4、細川星子は質問に答える

「そういえばさっき星子にお兄さんという話が聞こえたけど」

「はい、兄が1人いますよ」


脳内に星子と同じ茶髪の悪人顔を思い浮かべる。

身内なら悪い噂も知っているだろう。

知ってもらわなくちゃ困る。


「お兄さんと星子は仲良いのか?」

「あー、そうですね……」


複雑そうな顔をする星子に目が光る。

良い情報がもらえそうだ。


「別居してますが、仲良いですよ。お兄ちゃんと一緒にカラオケとか行きます」

「はえ?」


明智秀頼が妹とカラオケ?、あまりにも想像が不可能な図に目が点になる。


「娘もこの子の兄貴に懐いててね。一緒に鍋パとかしてたりするんだよ」

「…………?」


あまりにも、事前の情報と食い違った男の図に、なんか自分がおかしいんじゃないのかと思いはじめる。

あれ?もしかして今夢の中?、と変な気持ちになる。


「わ、悪いところとかあるのか?」

「うーん、口がちょっと悪いところかな……」

「女垂らしのところだね」

「マスター……。もう、またお兄ちゃんをそんな風に言って」

「……!」


『ビンゴ!』、心でガッツポーズをする。

女を食い物にしてやりたい放題する本性と一致する。

タケルが明智を童貞と言っていたが、そんなわけないと確信する。

そういう本性を持ってる奴だよな。


「結構ガードが硬いんだよね」

「はぇ!?」

「ガードが硬いというよりは、攻撃を攻撃と認識してない感じがしますね」

「それでいて恋人ができないって悩んでバカみたいだね」

「…………」


何か自分の持っている情報が一致しない。

女好きで毎日女をとっかえひっかえしつつ、裏ではギフトを使って人を殺していたりしている明智秀頼の図が一致しないことにあたしの気分は穏やかじゃない。

聞けば聞く程、普通の男子高校生の像ができあがる。

おかしい、まるで自分は異世界にでも巻き込まれたのかと、あたしはコーヒーに顔を覗かせるも、自分の顔が映る。


肉まんを食べていたのに、あんまんを食べていたみたいな気持ち悪い違和感に頭を悩ませる。


「ヨルさん?頭でも痛いのかい?」


マスターの声が届く。

頭が痛いというか、世界がおかしい。

自分は今どこにいるのか?

自分がヨル・ヒルなのかすら疑ってしまう。


「だ、大丈夫っす」


そう言っていると喫茶店の入り口のドアから来客を知らせるベルが鳴る。

「いらっしゃい」とマスターが声を掛けると「来ちゃいました」と話す女の声がした。

聞き覚えのある声に振り向くと、宮村永遠であった。


「あっ、永遠先輩!こんにちは!」

「わぁ、星子だぁ!こんにちは!久し振りだね」


あたしがじーっと見ていると、永遠はその視線に気付き驚いた声を上げる。


「わっ!?ヨルちゃん!?」

「……どうも」


軽く会釈する感じに頭を下げる。

十文字タケルを下心有りで見ている少女の到来だ。


「永遠先輩とヨル先輩は知り合いですか?」

「今年から同じクラスになったんですよ。全然会話したことなかったんですけど、よろしくお願いしますね」

「…………なんであたしの隣に座る」

「コミュニケーションを取りましょうよ」


そうやってずかずかとあたしの心の中に侵入し、マスターへ注文をしている永遠。

目に映る彼女は、薄紫色の髪色をしていて清楚系な服に身を包み、誰が見ても美人な顔付きでタケルの鼻の下が伸びるのもわかると分析していた。


「ヨルちゃんのペンダント可愛いですよね。毎日視線が持っていかれます!」


永遠が銀色に輝く胸元を見て気になる様子で声を掛ける。

今はただのペンダントだが、あたしの戦いの『想い』を感知することによりコンバットナイフに変わる危険な武器は可愛いなんて言われる品物ではない。


「こ、これは大事な人から受け継がれたもので……。あたしの宝物なんだ」

「きゃああ!彼氏さんですか!?」

「い、いや……。そんなんじゃ……」

「ふふっ。照れてるヨルちゃん、可愛いです」

「っ!?」


永遠の妖艶な笑みに、同性である自分すら顔を赤くする。

こ、これが噂の童貞を勘違いさせる系の女子というものか。


「彼氏ではないなら家族からの贈り物?」

「あ、あぁ。家族の形見なんだ」

「家族の形見ですか」

「……あ」


『しまったー!』とやらかしに気付く。

確かにこのペンダントは家族からの形見であることに嘘偽りない。

しかし、永遠の家族もまた明智秀頼の手により殺害されている。

おいそれと形見なんて言葉を口にしてしまう自分のデリカシーのなさに心で悲鳴を上げていた。

しかも、星子の方も時間が経っているとはいえ家族を失っている。

自分の軽はずみな言葉が彼女らの心を傷付けないか心配してしまっていた。


「形見ですか……。私の両親は何も残してくれなかったな」

「確かに星子ちゃんも秀頼君も何も残ってないだろうね。アルバムの1冊もなかったはずだ」


マスターが苦笑いをしていた。

色々と星子たちの事情を知っている人なんだな、なんて思いあたしの中でマスターの好感度が上がっていた。


「と、永遠……」

「ん?」


会話に混ざらない永遠が怖くなり、許しを請うような声を上げるが、永遠の様子はいつも通りであった。


「どうかしました?」

「そ、その……家族、だけど……大丈夫か?」

「家族?私の家族がなんかした?」

「げ、元気か?」


永遠の両親が死んでたの!?知らなかった!

そんなポジションに落ち着こうと言葉を出した。

しかし……。


「今朝電子レンジを買いに行くって言ってたから元気なんじゃないでしょうか」

「…………?」


中学時代、明智秀頼に騙されて両親を殺害されていた情報を知っていたあたしは、永遠の両親の話を聞いて色々な意味で思考停止した。


どうなっている?

話が繋がらない。

あの男は誰だ?


明智秀頼を名乗っている男の存在にあたしは全身に鳥肌が立っていた。

コーヒーを飲み、苦味を摂取し、脳を覚醒させる。

自分のやることが定まらない。


「ところでヨルちゃん、恋愛してる?」

「……え?」


永遠からの問いにドクンと心臓が跳ねる。


「星子もマスターさんも恋愛してますか?」

「いやー、私はちょっと……。事務所的にペケでーす」

「別に今さらそんな欲はないかなぁ……」


2人から恋愛否定されてつまんない感じに口を尖らせる永遠。

そうなった後の展開を察する。


「ふふっ。ヨルちゃんは恋愛してますよね!?」

「……」


凄い逃げたい……。

でも、今逃げたら無銭飲食になるのでぐっと堪える。

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