第3話
「なあ
「なにが?」
「
「どうだろ。珍しいことは間違いないだろうね」
「この文乃って女性をどういうふうに設定するかが重要なんじゃないかって気がするんだよ。どうすればこんな話し方にリアリティ持たせられるかな」
「謎めかしておいていいのかもしれないよ」
「そうかな。これでこんな女いるかよ、ってなんない?」
「女性はなるかもね。でも男性にはウケるかもね」
「ウケるかなあ。おれこんな女イヤだけどな」
「佑ちゃんがそういう女を好きかどうかは関係ないじゃない。雨野さんは好きなのかもしれないし、雨野さんが好きじゃなくてもこの主人公は好きなんでしょ。それでいいでしょ」
「ううん。引っかかるな。この文乃って女の職業はなんなんだとか気になり始めちゃうね。どうやってこんな感じのまま三十とかもしかしたら四十まで生きてこられるんだよ」
「そうねえ。あたしの周りにはそういう話し方の人はいないからわかんないわねえ」
「だろ。いないだろこんなん。だってこれこの主人公と文乃はこのあとヤるわけでしょ。ああ、いいですわとても、わたしはいままさに参ります、ああ参りますうとか喘ぐの?」
「参りますってなによ」
「いくの謙譲語」
恵美はゲラゲラ笑いながら「それ最高でしょ。そこまで書いたらそれはなにか新しい風が吹くよ」と言った。
「だけど雨野が目指してるのはそういうギャグではないよなあ。あの男あんな顔して女の言葉遣いに惚れるみたいなことを書きやがるんだよな。どこまで本気なのかわかりゃしない」
「だって小説家だよ。本気もなにも言っちゃえばみんな嘘でしょ。大嘘みたいなことを本気で言ってるように見えるぐらいじゃないと」
「雨野があ? あいつそんな大作家なのか?」
「あのね、佑ちゃん。ひとつだけ佑ちゃんが絶対的にダメなとこがある。それは雨野さんを信じてないこと。佑ちゃんは雨野さんの担当編集なんでしょ。自分が担当してる作家の可能性を信じない編集はダメでしょ。雨野さんに可能性を感じないなら降りるべきだよその仕事」
恵美は真面目な顔でそう言った。
「ああ。それはそのとおりだ。いや、信じてる。信じてるよ雨野のことは。ただあの男はどういう人間なのかよくわからないんだ」
「そこは佑ちゃん、努力ポイントだよ。佑ちゃん雨野さんの一番近くにいるんだからさ。もっと作家としての雨野さんのことも、そうじゃない雨野さんのこともわかろうとしないと」
「そうなんだろうなあ。深入りしない方がいいような気もするし、もう少し知らないとアドバイスもできないような気はするし」
「雨野さんて静かな人なんでしょ?」
「うん。静かというか何を考えてるかよくわからない男だね。会っても必要事項しか話さないからな。小説書いてないときはもっぱら映画見てるらしい」
「それで今度も映画が出てくる話なんだ」
恵美はそう言うと雨野の原稿を座卓の上に置き、ベッドに戸樫と並んで座った。
「ではひとつ、わたしたちもいたしますか?」
恵美がおどけて言った。
「なんだよそれ」
「やるの謙譲語」
戸樫は笑いながら恵美を抱き寄せた。
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