第14話
ふざけんな。もうだまっちゃいないぞこんちくしょう。誰がややこしい男だ勝手なことを言いやがって。おれが自分のことを話さないのは別に戸樫を信用してないからじゃない。おれには相手が誰だろうと話すべき自分のことなんてものがないだけだ。わかるのかおまえにこの気持ちが。おまえにはこの気持ちがわかるのかと言ってるんだ。わかるのか。わかる? わかってたまるか。バカにするんじゃない。おれなどという人間には別になにも面白いことなどないんだ。これまでだってずっとひっそりと人知れず暮らしてきた。そういうことがおまえのようなやつにわかるものか。それなのになんだ。なぜ喫茶店の店員がおれを知っているんだ。なぜおれを尾行するんだ。なぜおれを監視するんだ。教えてくれ袋麹。いったいどうなっているんだ。
おれは部屋を見回した。おれの部屋にはものがほとんどない。あるのは万年床と化したベッドと仕事用のデスク、それにラップトップ型のパソコンと携帯端末だけだ。こんな部屋でどうやっておれを監視しているんだ。話し相手もいないし部屋では通話することもめったにない。盗聴したところでほとんど意味はない。となると監視は映像ということになるだろう。どこだ。照明器具の中か。
おれはデスクにあった国語辞典を照明器具に思い切り投げつけた。シーリングのカバーが二つに割れて落下し、その内側に溜まっていた小さな虫の死骸が部屋の中に散らばった。
ビコーンと携帯端末が鳴り、取り上げるとカメラが起動して部屋の中が映った。そうかこいつか。こいつでおれを監視していやがったんだな。おれは携帯端末をシーリングライトの破片の上に投げ、キッチンから持ってきた中華鍋をその上に何度も振り下ろした。円形だった中華鍋は細長く変形し、シーリングライトの破片は細かくなり、携帯端末はひびだらけになった。ひびらだけになった端末の両端を持って折り曲げると、真ん中から細かい破片を散らしながら二つに折れた。
あとはラップトップだけだ。おれは立ち上がってデスクの上からラップトップを引き剥がし、天井近くまで持ち上げて力いっぱい床に叩きつけた。キーボードからいくつかのキーが飛び散り、画面に大きく亀裂が入って液体が漏れ出した。床にはラップトップの外装の色がこびりついた。おれはもう一度ラップトップを振りかざすと、向きを変えて叩きつけた。今度はいくつかのキーが飛び散っただけだった。おれはモニタの端と本体の端をそれぞれ持ち、振りかぶって自分の膝に叩きつけた。本体をモニタをつないでいたヒンジが粉々になり、モニタと本体はフレキシブルケーブルでかろうじてつながっている状態になった。おれはモニタの側を持ってぶらぶらと振り回し、そのままキッチンの角に振り下ろした。なんだかわからない破片が四方へ飛び散ったけれど本体とモニタはつながったままだった。
どうだ。これでもう監視できまい。おれは部屋のあちこちを睨みつけた。そこから見ているのか。おまえらはそこからおれを監視しているのか。天井の隅、窓の枠、換気扇の裏、照明器具の中、トイレの中、ゴミ箱の中。思いつく限りの場所を睨んで回る。未来から来た善意の組織だと。そんなものこのおれがぶっ潰してやる。覚悟していろよ池上。明日おれは尾行を捲いてお前たちと合流するからな。袋麹に連絡したからミサが迎えに来る。そうだろう。
はははははははははは。
すべてがおれの思い通りに動き出した。待っていろ偽善者め。
おれは破片に埋もれたまま眠った。久しぶりにいい気分で眠った。
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