9、上松ゆりかとヨル・ヒルの賭け

「師匠は男に戻れるのだろうか……」


ゆりかが後ろ髪を引かれる様な心境の顔で呟く。

2人共、用事があったので別れてしまったが、本当は付いていたかったのだろうとヨルはゆりかの心境に気付いていた。


「じゃあ明日に明智が男に戻っているか、女のままか賭けでもするか?」

「我は女のままだと思う」

「おい、それじゃあ賭けにならねーだろ!?」

「お前……、我に一択の賭けを持ち掛けようとしたな?」


ヨルの目論見を論破するゆりかは涼しげな顔であった。

ちゃっかりもののヨルはつまらなそうに心でいじけているのであった……。

そう考えていると、ヨルがいつか尋ねようと思っていた質問を思い出し、彼女に投げ掛けてみることにする。


「なぁ、ゆりか?明智って善人か?…………悪人か?」

「…………善人なんだと思う。ただ……」

「ただ?」


ヨルは即答しなかった彼女を意外そうに目を丸くする。

てっきり『善人!』と即答すると予想をしていたので、濁した言い方が引っ掛かる。

その質問に対し、ゆりかは真面目に考え込みながら語る。


「危うさがたまにあるんだ。何か抱え込んでいるような……。闇のような、獣のような……」

「…………」


ゆりかは忘れていなかった。

初対面時、本気で秀頼が自分を殺しにかかったことを。

ゆりかから仕掛けたことではあるが、自分が秀頼に殺されるか、殺されないか値踏みをされていたことを肌で感じ取っていた。

ギフト狩りのリーダーであり、指揮する瀧口と同じモノを感じていた。

火の粉を振り払うためならば、どんな選択肢を選べる不確定さを見抜いていたのである。


「それは師匠に関わらず、ヨルにもまったく同じものを感じる」

「あたしと同じ……?」

「腹を割って明智と会話をしてみることを我はオススメするよ」


ゆりかが、あえて明智と言葉を選んでヨルに進言をする。


「ヨルに巣食う闇は?獣は?……そういうのを明智に吐き出してみると案外お前もコロッと師匠にべた惚れするかもな」

「なっ!?んなの、あるわけねーだろ!?」

「じゃあ、ヨルが師匠に惚れるに我は賭ける」

「ぜってぇねーし!そんな無謀な賭け乗る方がバカだって後悔させてやるぞ!けらけらけら」


わざとらしく笑うヨル。

『部の悪い賭けだっただろうか……』とちょっとだけ不安になるゆりかであった。


「か、賭けに負けた方がパフェを奢る約束だ!期間は半年以内だっ!」

「おー、おー、虚勢張っちゃって。半年間、明智に恋しないだけだろ?楽勝だぜってんだ!」

「け、ケーキバイキングも奢りだぞ!?」

「おー、良いぜ!」

「い、い、い、1ヶ月間!寮で支給される夕飯のおかずも勝った側に全部渡すも追加だぞ!」

「逆にどんな自信があるん?」


ゆりかは常に金欠のヨルに対し、デカイ金の代償で賭けから降りるのを期待していたらますますヨルはやる気に満ちてしまい、引っ込みが付かなくなる。


(と、取り消すなら今だろうか……?)

「取り消すって言った方は1週間の夕飯全部渡せよ」

「ぐ……」


『しばらくダイエットになるかも……』とゆりかは頭が真っ白になっていた。

引くに引けなくなってしまったゆりかは少しでも約束を忘れさせようと違う話題に話をすり替える手段に移る。


「はぁ……。師匠を女にした奴とはどんな奴だろうか……?」

「露骨に話を反らしたな……。ん?」

「ん?」


ヨルが先に声に気付き、ゆりかもその反応から耳を澄ませる。

すると、2人の耳に「おーい!」と呼ぶ声が聞こえてくる。

その声の主がいる方向へ振り返ると彼女らと待ち合わせをしていた人物が現れる。


「お待たせ!ごめんね、待ったかな?」

「ちょうど良いタイミングだったぞ千姫!」

「……」


ヨルがじっとゆりかを見る。

もうちょっとで追い詰められるタイミングだったのだが、待ち人である浅井千姫が現れたことでお流れになった。


「よーし!これからゆりちんとヨルちゃんの2人とデートだ!」

「いや、デートはおかしい。普通にぶらっとするだけだろ……」

「えー?だってデートって方が可愛くない?」

「また千姫の可愛い狂が始まったか……」

「可愛い狂なんて可愛くないよ!狂ってないし!可愛い教って呼んでね!」

「宗教みてーだな」

「可愛いは……正義です!」


ヨルとゆりかの2人がかりに突っ込まれながらも退かずに、それどころが受け入れる様な言動に圧倒される。

寮暮らしにて腐れ縁みたいになったものだが、千姫との仲は良好であった。


「それじゃあ、早速!可愛いを求めて行きますよ!」

「はいはい……」


テンション高い千姫を先頭にヨルとゆりかは歩き出す。

「この日のために頑張った!」と千姫はウキウキしながら目的地へと向かっていく。


「あたしだって、今日がずっと楽しみだったんだ!」

「はいはい……」


ゆりかが2人に対し、呆れたような相づちを打っていく。


「ヨルと千姫のスタチャ好きには参るな……」


巻き込まれた形になったゆりかは2人に遅れながら付いていくのである。

狙うはスタチャのCDである。












久し振りにヨルが『けらけらけら』を言った気がします。

わざと笑うヨルの口癖です。

ヨル登場初期で何回か出ています。





秀頼を女にした千姫ちゃん。

彼女らは寮で仲良くなり、ゆりかとヨルとは親友です。





次回、3人でスタチャめぐり!

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