【04】第1話 : 緊急手術〈1〉

 モンスター達は中央に、うつ伏したままのローハイド氏を、ただ見つめる他なかった。

「ルージュさん。バイタル確認!」

 周りは、俺の指示を聞いて、ようやく医師とサッした様だ。

「取れました! 脈拍220、血圧、上90下30 、呼吸90、体温34℃」

 ─マズイ! 全ての数値が異常だ。

 脈拍は、高過ぎる。

 血圧は、上下低く過ぎる。

 呼吸も早い。

 体温も低い…。

 クソッ! 何だ…何が起こっているんだ。

 ─山脈男が、小さく波を打った。

「くっ…はぁ…うぅうう」

 うつ伏したままの、ローハイド氏に、カスかに意識が戻る。

「頭! 頭はどうですか! 激しい痛みはありませんか?」

 俺は、当初から、くも膜下出血を疑っていた。

「あ…頭は痛く無い…。ただ…息が…イキが…」

 くも膜下出血じゃ無い。

 俺の判断が正しければ、逆に激しい頭痛があるはずだ。

 ─他に可能性は。

「息…が『ヒュー』苦…『ヒュー』しい…」

 ヒュー…ヒュー…!!

 喘鳴ゼイメイ…?

 ─まさかっ!

「どうか皆さん! 手を貸して下さい! 彼のを、仰向アオムきに変えます!」

 屈強な男達が数人、進み出て仰向きにすると同時に、担架タンカにも乗せてもらった。

 ─やはり。

 顔から肩にかけて発疹ハッシンが、広範囲コウハンイに出ている。

 口の中もる。

 口腔粘膜コウクウネンマクが赤く腫れ、肺へと続く気道がフサがりつつあった。

 間違いない。

「アナフィラキシー・ショックだ!」

 これは一刻イッコク猶予ユウヨもない。

 


 ─だが!あろうことか。

 この緊急事態に、思いもよらない事件が、サラに追い打ちをかける。

「パ…パ! パパだわ! イいいえ…ロ…ローハイドさん…」

 ─ルージュ。

 お前はいったい…?

「パ…パパぁ?」

 俺とブリオは、顔を見合わせた。

 仰向けに成った彼を見て、ルージュは、初めてローハイド氏と確認したのだろう。

「だって、ケンタウロスと、ウィザードリーじゃぁ…」

 ヒカえ目に、言ったつもりだったが、つい俺は声を張り上げてしまった。

 何か事情があるらしく、彼女は目を伏せた。

「エェ…確かにパパと言っても…私と…ローハイドさんは…義理の親子で…」

 と、ルージュが言いかけた時、俺は話をさえぎった。

「分かった。その話は後でゆっくり聞こう。今は、眼前の救急処置に集中するんだ」

 ルージュは、ダマってうなずく。

 続けて、ローハイド氏への触診ショクシンを始めると、彼の左下腹部に強い張りが確認出来る。

第七牛腑ダイナナギュウフに異常あり!」

 第七牛腑とは、ケンタウロスに代表される、牛眷族ウシケンゾク、特有の第七番目の胃である。彼等は見た目の屈強さには似合わず、主食は柔らかい牧草を好む。肉は食べない。

 しかし、一族の特長とも言える、あの大きな体を支える為、牧草では、カロリーが少ない分、大量に食べなくてはならないのだ。

 加えて、消化がしにくい牧草を長い時間をかけて分解する為に、胃が七つも必要となった訳である。

 両手による第七牛腑への打診ダシンによると、ボコボコと濁音ダクオンが聞こえる。つまり、胃の中に、何か入っているのだ。

 最も、これは悪性の腫瘍シュヨウでは無いだろう。固形状の硬さでは無いからだ。

 また同時に、ポンポンと鼓音コオンも聞こえる。何らかの原因で、胃に内圧がかかり風船状に膨張ボウチョウしている証拠だ。

 押す度に、チャプン、チャプンと波を打つ感触もある。



 ─ローハイド氏が、呼びかけに応えない。

 彼は、再び意識を失った。

 気管支が完全に閉鎖し、酸素が肺に入らなく成った為だ。

「医療コンテナに、運んでいる時間が無い」

 二人の顔をジッと見て、確認する。

「この場にて、緊急手術を行う! ブリオちゃん、 ER-B ( 略 : ハチの緊急救命室 )を発動!」

「ハイ! ER-B 発動します」

 彼女が両手のヒラを前にかざすと、ドンドンと六角形のブロックが現れ、積み重なって行く。

 すると、1分もしない内に大人オトナ数人が入る事が可能、ドーム型緊急救命室が完成した。

 ブリオは一見、普通の人間少女の様だが、れっきとした、蜂眷族ハチケンゾクハニー・ビーである。

 彼女の六角形のブロックは、蜂のロウで出来ていると同時に、強い殺菌作用を有する。その為、ドーム内側の空間を、手術に適した無菌状態に保つ事が出来るのだ。

「では、ローハイドさんを中に運び入れましょう。皆さん、お願い致します」

 周りのモンスター数人が協力し担架のハシ各々オノオノが持ち上げるが、巨体の彼はビクともしない。

 見かねたルージュが歩み出る。

「あのっ! 私やります!」

 と、一言。

 まるで、花かごを持つ様にして、ひょいと、つかんだと思えば難なく一人で運んでしまった。

 残されたモンスター達は、口を開けて突っ立ったままだ。




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