第13話 二人の奴隷
無敵の魔人。
魔人四天王が一角、『傲慢』のムールの死から数日……
俺は、ひたすら無為な日々を過ごしていた。
起きたら飯を食って、暫く考え事をしたり色々な事を思い出して、寝る。
本当にそれだけの、意味のない日々。
時折カレンが遠巻きに様子を見に来て、俺と目が合うとサッと消えてしまう。
そんな時は決まって、部屋に戻るとプレゼントであったりお菓子であったりが置かれていた。
「……機嫌でも取ってるつもりなのか」
以前は酒、本、宝石なんかを用意されていた時もあった。
今日は日本で売られていたお菓子が置かれていた、俺が日本人であると思い出して用意したんだろう。
安直さに腹が立ったが、好きな菓子だったので包装を開けていると。
「ねぇ、ギンジ」
「……なんだよ」
いつの間にか部屋に入っていたカレンが、顔を半分出してこちらを伺っていた。
カレンの声を聞くのは久しぶりだ。
紅い瞳が様子を伺う。
「マリアがね、良いもの拾ってきたの。ムールの屋敷にね、あったらしくて……」
「……はぁ、そうなのか」
俺はどうやら、魔人を殺せるらしい。
それが発覚した途端、カレンのこの媚びようだ。
力関係が変わった訳でもないのに、俺にはカレン特製の魔人もどきも入れていると言うのに。
彼女の本質は臆病で卑屈な性格なのかもしれない。
「所有者が決まっていない状態だったから、とりあえず私名義で引き取っておいたの。調べたら、ムールがギンジに贈る為に用意していた物らしくて」
所有者だ引き取るだと、なんだか大仰な物だ。
高価な物なんだろうか。
何より、ムールからの贈り物というのが気になると。
「だから何だよ、何か知らないけどくれるのか」
「そ、そう! あなたに渡そうと思って……」
久しぶりの会話を途中で切り上げて、カレンは何処かに走っていった。
別に何でも良い、貰えるものは貰っておこう。
今の俺は、何というか自暴自棄な思考に陥っていた。
ともかく、衝撃的な事が続いて、難しい事を考えたくない。
少しでも思考を深くすると、あの黄金の瞳がチラつく。
「……クソ。開かねえ」
お菓子の包装はいつまで経っても開かなかった。
利き腕の握力が殆ど無くなったせいだ。
肉を雑に切り裂いて、骨を大量に持っていかれた右腕はもう使えない。
左腕だけで何とかお菓子をこじ開けた頃、カレンが騒がしく戻ってくる。
「ギンジ! 持ってきたわよ! 好きに使って良いけど、何に使ったかはちゃんと教えるのよ」
「え? ああ、ありが……」
せっかく開けたお菓子が、全部床にばら撒かれてしまった。
信じられない光景に、上手く言葉が見つからない。
え、とか、あ、とか口をパクパクさせていたらカレンはさっさと部屋から出て行こうとする。
「じゃあ私は行くから。何かあったら教えなさいよ」
「お、おいちょっと待……」
バタン、と扉が閉められて。
部屋には俺と、彼女らだけが残された。
そう彼女ら……
女性が二人。
一人は日本人、歳は俺と同じか少し下。
もう一人は外国人で、多分俺より幾らか上の歳かもしれない。
2人ともかなり美人だった。
テレビの中でしか見た事のないような美貌の持ち主が二人。
「ちょっと待てよ」
頭が痛んだ。
こめかみを抑えて、現実を受け止めようと努力する。
視線をやると、日本人の方がいきなりその場に跪いた。
「初めまして銀次様、私は黒菜と申します。貴方様に仕えることが出来……」
「あ!こ、こんにちは、私の名前はエマです。貴方に会えてとても嬉しいです」
つらつらと聞いてもいない忠誠を誓う言葉だとかを並べ始める。
慌てて、もう一人も拙い日本語で真似をしはじめた。
「ちょっと待てって! 」
黒菜さんとやらは、俺の大声に動じる事なく顔を上げてニコニコと笑っている。
エマさんは黒菜さんに比べるとまだ状況に適応出来ておらず、震えて俯いてしまった。
