まだまだ巻き上げの腕は衰えてはいないらしい。


「剣道してる豊臣君格好良かったんだよねー」

「そんなこと言ってくれるの来栖さんだけだよ。剣道なんかしてもマイナーだし全然モテなくてね……。時代はいつも野球やサッカーだよ」


野球部補欠の男子でも彼女持ちはたくさんいるのに、剣道部で強い方な俺は一切女の影はなかったと自虐しながら苦笑する。

強いていうならギャルゲーのヒロインが俺の嫁状態だったし……。


「豊臣君及び明智君はモテなくて良いの!私が居るんだから!」

「ひでぇ暴論だ……」

「明智君が知らないだけで意外と私は嫉妬深いんだから」

「来栖さんなら言いそうに無い言葉ばっかりだな」


なんというか、原作の津軽円に来栖由美が混ざった人物だと前々から思っていた。

実際、小学生の最初までは津軽円で生きていたわけだし、混合しているんだろう。

実際俺も5歳までの明智秀頼の思考があるわけで、前世より過激な思考が強めな自覚がある。


「明智君は来栖由美の方が良いみたいな言い方する……。……私、そんなことばっかり言われるなら来栖由美にすら嫉妬するよ……」

「えぇ……?」


クールオブヘルな津軽円からそんなカミングアウトをされたらどんな顔をすれば良いのか表情がわからない。

俺は豊臣光秀に嫉妬したことない。

だから前世の自分に嫉妬する感覚がわかんなかった……。


「大丈夫だよ。俺は円も大好きだよ」

「あ、明智君……」


円が嬉しそうに頬を指でかき、照れくさそうに前髪を弄っている。

こんな穏やかな時間がずっとずっと続けば良いのに……。

川の流れる音が心地よかった。


「ずっと私が明智君に聞きたかったことがあるんだけど良いかな?」

「なんだい」

「明智君は将来、何になりたいの?」

「…………さぁねぇ。1回、将来を叶える前に死んじゃったからそこまで生きてるビジョンがないんだよね」


円の膝の上から青空が見える。

また、俺はまた灰になって空に行くんじゃないかって考えちゃうと将来について考えられなくなってしまう。


「円は学校の先生だっけ?」

「それは来栖由美の夢であって、私もまだ決まってないんだよね」

「そうなんだ。……ちょっと考えてみるね」


彼女が「あはは……」と気まずそうに笑った。

普段なら考えない将来とかいう近い未来を想像してみる。

3分くらい目を瞑り、黙って考える。

将来というから浮かばないのであり、5年後くらいまでにやりたいことを素直に考えてみる。


「そうだね……。本格的に達裄さんの弟子になってなんかやってみるのとか、スターチャイルドと関われるような仕事とか……。マスター追い出して喫茶店乗っ取るのとか楽しいかもな」

「マスター追い出すなんて絶対しない癖に……」

「最後にネタに走っちゃったな」

「でもあるじゃん将来。じゃあ叶えようよ!」

「だなぁ……。3つも挙がったなぁ……。なら叶えるためにも死ぬわけにはいかないか」


全部給料面は不安定そうだが、だからこそやりがいはありそうだと思い、チャレンジャーな人生だと我ながら呆れる夢だ。


「明智君が死にそうになった時は十文字君や山本君辺りを呼びにいくわよ!」

「円さんが助けてくれませんかねぇ!?」

「私が行くと望んで犠牲になりそうで……」

「ならタケルや山本を呼んでね!円死ぬなよ!?」

「心配してくれてありがと」

「い、いいよ。別に……」


それからはお互い黙って会話が途切れた。

風と川の音だけがしたゆるやかな時間を堪能した。

円が膝が痛くなったと訴えるまで2人だけの空間で癒されたのであった……。

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