68、明智秀頼は名前の由来を知る
俺とマスターが口を開かず、テーブル席に座らされた。
その向かいの席におばさんが座っている状況である。
おばさんがため息をしながらカバンを漁り、袋を取り出し、その中身をテーブルに広げる。
「こ、これは……!?」
そう言いながらマスターはその中身、……写真集を手に取った。
「沢村ヤマの裸体が美術の教科書のように掲載されている写真集みたいですね。いやぁ、現代のモナリザですわ」
「腋が凶器ですよマスター。1000年に1人かどうかのレベルの美意識だな」
「秀頼君も通だね。僕が宗教を開くなら、聖書の表紙はきちんと事務所の許可を得て沢村ヤマを掲載したいと考えているんだよ」
「南無南無。貧乳撲滅」
「南無南無。娘が爆乳変化」
俺とマスターが沢村ヤマの表紙の写真集を前に手を合わせた。
おばさんがバカ2人を軽蔑した目で見ていた。
「『娘が爆乳変化』ってバカじゃないの……」
「…………姉貴がいたの忘れてた」
「マスターは沢村ヤマが絡むとテンション変わるんすよ!許してあげてくださいおばさん!」
「いや、あんたも十分テンション変わってたわよ」
おばさんが「と・も・か・く!」とテーブルを叩きながらマスターをじろっと睨んでいた。
「秀頼にこういうの渡すのは早いでしょ!?まだ15歳なのよ!?」
「あぁ、いや、でもほら……。秀頼君って見た目は子供だけど、精神的には大人でしょ。大丈夫だよ」
「だからそういう仕組みは世の中に無いのよ!」
俺とマスターは明智秀頼という俺が前世持ちで30年生きていることを知っている。
だからこそ、マスターは俺に沢村ヤマを託した。
「頭かてー!」とマスターはイヤイヤな態度で、おばさんに抵抗していた。
「頭固いとかそういう話じゃないでしょ!?」
「まぁ、待てって姉貴」
「何よ」
「結局こういうのは遺伝なんだよ。朝伊先輩の旦那だって沢村カワのファンだったみたいなんだ。沢村カワの娘である沢村ヤマが秀頼君が大好きなのは仕方ない。沢村親子はこれまで何人の男を虜にしてきたか……。沢村親子の遺伝、明智親子の遺伝。遺伝には敵わないよ」
「このバカ男共……」
「そうやってダメダメって押し付ける親ダメよ?秀頼君だって裸体が好きなお年頃。それにきちんと大事な部分にはモザイクあるじゃないか。このモザイクの中身は果たして本物なのだろうか?童貞が許されるのは中学生までなのをご存知ない?童貞卒業した中学生はモザイクの中身を知っているんだ!それに比べたら秀頼君は健全じゃないか!」
なんかやたらマスターが力説して、おばさんを押して優勢になっていた。
因みに30年童貞の俺はマスターの言葉に深いダメージを負ってしまっていた。
俺の童貞をもらってくれる異性の子が現れるのか?
そんな言葉が、俺の胸に渦巻いていた。
ショタに転生して、年上のお姉さんにからかわれながら童貞を卒業したい……、そんな願望が込み上げてきた。
前世の光秀も、今世の秀頼も全然ショタって見た目をしていないので、次の人生で叶えたいものである。
「…………ところで、その朝伊って誰?」
「ん?」
「今マスターが口にした朝伊先輩って誰?マスターの友達?昔の恋人かなんか?」
その質問を投げ掛けるとマスターとおばさんが無言になり、苦い表情になりながらお互いの顔を見合わせた。
マスター辺りは『マジ?』とおばさんにアイコンタクトで伝えている感じがする。
地雷を踏んでしまった空気に気付いてしまい、変な質問をしなきゃ良かったと後悔し始めた。
「本当に君は何も知らないんだね……」
「ちょっと……、あまり秀頼に余計なことを唆さないで!」
「余計なこととは失礼だな……。むしろ僕としては秀頼君にあの人のことだけでも覚えておいてもらいたいくらいなんだ」
「……私は秀頼が本当の親に会いたいっていう気持ちを持って欲しくないの。だから昔は妹がいることすら黙っていたのに、すぐにあんたがベラベラと……」
「いつかは教えておくべきことだろ……。僕は秀頼君の記憶に誰よりも将来を楽しみにして愛してくれたあの人の影が一切ないのが耐えられない……。星子ちゃんですら先輩の名前は知っていたのに、そんなのおかしいだろ?」
「それはあんたが昔の秀頼を知らないから!」
「おい!もうやめてくれよ!?」とヒートアップする5年振りに再会した姉弟の口喧嘩を仲裁する。
「秀頼……」
「なんとなく自分の親だなってわかったよ。もう良いよ。興味とかないからさ……」
「秀頼君……、いいのかい?君は知る権利があるんだよ?」
「今更良いんだよ。マスターだって、俺の事情知ってんだろ?」
「……うん」
不服そうにマスターは頷く。
前世持ちで、本当にこっちの世界の親に興味なんてないんだ。
おばさんと叔父が保護者。
朝伊先輩が父親なのか、母親なのかすらわからないけど、俺の人生には関係のない赤の他人なんだ。