「……あいつ……お菓子の延長線じゃねえんだぞ」
カレンは、俺の機嫌を取る為に人間を二人プレゼントしやがった。
何に使っても言ってたけど、本当に人間を人間扱いしていない………
違うか。
あいつら、魔人にとっては人間扱いがこれなんだった。
最近忘れそうになってたが、俺もこの人達も、人間はみんな魔人の奴隷、資源や食糧でしかない。
「……えーと」
俺が思考を巡らせている間、黒菜とエマはじっと俺の顔色を伺っていた。
「藤見銀次です。初めまして……」
「雨宮黒菜と申します。カレン様に買い取られる以前は食用奴隷でありましたが、現在は労働奴隷として働かせて頂いています。精一杯お世話させて頂きますので、よろしくお願いします」
「私の名前はエマ・ワードです」
改めて深々と頭を下げる二人に、もう何もかも投げ出して寝たくなってくる。
「あの、俺は……世話とかいらないんで」
今すぐカレンを追いかけて、文句の一つでも言ってやらなきゃ気が済まない。
「……お待ちください! 」
部屋から出ようとした瞬間、黒菜さんがいきなり俺の足にしがみついてきた。
「えっ! ちょ」
潤んだ瞳で、震える声で。
訴えかけるように黒菜さんが話し始める。
「お願いします……どうか私達を捨てないで下さい……私もエマも、身体が弱く元は食用奴隷でした。ギンジ様に捨てられれば、私達は魔人に喰われてしまいます」
どうか、捨てないで。
そんな言葉に心を揺さぶられる。
俺だって食用奴隷、『極上』だ。
今でこそこんな、比較的マシな生活が出来ているが元はカレンに嬲られて食い殺される運命だった。
そんな俺と、彼女らが重なる。
「……そんな事言われたって」
俺が言い終わるより早く、食い気味に黒菜が言葉を続けた。
「あの魔人の言う通りに、お世話をさせてください! 私達を助けると思って……どうか」
大きな瞳から涙が零れ落ちた。
美人の涙はズルい。
恐る恐る黒菜さんの肩に手を置いて、引き剥がす。
「分かったから、泣き止んでくださいよ……」
奴隷になった俺が、まさか奴隷を与えられる事になるなんて。
これからこの2人と、どう接していけばいいのだろう。
別に女性と無縁の生活をしていたって訳じゃ無いが、それでもこれだけの美人だと……
「……もしかして、テレビとか出てましたか? 」
黒菜さん。
艶やかな長くて黒い髪、冷ややかな印象を与えつつも愛嬌のある切れ長い目。
頭の中に、もう最後に観たのは随分前のニュース番組が思い起こされる。
「私が、と言うよりは父が……父は政治家でしたので、その繋がりで何度か私も取材を受けた事があります」
「……あ、ああ! そうか、そういえば」
政界のドン、だなんて厳つい渾名で呼ばれる超大物政治家雨宮の一人娘。
政治に興味は無くても知っている人は日本にもそこそこ存在していた気がする。
何度かインタビューに答えただけなのに、その美貌で少し世間を賑わせた……
「そんな大物の娘さんまで奴隷の身分か。実はちょっと希望があったりしたんだけど……やっぱり日本は滅んだんだな」
実は日本はまだ存続していて、魔人への反抗の機会を窺っていると。
根拠の無い、奴隷の間の噂話に少しだけ希望を抱いていたが…….現状はこんなもんか。
「いいえ」
ため息をつきそうになった所に、凛とした声が響く。
雨宮黒菜が俺の目をじっと見据えて、さっきまでの大人しげな印象とは真逆の強い意志の言葉で続けた。
「日本列島は魔人の拠点で覆われ、日本国民はその殆どが魔人によって殺されるか奴隷となりました。国としての体裁は全く保てていないでしょう」
「しかし、必ず日本を再興させます。必ず、何としてでも。絶対に、絶対に」
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