第15話 『疑心』のムジン
延々と続く雷を纏う黒雲。
そして不毛の荒野の下。
土煙を尾の様に引き連れて走る車が、いよいよ塔の麓で止まった。
遠目でも分かる、黒と白のメイド服を着たマリアが車を出迎える。
こっそりと覗き込むと、車から人影が二つ現れ、うち一つが塔の中にマリアと共に入っていった。
残された1人は車を磨いたり、ボンネットを開けて中の蠢くエンジンを弄り始めたりと忙しない。
燃料……資源奴隷をトランクから引き摺り出して、最期の抵抗とばかりに暴れる彼か、彼女を車のエンジンに食わせていた。
そんな風景から目を逸らして、呟く。
「……1人、中に入って来た」
現状を整理する為と、黒菜さんに説明する為、二つの意味で見たままを口にする。
「ちゃんとマリア……ここのメイドが応対していたから予定のない訪問って訳じゃ無さそうだ」
そういえば俺を受け取ったのもマリアだし、塔の掃除等を行っているのもマリア。
あいつ一人で無駄に広い塔を維持するのは大変だろう。
「先程、銀次様が仰っていた魔人殺しの件についてでしょう。魔界には警察機関……治安組織? が存在していると聞いた事はありませんが」
「俺も聞いた事ないですね」
あのカレンが国家権力を持つ者に詰問を受けている様子を想像すると少し面白い。
「とりあえず、銀次様の存在が他の魔人に知られるのは避けた方が良いと思います。特に、魔人の力を無効化し、殺害を可能とする力……」
ガタガタ! と窓が揺れた。
話しかけていた黒菜さんが驚いて窓を見る。
窓を揺らす程の風が吹いたのは初めてだ、それも一瞬だけなんて。
「ええと、その力を」
話を再開しようとした彼女だったが、俺はその背後、黒雲を映す窓に視線が釘付けとなってしまっていた。
「銀次様? 」
何かが近付いてくる、いや、飛んでくる。
最初は小さく何か見える程度だったのに、1秒と経たないうちにそれが人型の何かであると分かる。
そして、それが真っ直ぐにこの部屋に向かってきていると分かり。
「伏せろ! 」
「……ッ! 」
咄嗟に声を出した。
駄目だ。
黒菜さんの反応は俺の声より一瞬遅かった、窓の外から迫り来る何かは彼女が防御の体勢を取るのは待ってくれない。
極限状態、スローモーションになる視界。
「ヘドロ……いやいい! 」
切り札を切ろうとして、思いとどまった。
代替案はシンプルに、『頑張る』
「うおおお! 」
死ぬ気で足を動かし、死ぬ気で手を伸ばした。
スローモーションの世界で、一際鈍重に動く我が身に鞭打つ。
轟音、続いて衝撃。
天地がひっくり返るような錯覚に襲われながらも、ギリギリで黒菜さんの服の裾を掴んだ。
床に引きずり倒し、上から覆い被さる。
「つっ! いって……」
背中に鋭い痛みが走った。
熱いような冷たいような感覚が全身を駆け巡り、脂汗が滲み出る。
「銀次様! 背中……が」
自分の背中に触れるとナイフのように鋭い何かが大量に突き刺さっていた。
幸い血はそれ程出ていないがとにかく痛い、衝撃で割れたガラスの破片でも刺さっているんだろう。
黒菜さんに傷は何一つなく、彼女は心配そうに声をかけてくる。
「いやぁ、思ったより派手な登場になってしまいました! 」
上擦った、芝居の様な声。
わざとなのか、やけに癇に障る話し方。
「君達は『加虐』のカレン様の所有する奴隷だね? あ、申し遅れました! 私は
諜報部所属、ムジンと申します」
窓を、壁ごとぶっ壊して部屋に降り立った魔人はムジンと名乗る。
シルエットは人間と変わらないが、肌は絵の具を塗りたくった様に青く、瞳や髪まで青は及んでおり見詰めていると錯覚を起こしそうな程に鮮やかだった。