それで良いんだ。
「俺には沢村ヤマさえいればそれで十分だ……」
「そっか……。わかったよ」
「って、そんなことなるか!ナチュラルにヌードを許すムードを作るな!弟も乗っかるなよ」
「嫌だ、嫌だ!沢村ヤマは俺の狂った人生の癒しなんだ!俺は沢村ヤマを愛しているんだ!」
「姉貴、見守ってやろうよ?」
「沢村ヤマじゃなければ感動モノなんだけどな!」
俺が沢村ヤマの写真集から手を離さないでいると、おばさんはコーヒーを飲みだし、息を整える。
「ダメダメって押し付ける親はダメなのよね弟?」
「あ?あぁ、ダメだと思うぜ」
姉に話を振られて、マスターは反射的に頷いた。
「ならばもし咲夜ちゃんが異性のアダルトモノを隠し持っていたら……?」
「焼却してくれる!この世から一冊残さず消滅させてやる!」
「あら、同じ意見じゃない」
「あ……」
マスターがしまったって顔をしてしまう。
「ふぅ、決まったわね。秀頼、本を返しなさい」
「もし、俺から沢村ヤマを引き剥がすなら俺は朝伊先輩の話を全部マスターから聞き出すぜ!」
「なっ!?」
見た目は子供、頭脳は大人を地で行く俺に隙はなかった。
「朝伊先輩って本名なんて言うの?」
「え……?あ、朝伊智尋」
「彼女はどんなものが好きだった?」
「可愛いモノ……」
「彼女の顔の特徴は?」
「目元に黒子があったね。絵美ちゃんは左目の下だけど、先輩は右目の下に黒子があったね」
「秀頼の名前の由来は?」
「旦那の名前が秀吉で、テレビで大坂夏の陣の時代劇をしていて運命を感じたから」
うわ、俺の名前の由来が安易でショボすぎ……。
「彼女の胸の大き……」
「わかった!わかったから許す!許すから質問をやめなさい!」
「ふっ……」
俺とマスターの沢村ヤマ同盟の勝利である。
「まったく……。今回はおばさんが折れます。沢村ヤマだかカワだか知りませんが写真集の所持を黙認します」
「ほっ……」
「その変わり、次見付けたら没収します。18歳まで私の目の届かない範囲で所持しなさい」
「はい……」
例のガソリンの仕組みを施している二重底の引き出しに入れるしか方法がないか……。
きちんとメンテナンスするの大変なんだよなぁ……。
わざわざガソリンを取り扱うために個人で危険物取り扱いの資格を取ったのだから真面目に頑張らないとな……。
「じゃあ帰りますよ」
「あっ、写真集カバンに入れといて」
「汚らわしい……」
おばさんが嫌な顔をしながら写真集を入れた袋を持ち上げる。
それを見届けたマスターが俺には「また来てね」と声をかけ、おばさんには「次も5年後に来てね」と煽る。
数年レベルで会いたくないらしい。
「まったく……。なんで黙認なのよ……」
おばさんが赤い顔をしながらカバンに写真集を入れようとした時であった。
「おーい、マスター!なんで店閉めてるんだ?」
来客を知らせるベルと共に大きな声でマスターに訪ねてくる咲夜の声がした。
おばさんもマスターも俺も突然の咲夜の声にポカーンと動きが制止して振り返る。
視界に広がる光景に俺は息を飲んだ。
「マスターさん、お邪魔しまーす」
永遠ちゃんの姿を捉え、声まで耳に入る。
永遠ちゃんだけでなく、絵美や理沙など馴染み含め12人の女子がぞろぞろやってきた。
幻覚と思いたかったが、咲夜と永遠ちゃんの声を聞いたことで本物と悟った。
「あっ!秀頼くーん!」
絵美が俺に気付き、手を振ってきた。
全員の視線が俺に集まる。
身の危険を感じた俺は急いでおばさんのカバンをひったくり写真集を中に突っ込んだ。
危険物取り扱いの資格持ちの俺が、ガソリンやガスより彼女らの方がよっぽどの危険物に見えてしまったのである。
沢村ヤマの写真集を見られるわけにはいかない新しい戦いが繰り広げられる。
†
ガソリン云々はこちらを参照。
第9章 連休の爆弾魔
第226部分 19、エニア
秀頼が本当の両親に触れなかったし、おばさんも本当の両親を語ろうとしませんでした。
星子についても実はあんまり語りたくありませんでした……。
おばさんの心境的に嫌々語っているので、必要以上を語っていません。
別に星子が嫌いなわけではありません。
あくまで秀頼が必要以上に親の影を追い求め、自分の前から消えてしまうことを恐れています。
第5章 鳥籠の少女
第68部分 24、明智秀頼は日常を望む
秀頼の両親がクズゲスに関わってくるかは未定ですが、9章の番外編を書いていて秀頼が本当の両親をまったく知らない状況が可哀想になりフォローを入れています。
秀頼は西軍を歴女の集まりと勘違いしているので12人全員を西軍と認識していません。
それが理由で秀頼目線では西軍の単語は出ません。
次回、西軍メンバー乱入……?
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