17、谷川咲夜は山本の本名を知る
「とにかく入ってみようぜ」とはしゃぐ山本。
今まで認知のされなかったマスターの店が西山を経由して山本に行き渡るんだから達裄さんの政策は成功しているのかもしれない。
『可愛い店員ってもしかしてヨルか?』と西山が好みの女がわかってしまい複雑だ……。
山本グループの2人とは中学卒業以来会ってないが元気そうである。
「可愛い店員って誰?谷川?」
「あ、タケル知らないんだ。ゴールデンウィーク1回も店来てないのか」
「ああ、昨日まで理沙と乙葉の面倒見てたから」
「なら楽しみにしとけよ、タケルお兄ちゃん」
「おい、やめろ」
乙葉ちゃんと出会った日、原作をまとめたノートを読み直したらきちんと『赤坂乙葉』のデータが出てきた。
もう1人忘れていたセカンドヒロインの名前も見返していたところである。
あんまり顔は覚えてないけど、ギフト能力などは思い出していた。
「あれ?明智と十文字はこの店知ってる?」
「ああ、この店咲夜の実家」
「へぇ、谷川の店なんだ。楽しみー」
山本がそう言いながら店をくぐる。
俺とタケルも彼に続いて店になだれ込む。
「いらっしゃいませー」
ヨルの明るい声が出迎えてくれる。
あ、マスターの店で女性の声が出迎えてくれるの新鮮!
良いなぁ、なんてちょっと内心嬉しい。
「ヨル!声が小さい!」
「いらっしゃいませー!」
「まだまだっ!」
「いらっしゃいませええええ!!」
「限界を超えろ!」
「いらっっしゃいまぁせええええぇぇぇ!!!」
「希望の満ちた最後の?」
「オアシィィィィィィィィス!」
「うるせえええ!」
ヨルのうざったい挨拶に俺がキレる。
どうしたんだよ急に。
そんな店じゃないだろ。
挨拶するヨルと、教育する咲夜の姿が視界に入る。
「店の挨拶に『希望に満ちた最後のオアシス』は絶対おかしいだろ」
「いや、秀頼が見えたから急いでヨルを教育したんだ。秀頼が『腑抜けた挨拶してんじゃねぇ!カマトトぶってんじゃねぇ!』ってヨルを叱る前にだな」
「カマトトぶってんじゃねぇ!とか言ったことねーわ」
「『無難な挨拶なんかしてんじゃねぇ!』って怒らない?」
「無難な挨拶が嬉しいんだよ」
タケルと山本がポカーンとした目で硬直していた。
なんだこの店……?
「大体いらっしゃいませの1つも言えない奴が何を言ってやがる。人を教育できる立場か?」
「いらっしゃいませ」
「言えたよこの子!?」
ヨルもポカーンとした目で硬直している。
ダメだ、完全に咲夜のペースに呑まれてしまっている……。
「は、はは……。いらっしゃい秀頼君にタケル君」
「うす、こんにちは」
タケルがマスターに頭を下げると、マスターがもう1人の存在に気付く。
「そっちは見ない顔だね。もしかしてクラスメートかい?」
「こ、こんにちは!山本大悟です、よろしくお願いいたします!」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
「なんの『え?』」
俺、タケル、咲夜、ヨルのみんなが「え?」と溢す。
マスターと山本だけがその異常事態に気付いていなかった。
「待って、山本大悟?」
「いや、俺の本名だけど……」
「え?山本の本名?」
「ウチ、山本が名前だと思ってた……」
「てめぇ、あたしに下ネタ発言した奴だよなぁ!?」
「え?」
4人に色々言われて山本が「え?」と漏らす始末であった……。
「お前、下の名前大悟だったんか……?」
「うぃっしゅ」
名簿で山本の本名である山本大悟という字を知っていたとは言え、声で大悟と呼ばれると衝撃がある。
山本本人が本名を口にするのがはじめてだったので違和感が凄い。
誰も山本を名前で呼ばないのも悪い。
「大体下の名前が山本なら名字なんだと思ってたのよ?」
「山本」
「山本山本ってなんだよ!?」
咲夜だけはガチで山本の本名を知らなかったらしい。
俺とタケルは驚きながら、山本が気まずそうに席に座る。
「なんか驚かれたみたいだけどよろしくね大悟君」
「は、はぁ……」
タケルが横から「この人が谷川の親父さんだよ」と紹介している。
珍しく俺たち以外にも客が居たが、たまに見掛ける常連の男性であった。
いつも賑やかに話しているのを見ているのが好きで、会話にはあまり混ざらない人である。
その人とも数回会話したことがあるので、会釈だけしておいた。
「お前ら、注文は?」
「ヨル、言葉遣い」
「……お客様、ご注文は如何致しますか?」
「違う。秀頼に舐められない様にするんだ。ウチの手本を見せる」
ヨルを制して咲夜が動く。
「秀頼、注文」
それだけである。
「いや、その接客はおかしいだろ!?」
「ヨル、やってみろ」
「明智、注文」
「舐めてるよなお前ら?」
店員さんの態度が0点であった。
咲夜が「冗談だ」と言って、ヨルが真面目に注文を取る。
「俺はピザトーストにしよっと」
「俺はナポリタン」
「山本がピザトースト、タケルがナポリタンな」
「……は?」
バカかお前ら!?
