26、月【象徴】

朝、わたくしは目が覚める。

そのまま朝食を作ろうとキッチンに向かおうとすると物音がする。


なんだ?

セキュリティの高いマンションだから不審者ではないと思うが……。


「美鈴か?」

「ッ……!?」


慌てた美鈴がキッチンから出て来て、わたくしの目の前を気まずそうに立っていた。


「珍しいな美鈴が早起きとは?」

「た、たまたま喉渇いたからお茶飲んでただけだし……」


美鈴が『嫌なところを見られた』と不機嫌な顔を見せる。

美鈴の姉であり、付き合いの長いわたくしは大体の表情で美鈴の気持ちがわかる。


「そうだ!たまには一緒に朝食でもどうだ?腕に寄りをかけて作るぞ!」

「あり得ないから。美鈴に構わないで」


冷めた美鈴が拒むようにわたくしの横を歩いて行った。


「…………。弁当を作るか」


虚無感を感じながら、1人寂しく弁当のおかずを作っていく。

いつものようにおかずを作ってご飯をよそっていく。


それから、朝食の食パンにバターを塗ってかじっていく。

せっかく美鈴も早起きしたのだから一緒に朝食を食べたかったなと後ろ髪を引っ張られる思いであった。

毎日美鈴は朝食を抜いているみたいだし、健康に良くないというのを知って欲しい……。

そんな大好きな美鈴のことを考えてわたくしは学校に向かった。




「おっはよー、ミツキ!」という詠美の挨拶を聞いて、今日も学校が始まるというやる気が漲り、身が引き締まる。


「ありがとうな詠美っ!今日も頑張るぞ!」

「えー……」

「……」


わたくしの勉強に対するやる気が詠美にドン引きされていた……。

それに反応する遥香の突っ込みや反応がないことに寂しさが込み上げる……。




未だに慣れない遥香不在の違和感だらけである午前中の授業も終了し、タケルとまた屋上で出会う。

今日も弁当を2人で食べて、ギフト探しだ。


タケルと2人で過ごすこの昼休みがわたくしの癒しだ。


「今日もタケルのぶんの弁当を作ってきたぞ」

「うおーっ!いただきます!」

「もう、タケルったら……」


毎日お弁当を楽しみにしているタケルが子供みたいで笑ってしまう。

本当に可愛いやつなんだから。

微笑ましくだタケルを観察していた。


「あー!相変わらずうめぇよ!やっぱり美月の肉の味付け最高だよ」

「そうか」


タケルが炒めた肉を上手いと褒めてくれて嬉しさが込み上げる。

わたくしも、早く昼食を済ませようと弁当箱を開けた時であった……。


「ッ…………ぐっ……」

「た、タケル!?」

「がっ……」


突然タケルが苦しそうにもがきだす。

そのまま地面にタケルの身体が倒れていく。

過呼吸みたいになりながら汗が異常に溢れていく。


「タケル!?タケルっ!?」

「っ……ぁ……」

「き、救急車!救急車を……」


それから急いでスマホを取り出し、救急車を呼び出した。


この後の出来事は遥香が日常から消えた時と同じ、また非日常が始まる──。


先生に付き添われたタケルが救急車に乗せられていく。

妹である理沙さんも慌てて泣きながら一緒に病院へ付き添うことになった。

わからない、何が起きたの……?


タケルが倒れてから、まるでフィクション世界にでも迷い混んだみたいに目まぐるしく変化が起こる。


「…………ん?」


美鈴が青い顔をしながらギャラリーに紛れている。

わたくしが美鈴を見ていたことに気付くと、彼女は後ろめたい表情を浮かべて逃げるように校舎へ消えていく。


多分、わたくしが今病院に行ったところで、遥香の面会を拒否されたのと同様で門前払いだろう。

タケルに付き添いたい気持ちを我慢して、わたくしは授業を受けた。


生まれてきて、1番頭に入らない授業だった。

5時間目の数学は自習になり、ぼーっとしてそのまま過ぎ去った。

6時間目の物理も、頭が真っ白で気持ちが落ち着かないのを堪えていた。


学校の授業を全部終えて、タケルのスマホに連絡しても通じない。

妹である理沙さんに連絡したいのだが、わたくしは連絡先を知らない。

ならばそこで機転を交わすしかない。

わたくしは永遠にスマホで連絡し、『理沙さんの連絡先を知っているか』を尋ねた。

「知っているよ」と暗い声で電話に出てくれた永遠と合流し、理沙さんへ連絡するとタケルが搬送された病院の場所を聞き出した。


気付けばわたくしはタクシーを使ってその病院へ向かっていた。

20分のドライブを終えて、理沙さんと合流した。

すると理沙さんはわたくしを非難した目を向ける。


「……兄さんは毒を盛られた可能性があるって言われました」

「…………え?毒?」

「美月さんしか居ませんよね?なんで兄さんに毒なんか……」

「も、盛るわけないだろ!?だ、大体毒なんかわたくしが盛るはずない」

「私だって兄さんに毒なんか盛りませんよ。じゃあ誰が兄さんに毒を盛ったんですか……?」


わたくしはただ、いつものように弁当を…………?

