3、ヨル・ヒルは散策する
「ここがタケルの生まれ育った街かぁ!」
学校が休日の週末。
あたしはワクワクした顔で街を歩く。
今日は私服になり、胸には命と同じくらい大事なペンダントをぶら下げていた。
キラキラした目を輝かせては、街を色々と探索している。
「にしても、明智秀頼め……。散々あたしをコケにしやがって……!絶対に化けの皮を剥がしてやる」
タケルには優しくされるどころか、もはや敵を見るレベルで嫌われた……。
明智秀頼はよほど悪人を隠すのが上手いのか、上手に善人を演じている。
しかも、追跡していたあたしを下ネタで撃退するなど、とても強敵であった(実行したのは山本であるが)。
「タケル、あいつ良い目をしてるじゃないか。んふふふふっ、敵を見る目をされてるのにちょっと興奮するな」
あたしは思いだしながらタケルの顔を浮かべる。
あー、タケルと会話して盛り上がりたいという気持ちが止まらなかった。
妹の理沙は仕方ない。
ただ、永遠に咲夜に円に絵美に群がれてタケルは異常にモテモテだ。
むかつく。
「あいつ鈍感だからな……」
タケルのニヤニヤする顔にイラつきが収まらない。
明智秀頼のせいで全部筋書きが狂った。
「くっ!?おのれ、明智めっ!コンバットナイフの錆びにしてやろうか……!」
怒りと同時に自分の惨めさに気付きため息が出る。
脱力感があたしを襲う。
「こんなことしてる場合じゃねーんだけど、何をしたら良いのか……。はぁ……、金も雀の涙ぶんしかねーし……」
とぼとぼと街を歩く。
ところどころの店でスターチャイルドのポスターや曲が流れている。
「あははっ!スタチャだ!スタチャだ!」
大ファンなので見掛けたスタチャポスターにはしゃぎまわる。
聞き慣れた『あなたはチャイルド☆』のメロディーは、常にいつでも脳内再生が余裕だ。
「って呑気にはしゃいでいる場合じゃない!こんなの今のあたしは観光客と変わらないじゃないか!」
自分の状況を理解する。
ここは一度、空腹を満たしてから行動に移そうと決まる。
「よし、この喫茶店に入るか」
2階立てのあまり客が入ってそうにない喫茶店にあたしは導かれるように歩みを進める。
「いらっしゃい」
喫茶店をまたぐとこの店の主と思われる若い見た目の中年男性が声を掛けてきた。
「おっ?見ない顔、ということは新規のお客様だね。はじめまして」
「は、はじめまして……。ヨル・ヒルと申します」
あたしは人懐っこい顔を浮かべてで接客する男性に頭を下げる。
「へー、変わった名前だ。ヨルさん?ヒルさん?」
「ヨルで大丈夫っす。ヨルがあたしの名前ですから」
「じゃあよろしくねヨルさん。僕のことは谷川とか店長とかマスターとかみんな好きに呼んでるからお好きにどうぞ」
暇なのか、この店の主はあたしと会話を楽しんでいた。
喫茶店ってこういう店なのか?とメニューを見ながら心で突っ込んでおく。
谷川か……、咲夜がそんな名字だった気がする。
もしかしたら親子だろうか?
そんなことを思いつつ、色々と学校の記憶を思い返す。
「マスター、エスプレッソでお願いします」
「ははっ、君もマスター派か。じゃあエスプレッソで作らせてもらうね」
慣れた手付きでコーヒーを淹れるマスターを見ながらイライラも収まってくる。
客は居ないけどおいしいコーヒーを淹れる店を引き当てたのかとちょっと優越感を覚える。
穴場という感じだ。
「こんにちはー、マスターさん!」
「あっ、星子ちゃんいらっしゃい」
コーヒーを出されるとほぼ同時くらいに茶髪で顔にそばかすのある少女が入店してきた。
明らかに常連客っぽい雰囲気だ。
「あはっ、いつものお願いします」
彼女が注文すると「はいはい」と笑ってコーヒーを作るマスター。
その茶髪の女性は、他の席があるにも関わらず自分の隣に座ってきた。
「こんにちは、もしかしてこの店の常連客ですか?」
「……いや、はじめて」
マスターも近い距離で接客し、あろうことか客まで近い距離で話しかけてきて変な店に来ちゃったとやれやれと心で呟く。
砂糖とシロップを混ぜたコーヒーを口に含むと衝撃が走る。
「う、うま!な、なんだこのコーヒー!?苦味と甘さがマッチし過ぎ!」
「いやー、良かった良かった。口に合うようで何よりだよ。はい、星子ちゃんのぶん」
「ありがとうございます」
隣の席に座る彼女にもコーヒーを置くマスター。
その彼に星子ちゃんと呼ばれた少女が口を開く。
「先輩は今日居ないんですか?」
「娘は君のお兄さんと一緒にオンラインでスマブラだってさ。僕は最初のしかわかんないからキャラ増えたなーって見てるよ」
「仲良しですねー」
あたしから見るとマスターと少女も仲良しにしか見えなかった。
長い付き合いなのだろうか。
「あっ、そうだ!お名前伺っても良いですか!?高校生ですか?」
「名前は……よ、ヨル・ヒルだ。高校生をしている」
「先輩でしたか!私、細川星子と言います!よろしくです!」
「う、うん。よろしく」
彼女から無理矢理握手をされる。
近い距離感の握手が、安心感を与える。
「ヨル先輩、好きな歌手とかお聞きしても?」
「す、スターチャイルドだ!スターチャイルドが大好きだっ!」
「……」
「……」
星子とマスターが目を丸くする。
そして、すぐに星子のテンションが上がった。
「わー!そうなんですね!私も大ファンなんです!このお店、スタチャも通う店なんですよ」
「ははっ」
マスターは何がおかしいのか、星子の発言に笑っていた。
星子の指を指す方を見るとスターチャイルドのサインが飾られてある。
「……あれ?」
あたしの脳内に1つ思い浮かんだことがある。
星子=スターチャイルド。
漢字を英語にしたらまんまそのアイドル名になること。
自分のことのようにはしゃぐ彼女を見て、彼女がそうだと確信する。
「……じゃあ星子はスタチャファンの同士ってわけだな」
「はい、そうですね!」
「…………ん?」
「どうかしました?」
「いや、なんでもない……」
星子と名乗る少女の目付きを見て、自分の脳内が頭真っ白になる。
…………あれ?この子、あいつの妹じゃね?
「……よろしくな!」
知らない振りをした。
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