【05】第1話 : 緊急手術〈2〉

 診察台をハサんで、向かいにルージュ。患者の頭部側には、ブリオが待機する。

 白衣にソデを通しながら、俺は言った。

「ブリオちゃん。君は、まだ学生だけど、医師の指示範囲内で医療行為は認められているね」

「ハイ!その通りですが…」

 真っ直ぐに彼女を見る。

「では! 今から脊椎麻酔薬セキツイマスイヤク投与を、お願いします」

 ブリオが両手でをする。

「えぇっ…。でも…ブリオわぁ…。授業の実習でしか練習をして無くて…。いきなり本番の現場わぁ…」

 間髪入カンパツイれずに俺が言う。

 「ブリオ! 医療現場に練習も本番も無い! 常に必要なのは、目の前の命に真剣に挑むだけだ!」

「で…でもう…」

「出来ないのは、ブリオ! 君が練習の為だけに、練習を続けているからだ!」

 ─ルージュが不安そうにブリオを見つめる。

「うぅぅん…。ブリオ…やってみます…」

「『やってみます』ではダメだ! それは覚悟では無い。自分の中にある恐怖を、シッカリと認めろ! そいつをニラみ返してやれ! ブリオ!!」

 ─彼女は、しばらく黙った。

 涙目をヌグって言う。

「分かりました。ヤマザキ先生! ブリオやります。 やらせて下さい!」

 目に覚悟が宿ヤドった。

 ─ルージュが微笑む。

 子供のブリオにはが重いが、厳しい医療現場の実情を一日も早く知って欲しい。強い言い方をしてしまったが、やはり彼女はカシコい。直ぐに理解して、自分のものにしてしまう。頼りに成る。将来が楽しみだ…。

 ブリオのテノヒラからハニー・ビーの針が現れ、彼女の体内で生成した麻酔薬を慎重に投与していった。

 続けて、酸素を確保する為、鎖骨上窩サコツジョウカ( のど仏下部くぼんだ所 )に気管支拡張剤を打たせる。

 ─通常なら、ステロイド剤を投与するべきだが、手術による残留物摘出が先決だ。

 「ブリオ! 気道を確保してバッグ・バブルマスク( 手動型人工呼吸器 )を設置。出来るな!」

「ハイ! 気道を確保したのち、手動により処置に入ります」

 的確、かつ迅速ジンソクに処置を行うブリオに満足しながらも、優しい言葉をけてやる余裕が無い。

「ルージュさんは、輸血の用意を!」

 ルージュが準備をしている間に、俺は患者の患部カンブ消毒を済ませる。

「これより、男性患者、左下腹部の切開および、第七牛腑内部の残留物を摘出。その後、スミやかに熱縫合ネツホウゴウ。お願いします!」

「お願いします!」

 二人が答える。



 ここで、俺自身の能力ジーニアの説明が必要だろう。

 俺は、体内に、微量の電気を作り出す能力ジーニアを持つ。また、それらを指先に集めの要領で、手術に当たっているのだ。

開腹鈎カイフクコウ

 指示を出す。

「左右、4㎝で固定します」

 開腹した後に術野ジュツヤを、見やすくする器具である。

鉗子カンシ

 俺は、右手を出す。

「コッヘル鉗子カンシになります」

 ルージュが直ぐに手渡す。

 血管をつまみながら出血を止める。

 ─やはり。

 大きく内側から膨張している…。

 その第七牛腑に、指先を切り入れた時だった。

 『ボン!!』

 破裂音ハレツオンと共に、青白い炎が立つ。

「膨張の原因は気化したアルコールだ 。それも、まだ大量のアルコールが、残ってるぞ!」

 先ほどの炎は、気化したアルコールが電気メスの火花に引火したものだった。

「胃・ドレナージ」

 第七牛腑の内部残留物を、吸引器で摘出させる。

鉗子カンシ

 再び、右手を出す。

「ペアン鉗子カンシになります」

 施術セジュツ中のルージュは、一切動揺を見せ無い。俺の手先だけを見て、一歩先を考慮コウリョした介助カイジョ遂行スイコウする。こんなに、優秀な看護師は彼女を持ってして他にはいない。

 色々な意味でパートナーだ。

 ─残留物が出てきた。

 まだ消化しきれていない干し草と、1リットルは有る液体状のアルコールだった。

「ヤマザキ先生。これは、おかしいです…。ローハイドさんは全く、お酒は飲めない体質なのに、この大量のアルコールは…」

「ルージュさん。それが本当なら、かなり不自然だ…」

「彼自身も自分が極度のアルコール・アレルギーだと、知っていましたし…」

 ルージュの言う通りなら、これはマサに自殺行為じゃないかぁ。

 いや、いや…待て。

 この大魔王が自殺をするなんて、そんなノミの心臓じゃぁない!!

 じゃぁ。他者からの殺人未遂サツジンミスイかぁ…?

 こちらも、おかしい…。

 これだけの大量のアルコールを、本人の抵抗無しに飲ませるのは至難のワザである。

 加えて、まだ一つ気になる事がある。

 ─残留物の、アルコールのニオいだ。

 さすがに胃液と交ざっているせいで、少し酸っぱい香りがするが、決して嫌では無い。むしろ甘い心地よい香りだ。

 なんだ…なんなんだ…。

 分からない…。

 あの香りは…。

「この残留物は、後で病理検査に出しておこう。何か原因が分かるかもしれない」

 二人の献身的ケンシテキな協力もあり、緊急手術は無事に終わる。

 切開を電気メスの熱で、焼きつなぐ熱縫合で閉め患者の術後回復を見守る。














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