第16話 ようやく思い通りになる世界
滅多に使わないが、きちんとマリアによる掃除の行き届いた応接間にて。
「気にしなくて良いよ。お勤めの用意で忙しい所出迎えありがとう、カレン」
悠々と私の居城を訪問し、歓迎を受け入れたのは細身の女性。
質のいい紺のスーツを着こなした、人間のギンジが見れば黒髪も相まって日本人のビジネスウーマンと思ったであろう風貌。
こいつは私と同じく、殆ど人間と変わらない姿形をしていた。
ただ1つ、山羊の如く歪な瞳孔を除いて。
「僕が来た理由は分かっているよね? カレン。魔王から魔界の諜報を任されている僕が来た理由さ……」
「……私には、さっぱり。此処には貴方が、魔人四天王『強欲』のアウル様がいらっしゃる理由は無いかと」
四天王、アウルはは意地の悪そうな笑顔を浮かべて頭を下げたままの私に詰め寄った。
歪な瞳孔がギラリと光る。
鬱陶しい、拳を振るいそうになってギリギリ耐える。
「調査なんて名目で来ているけどね、実際は君が何かしたと確信して来てるんだ。証拠だって山ほどある……僕が今日、誰を運転手にして来たと思う」
圧倒的な力量差と、それ以上にアウルの言葉に冷や汗を垂らす。
全身の熱が逃げていくように寒気が走った。
「……諜報部の、ムジンですか」
「そう、『疑心』だ。怪しげな所に勝手に押し入っていいと許可しているし、既に実行したようだよ。僕が許した、君に抗議する権利はない」
諜報部の噂、特に『疑心』のムジンに関する噂はよく知っている。
思考を読み取れるという能力は、人間だけでなく魔人が相手であっても問題無く発揮される。
過去に背負った罪故にとは言え、魔王や現体制に反旗を翻そうとした魔人を事前に見抜いて何度も逮捕してきた。
魔界の秩序を実行力と恐怖によって維持する彼女が態々来ているという事は……
「つまり、ムジンは君に有罪と言いに来た。その辺の奴から証拠を集めて、僕は逮捕する」
顔を伏したまま耳を澄ませる。
少し前に上から壊すような音が鳴っていた。
ギンジのいた辺りだ、と気付くと冷や汗が吹き出た。
「顔色が良くないね、不都合な事があるのかな? 」
「……いえ」
脳裏に様々な考えが過ぎる。
まず、有罪を突き付けられたらアウルは私を拘束して自身の野望を叶える所では無くなってしまうだろう。
アウルの戦闘力は同じく四天王『傲慢』のムールに比べて劣るが、ずっと応用の効く万能型。
実力差は圧倒的で、戦って勝てる訳が無い。
これはギンジの骨から削り出した武器を用いても覆しようの無い結果だ。
なら、と逃亡が消去法で浮かび上がる。
如何に四天王とは言え、ムールのように理不尽な強さじゃない。
不意を突いて、奥の手まで使えば暫く動けない痛手を与える事くらい出来るだろう。
アウルが動けない間に、マリアとギンジを連れて城を出る。
その後は地球に出て、適当な場所で息を潜めつつギンジの研究を進めよう。
「……」
幸い、諜報部が来る事が分かった時点で色々と準備はしていた。
やろうと思えばいつでもやれる。
必要なのは覚悟だけだ。
やれ、やると決めたらやったらいい、
なのに……
「カレン、僕が怖いかい」
ただ、微かに頷くしか出来ない。
『加虐』が聞いて呆れる。
今、私はただひたすら恐怖に支配されていた。
「ふふ、可愛い子だ。魔王の許しが出たら飼ってあげるよ、飽きるまで可愛がってあげる」
永遠にも思えるような数分の後、応接間の扉が開かれた。
鮮やかな青い体色の魔人、恐らくは『疑心』のムジンであろう女がギンジと彼のために用意した奴隷を連れて部屋に入る。
「お待たせ致しましたアウル様」
「いや良いんだ。毎回ご苦労、さて……早速調査の結果を聞かせてもらってもいいかな? 」
「はい、『加虐』のカレン様は……」
覚悟は全く出来ていない。
何を告げられるかは分かっているが、顔を上げてムジンを見た。
「うん、カレンは? 」
「四天王、『傲慢』のムール様の失踪について何の関与もしておらず、何も知っておりません」
「……なに? 」
最高に気分が良い。
魔人が、弱っちい人間である俺の、藤見銀次の言いなりに動いてるってのが最高だった。
「カレン様は『傲慢』のムール様の失踪について何の関与もしておらず、何も知っておりません」
ムジンが事前の仕込み通りに答える。
アウルとか言う四天王の魔人が、呆気に取られて間抜けな顔をしていて気持ちがスカっとした。
「……なに? 」
アウルは聞いた言葉を信じきれないようで、聞き返す。
「今回我々が調査していたムール様の失踪について、カレン様は何も知らないようです」
ぐぐっと眉を寄せたアウルが、無表情のムジンに顔を近付ける。
「本当かい? 君がカレンが犯人だって言うから来たんだぜ」
「私をお疑いですかアウル様。私じゃないんですから」
張り詰めた空気が流れるが……
ムジンは相当信用されているようで、根負けしたアウルが顔を話す。
「はいはい分かったよ。全く……無駄足か、そうなると1から調査し直しだなぁ」
「記憶を改竄、それに類する能力のある魔人を調べておきます」
「あぁそうしてくれ。カレン、車に燃料を補給させたいから少しだけ奴隷を分けてくれ……ついでに少し休ませてもらうよ」
誰より呆気に取られていたカレンがハッと我に返り、アウルを客室へと案内して行った。
部屋から退出する間際に、何か聞きたそうな目を向けてくるが無視して2人を見送る。
「……ふぅ」
それにしても、四天王アウルは随分人間寄りな見た目をしていた。
目に多少違和感があったものの、その程度だ。
ムールの様に見詰められただけで死んでしまいそうな圧迫感も無いし、知略でどうこうするタイプなのかもしれない。
「あの、銀二君」
アウルが出ていくのを待ちかねていたかのように、ムジンが俺の裾を引いた。
「良くやったぞ、ムジン」
彼女が俺の手を握るので、握り返してやる。
「……あぁ」
恍惚とした表情で手の感触を確かめている様子を、黒菜さんはジト……と眺めていた。
「人がそばにいるのに良くやりますよ。それにしても、大丈夫なんですか? その……心変わりしたりとか」
不安そうする黒菜さんの気持ちが分からない訳でも無い。
「大丈夫、多分。前に俺の能力に興味を持った魔人が言ってたんですけど、俺の赦しはなんと言うか……クセになるらしい。中毒性のある、やめられない味……みたいな? 」
カレンの様に何度も俺の能力による影響を受けても大きな影響の無い魔人もいれば、ムールのように強く影響されて中毒になる魔人もいる。
「ムジンは強く影響される方だし。さらに言えば……こいつは自分から俺の赦しを得に来た」
そう、俺の部屋で俺の心の中を覗いたムジンは……
能力を解除して、頭を下げた。
赦された魔人がどうなるのか。
赦す過程でどんな変化が魔人に起こるのか。
全て知ったムジンは躊躇無く、自ら俺の手に触れた。
「よしよし、いい子だ」
小動物のように目を細めるムジンを見ると、優越感で心が満たされる。
大丈夫だぞ『疑心』のムジン。
俺が赦してあげるから、俺を信じて騙されてくれ。
もう使い道が無くなって、使い捨てるその日まで。
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