服装は随分久しぶりに見た気がするスーツ。
全身をカッチリとした印象で固めたビジネスウーマン、しかし鮮やかな体色がちぐはぐだ。
「銀次様、今手当を致しますから……」
「ありが……ててて」
幸い、ガラス片は深く突き刺さってはおらず抜いても出血も少ない。
黒菜さんは自分の服、奴隷お馴染みの真っ白い服の裾を切って止血を行ってくれていた。
献身的な治療を行ってくれる黒菜さんとは対照的に、犯人であるムジンとやらは全く悪びれた様子はない。
「男性の『極上』……君が銀次君だね。そっちの子は……まあいっか」
「なぁ、なんでこんな入り方したんだ? カレ……うちのご主人様が黙ってないと思うんだが」
「ご安心を! カレン様は私の上司に逆らえませんので」
そう言うつもりじゃなかったんだが。
いつの間にか主人を競うマウントバトルになっていた。
カレンは、ムジンの上司より立場が低いらしい……本当かどうか怪しいもんだが。
「本当ですとも! 今頃、カレン様とお話しているでしょうか」
ん?
まあいい……そうなると最初に塔に入ってきていた魔人がこいつの言う上司なんだろう。
それにしても諜報部と来たか。
つい先程、そういった組織の有無を話していただけに身構えてしまう。
十中八九、ムールを殺した件についてだろう。
俺が犯人だと言うのは、目撃者が山ほどいる事から直ぐに分かる事だ。
「へぇ、君があの方を殺したのかい? 」
「……え? 」
愉しそうに鮮やかな顔を歪ませるムジン。
話が噛み合わ無い。
と言うより、勝手に進められている違和感。
俺と同じく、怪訝な顔をしていた黒菜さんがハッとしたように俺を見た。
「銀次様だめ! 」
「そっちの子の方が思考が早いね」
何をしようとしてるのか知らないが。
魔人であるなら、罪を由来とする力を使うなら、俺は天敵又は特効薬となる。
触れさせすれば、俺は魔人を無効化出来るし、殺すことすら出来るのだから。
「ほう! じゃあ遊んでる訳にも行かないね! 」
今まで余裕綽々、どこか遊んでいるような印象だったムジンの表情が引き締まった。
「え? 」
瞬く間に距離を詰めたムジンが俺の胸倉を掴みあげた。
魔人らしい、見た目からは想像もつかない怪力で足が床から離れる。
「ふうん、服の上からでも何とかなるんだ」
視界の端で黒菜さんが部屋から出ていくのが見えた。
「あっ、まあいっか! さて銀次君」
尋問をしよう、とムジンが顔を近付ける。
鮮やかな真っ青に隠れて、瞳の色はとても澄んでいた。
体色とは違い、落ち着いた透明感のあるグレーの瞳孔が俺を写す。
「改めて名乗ろう。私はムジン、罪の名は『疑心』」
「……ぐ」
苦しくなるような、力は殆ど加えられていないにも関わらず、見詰められるだけで圧迫感から呼吸が上手くいかない。
まるで、自分の全てを見透かされているような居心地の悪さ。
「さっきの子に比べて察しの悪い君に教えてあげると……私は他人の思考を読む事が出来る」
ようやく、黒菜さんに比べて随分と遅く事の重大さに気が付いた俺は何とか抜け出そうとムジンの手の中で藻掻いた。
当然無駄だ、人間如きの身体能力で魔人から逃げられるはずがない。
「態々、自分の能力を明かす理由はね、おっと暴れないで、こうすれば大抵は知られたくない事を考えてしまうのさ、人間ってやつはさ」
さて、とムジンは続ける。
全てを見通すような澄んだ目は、もう恐ろしい巨大な空洞にしか見えなくなっていた。
「君の全てを見せてごらん」
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