何やってんだよ、タケルに山本!
ここは『コーヒーを注文』するが正しい選択肢だろうが!
『悲しみの連鎖を断ち切り』のスレ100回見直せ。
☆『悲しみの連鎖を断ち切り』Q&A☆
Q、ヨルのCGが1枚だけ埋まらないんだけど、これってバグ?
A、喫茶店でコーヒー頼め。
俺も初プレイでやらかしたから記憶がある。
ヨルのエンディング迎えて全ルート攻略したのにヨルのイベントCGが1枚だけ空白で慌ててスレ行ったもん。
ここはトラップ選択肢ということで原作ファンでは語り草である。
『あたしこう見えて料理得意なんだぜタケル』
『そうなんだ』
『さぁさぁ?好きな注文していいぜ』
→ナポリタンを頼む
コーヒーを頼む
この様な2択が現れる。
そしてナポリタンを頼むとヨルの好感度がアップする。
逆にコーヒーを頼むと『料理じゃねーじゃん』とヨルに突っ込まれ、好感度がダウンする。
しかし、何故かコーヒーを淹れるヨルのイベントCGが現れるのに対して、ナポリタンを作るヨルのイベントCGはなしというとち狂った展開になる。
真の鬼畜なクズゲス脚フェチ悪魔のシナリオライター・桜祭の考えそうなことである。
俺の隣に座るリアルタケルはちゃっかりナポリタンを注文し、ヨルの好感度を稼いでやがる。
違う!
ここの好感度は上げなくても理沙、三島、美月、永遠ちゃんの好感度を上げてさえいなければエンディングが見れるところなんだ!
コーヒーを注文し、ヨルのイベントCGを見るのが真の『悲しみの連鎖を断ち切り』ユーザーである。
「俺はコーヒー。エスプレッソを頼もうか」
「はい」
ふっ。
これでコーヒーを淹れるヨル・ヒルのイベントCGゲットだぜ。
「マスター、エスプレッソお願いします」
「はーい」
「なっ!?」
ヨル・ヒルのコーヒーイベントじゃない!?
なんで可愛くもなんともないおっさんがコーヒーを淹れる面白みも何もないイベントが始まってやがる……。
わけがわからないよ……。
やっぱりタケルが主人公であり、俺は主人公でもなんでもない悪役親友だと突き付けられた気分になり心で泣いた……。
「明智、お前食事は良いのか?」
「炒飯」
「だからメニュー表にある料理を注文してくんねーかな!?」
ショック過ぎて考えもせず俺が今食べたい料理をそのまんま口にしていた。
仕方ない、俺もなんかパスタ系の料理でも選ぶか……。
「まあいいや」
「え?」
「山本がピザトースト、タケルがナポリタン、明智が炒飯ですね。しばらくお待ちください」
そのままヨルが厨房へ行ってしまった。
多分前回の豚汁同様に呆れられてしまった様だ。
「なんだ、秀頼だけ特別メニューかよ。愛されてんなお前」
タケルがニヤニヤ笑いながら背中を叩いてくる。
本気でコイツは何を言ってんだろう?
鈍感主人公さん、流石っす。
†
しれっとマスターの常連客と会話をしたことがあったり、初対面のスタヴァ姉ちゃんに親切にしたりとコミュ力やばすぎる主人公。
山本大悟君の出番が多い。
使い捨てのキャラクターがいつの間にこんなに出番のあるキャラになったんだろ……?
ヒロイン勢とよそよそしい感じがまた新鮮。
原作秀頼の被害者の会でもあるので、ヒロイン要素もないわけではない。
秀頼君もタケル君にも担えない凡人ポジションで、野郎2人に振り回される常識人。
『リア充破裂グループ』における癒し枠。
彼女は居るけど、中々1歩が踏み出せない草食系男子。
イケメンだけど、何故か童貞卒業まで行けないのが悩みの種。
よく2人に童貞卒業しないことをからかわれるが、裏では彼女居ない2人に羨ましがられている。
秀頼がヒロインに矢印を向けられていること、タケルがヨルに矢印を向けられていること、秀頼がタケルに矢印を向けられていること全部をわかっていながら面白くて口をださずに高みの見物を決め込んでいる。
山本君は秀頼とタケルのファンである。
山本君は過去に絵美狙いのこともあり、ヒデ×エミ推し。
2人のイチャイチャ姿が1番のお似合い姿だと思っている。
そんなこと絶対口にはしないが……。
シリアスにはあまり関わらないけど、日常シーンに関わってくる原作の津軽円ポジションにいる気がする。
ヨルに山本君が下ネタ発言をしたのはこちらの話を参照。
第8章 病弱の代償
第161部分 2、山本のストーカー対策
これが原因で、ヨルに恨まれている。
次回、食おうぜ!
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