……あれ?



『珍しいな美鈴が早起きとは?』

『た、たまたま喉渇いたからお茶飲んでただけだし……』



気まずそうな美鈴の顔が脳裏に浮かぶ。

あの時、美鈴はキッチンから出てきたよな……?



「…………」



さっきの後ろめたい目の美鈴はなんだ?

なんで、わたくしから逃げるように校舎へ走っていった……?



「まさか……」

「み、美月さん……」

「犯人がわかった……」

「え?み、美月さんっ!?」

「ごめんなさい……。……もしかしたらだけど犯人はわたくしの妹かもしれない」


理沙さんに謝った。

どうして、美鈴はこんなバカなことをしたのか、涙が止まらなかった。

最終的には理沙さんに気を遣われるほど、わたくしは慟哭をしていた。


タケル……。

タケル……。

タケル……。


「っ…………、みすずっ!お前を許さない……。姉としてはじめてお前が憎い……」


美鈴のスマホに着信をする。

しかし、着拒をしているのか無機質な機械音が耳に届く。

今まで嫌われていて美鈴が電話に出た試しはなかったが、それでも着信はしていたのだ。

そんな人間が突然着拒をし始めた。

わたくしから逃げているのを察した。


「…………、そうかお前か。必ずわたくしはお前を探しだしてやるぞ。覚悟しろよ美鈴……」


わたくしの心を染め上げるみたいに、空模様も暗くなっていくのが視界に写った。




『双子の妹を構うお前の気持ちもよくわかる。…………しかし、いつかしっぺ返しをくらうぞ』

『絶対美月も美鈴を切り捨てる日がくる。私が美月より早くそれが来てしまっただけだ……』




お父様の呟きが脳内にリフレインしながらわたくしは走り出した。


許さない。

タケルにこんなことをしておいて、わたくしから逃げられると思っている美鈴を必ず捕まえてみせる。

怒りに支配されながら、わたくしは学校に向かった。


あいつがいつもどこで時間を潰しているかなど知らない。

カラオケボックスかゲームセンターか漫喫か。

美鈴のプライベートな面は全然知らない。

だから、1番に思い浮かんだ学校にやって来た。

ちらほらと部活をしている学生が帰っていくのを逆走するように校舎内に入っていく。


「…………美鈴、どこだ?」


まず最初に美鈴のクラスに向かうも不在だった。

そもそもこの教室にいることなんかサラサラ考えていなかったので落胆はない。


次によく入り浸っている保健室に向かうも、そもそも施錠されて侵入が不可能であった。

保健室に閉じ籠っている可能性もあったが、しかし外側からしか施錠が出来ないタイプの鍵穴が目に入り、それは不可能かと考えを改める。


「どこだ?学校じゃないのか?」


探す宛てもなく色々な教室を見てまわる。

違う。

いない。

ここじゃない。


ずっと走り周り、熱くなり汗をかいてしまう。

適当に入った不在の教室の窓を開き、風に当たる。

涼しい風がわたくしを癒す。

汗をハンカチで拭きながら次は学校から出て街中を探そうとしていた時、外から男女の声がする。

部活をしている生徒にしては不穏な声な気がしてそちらに視線を送る。


「…………見付けたぞ美鈴」


校舎裏に暗くてわかりにくかったが、わたくしの視界に探していた美鈴の姿と2人の人間を見付けた。

2人はどうでも良いが、目当ての人物を見付けだし、わたくしの口が三日月の形に歪む。

姉妹喧嘩をしようじゃないか美鈴……。


急いで窓を閉めて、美鈴のいた校舎裏へ向かっていくと、やはり3人の人間がこの場へ固まっていた。


『オラオラオラ、タケルを殺そうとしたんだよなぁ!?醜い月の妹が調子に乗ったなぁオイ!』

『ちが、……違うんです……。美鈴は……、美鈴は……』


カツカツカツ。

わたくしはわざと足音を出しながら3人に接近する。


『っ!?秀頼君、誰か来ます!?』

『あぁ!?』


秀頼?

