23、ヨル・ヒルは頑張った
男に戻り、浅井千姫と出会い、その日の帰り際のこと。
『悲しみの連鎖を断ち切り』シリーズのメインヒロインであるヨル・ヒルに俺は告げられたのだ。
『ちょっとで良い。週末、あたしと2人っきりで会って欲しい。大事な話があるんだ』と……。
嫌っているであろう俺を呼び出すヨルの考えはわからない。
もしかしたら原作の強制力で秀頼殺害の手段に出るかもしれない。
そんな悶々とした気分の中、とうとう当日を迎えることになってしまった……。
家を出るまでギャルゲーやヤヒュー知恵袋で時間を潰すことも考えたが、手が伸びなかった。
ソワソワした気分のまま、早めの時間に家を出て、自販機で飲み物を買って目的地まで向かっていく。
まさか、またここに来ることになるとはな……。
暑いからくる汗ではなく、俺の過去の出来事によるトラウマが刺激され汗を流していた。
「三島とギフトの制御を試していた廃墟に来て欲しい、か……。そういえばあいつ、俺を尾行してたみたいだしな……」
誰にも聞かれない場所といったら、多分1番信用出来る場所の筈だ。
つまり、ヨルはそういうことを望んでいるのが読み取れる。
握り拳を作り、廃墟内へ突入していく。
奥へ奥へと進んでいくと広い間が広がる。
そこへ、赤茶色の長い髪を揺らしながら赤い目が俺を捉えている。
「待ってたぜ、明智」
「あぁ……」
そして、当然胸元にはヨルが肌身離さず身に付けるペンダントが銀色に光っている。
「色々あって忘れてたけど……、2人っきりなんて久し振りだな」
「真っ先にナイフを持ってお前が襲ってきたのが昨日のことのようだぜ」
「そりゃあ……、悪かったよ」
「あ、今ノリでそれっぽいこと言っただけで本当は『久し振り』なんて言われなければ完全に忘れてた」
「え?何?斬り殺されたい?」
同日に俺と絵美の命を狙ってきたポンコツ忍のインパクトが大き過ぎる。
結果、概念さん襲来とヨルの脅しが霞んでいるのであった。
ゆりかが悪いんよ、ゆりかが。
「そのナイフ、どっちかというと突き刺す方向けじゃない?」
「知らねぇよ」
細かいところに目が行く性格だった。
原作だと突き刺すイメージが強いナイフだからね。
「でもそんなナイフの切っ先を向けられた相手の手料理が食べられるくらいまで仲良くなれて俺は嬉しいぜ」
「手料理言うな!ただ店の店員と客の関係だろうが!お前となんか仲良くねーよ!」
「そうかい。俺はヨルとも仲良くしてたつもりだけど……」
「…………そういうところがムカつくんだよ」
いじけたように下を向き、文句を吐く。
何か言いたいけど言えない。
そんな子供の姿に見えてくる。
……いや、子供なのか。
「頑張ってきたなヨル」
「何が……?」
「ずっとずっと1人で足掻いて頑張ってさ。必死で生きてきてさ。本当に凄いよ」
「…………なんでだよ」
「ヨル……?」
ヨルが俺の前で地面に膝を付き、泣き崩れる。
突然のヨルの変化に、何を言ったら良いのかわからなくなる。
そんな俺の心境を察したのかはわからないが、ヨルが小さい声で呟きだす。
「なんで……、頑張ったってあたしに言ってくれるのがお前なんだよ……。なんで凄いって、労ってくれるんだよ!?」
「…………」
「嫌いだ!お前なんか大嫌いだ!あたしの人生、滅茶苦茶になったのもお前が元凶みたいなところあるのに……。なんなんだよ……。……お前は誰なんだよ……」
「…………俺はただのギャルゲーマーだよ」
「……意味わかんね」
ヨルをあやすように背中を撫でる。
彼女は涙を拭う。
しかし、拭っても拭っても涙が止まらないみたいだった。
「ただ、俺はお前のことを大体知ってるからさ」
「嘘付き……。なんでわけわかんねー嘘付くんだよ」
「本当だよ。……俺がヨル・ヒルの名前の由来を教えてやろうか?」
「…………え?」
「多分、俺の真実を語っても信じてもらえないから。まずはヨルに納得してもらおうとね」
背中をさするのをやめてヨルに向き合う。
涙目になり、赤い瞳のまわりまで赤くなっているヨルに告げる。
「ヨル・ヒルの名前の由来。タケルと秀頼の名前を混ぜたモノだろ」
「…………え?」
「あれ?知らない?」
ヨルが何それみたいな真顔になる。
あれ、公式設定としてファンとして有名な話なんだけど。
「秀頼のヨとヒ。タケルのルを組み合わせることで名前がヨル・ヒルになるんだよ。つまり、ある意味俺はヨルの父親みたいなもんなのかもな」
「…………な、なんで……?」
「そりゃあ、お前の名前を付けたの──あいつなんだろ」
ヨルしか知らないし、ヨルしか知りようがない真実を告げる。
「そして、お前は『悲しみの連鎖を断ち切り』に来たんだろ、ヨル」
この物語は、1人の少女の人生がトリガーになり始まってしまったギャルゲーなのだから……。
†
次回より、ヨルの回想に入ります。
物語の根幹に迫る内容になります。
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