もしかして明智秀頼のことかと思い至った。


「よぉ、なんだ君らは?喧嘩か?」

「おー、おー。タケルの彼女さんの月さんじゃねぇか」

「ひ、秀頼君。ど、どうするんですか?」

「狼狽えてんじゃねぇぞ」


美鈴でもなく、明智秀頼でもない女の顔が視界に入る。

その顔に、わたくしは少なからず衝撃を受ける。


「え、詠美……?」

「ちげーよ、そいつは詠美じゃねぇ。絵美だよ」


明智が即座に否定する言葉を出した。


「酷いよなぁ。詠美はさぁ、俺の気持ちを弄ぶだけ弄んだだぜぇ。欲しいのは絵美じゃなくて詠美だったのにさぁ」

「はぁ?お、お前なんの話をしている?」

「あぁ、ごめん。殺してやりたいくらいにお前の妹にぶちギレてたから初恋の話を語ってしまったか……」


絵美と呼ばれた少女は確かに顔こそ似ているが、別に詠美は髪を結ってないし、左目の目元に黒子も詠美にはない。

別人だったのかという気持ちと、よく似ていると関心が少しだけそちらに向かうが、美鈴の姿を見て殺意いかりが沸いてきた。


「お、お姉様……」

「…………毒を盛ったのか?」

「美鈴じゃ……」

「毒を盛ったのか?」

「み、美鈴はタケルさんを狙ったわけじゃ……」

「毒を盛ったのか?」

「…………」

「美鈴が毒を盛ったんだよな?お前が今朝、食べ物か調味料かわからないがどちらに毒を入れた。間違いないよな」

「…………」


美鈴は怯えた表情で言葉を失っていた。

無言の肯定か……。


「おっと。姉妹喧嘩は後にしてくれよ?俺はこの醜いガキを……」

「ちょうどお前にも聞きたいことがあったんだ」

「あ?」

「遥香の逮捕された件。お前が何か関わっているんじゃないか?」

「あー?俺が関わったからってなんだって言うんだよ」

「…………」


──すべて壊れてしまえ。


「ギフト発動。『月だけの世界』」


自由を解放しろとばかりに、わたくしのギフトの発動条件が満たされている。

月がわたくしたちを照らしていた……。


このクズでゲスな獣共を成敗しろと言わんばかりに、自由で何者にも縛られない象徴の月がわたくしを包むように輝いた……。








─────



【クズゲスSIDE】




「ん……?」


長い夢を見ていた気がする。

わたくしが目を開くとマンションの自室であった。


夢でギフトを発動していた気がする……。

いや、夢でギフトを発動ってどんな夢だとセルフで突っ込んでしまう。


「わたくしは、泣いているのか……?」


わたくしのパジャマに一粒の液体が落ちていき、染みになり広がった。

顔の涙を触ると後悔の念が押し寄せてきた。


とても幸せな夢を見ていたのに、突然悪夢に変わったから泣いたわけではない、と思う。


これは多分……、大事なひとを手にかけた最悪のおんな物語できごとだったんだ……。


「うっ……、うっ……」


わけがわからず、心当たりもないのにその涙は自分へ罪を投げ掛けるように強くわたくしの心に突き刺さった……。














原作において、タケルが倒れた以降は美月目線でシナリオが進行します。

なので、美月が秀頼、絵美、美鈴を見付けた話はゲームでも語られています。

しかし、初代のゲームにおいて詠美の存在は作られてなかったので、秀頼の初恋云々の話はゲームでは丸々削除されています。


ちなみにこの秀頼はタケルに毒が盛られて美鈴にマジギレしてます。

タケルの厄介ファンである。




永遠ちゃんのループ質問の弟子が美月である。

小学生の時から永遠はループ質問をたまにしていた。



『月だけの世界』の発動条件。

月の出ている夜でなければならない。

効果などは今後語ります。




月編完結です。

美鈴目線でのタケルへの執着や、これの続きは、鈴編にてこれから描写していきます。



続けて鈴編も連続して行う予定でしたが、あまりにも月編の尺が長くなり、書いている方も辛いためにクズゲスに戻します。

月編と鈴編の両方で10話ぶんと計算していたらまさか月編で10話を使ってしまうとは……。


だいぶ美月と美鈴に感情移入してしまいました。




次回、悩む山本の元に秀頼が現れて……?

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