第11話 謙虚

「……こんな物だろう」


部屋を幾つか潰し、繋げて出来た新たなスペースを見て満足気に頷く。


人間という生き物は脆弱で、ギンジもその例に漏れず肉体は傷つき易い。

その為にも、彼の為に用意する部屋に不安全が存在してはいけないとリフォームには特に気を使った。


我の持つ『傲慢』の権能をフルに使い、彼を手に入れた後に住んでもらう部屋を作る。


家具などの運び入れは配下に任せて、次のタスクをこなすべく別室に向かった。


足早に向かったのは奴隷保管室。


予め選出しておいた数人の女奴隷を並べ立たせ、最終選考を開始した。


「さて。出身、長所等を……」


「お願いします家に返して! 私が何をしたっていうんですか! 」


「……」


奴隷の1人が事もあろうに我の発言を遮って言葉を発した。

何かを必死に捲し立てているが、ヒステリックで気に触る。


なにより。

ギンジは冷静で思慮深く、彼の相手となる奴隷にも同程度の知性は必須であろう。


「これはいらない」


手を振り、五月蝿い奴隷の頭部を潰す。


「次だ、お前」


細かく震え、石像のような顔色になっていた奴隷を指差す。


「……あ、アメリカの」


ム、と我は眉をひそめる。

確かギンジはニホンという場所の人間だ。


よく観察すると、瞳や髪の色がギンジとはまるで違う。

個体差と思っていたが種族差であったか、髪は金色で目は青い。


「待て、お前はギンジと言葉が通じない」


「わ、私は他の国の言葉も幾つか話せます! 」


アメリカとかいう場所から産まれた女は、大仰な仕草で祈るように我に懇願をしたきた。


「ニホンという場所の言葉は喋れるか? 」


「しゃべ、れます! 」


人間は不便だ。

言葉の種類が幾つもあって、同じ言葉でないと意思の疎通が出来ない。


魔人のように話せれば良いのに。


その為に態々、少数民族であるギンジと同郷の者を探さねばならない。

まあ言葉が通じるなら何でもいい。


「よし次」


胸を撫で下ろした奴隷から目を離して、次の奴隷に同じ質問を投げる。


「日本人です。特技は料理、掃除……」


次はギンジと同じ瞳と髪の色の女。

同じ言葉も話せるようだし、次々に挙げられる特技はどれも有用だった。


「お前は冷静で良く口が回る」


「ありがとうございます。必ず魔人の方々のお役に立ってみせますので、どうか私をお選びください」


「ほう」


偶にいるのだ、こういう奴隷が。


自らの置かれた状況を理解し、上手く立ち回る為に身を切り売り出来る頭の良い奴隷が。


「よし、次」


次の奴隷は震えて、我と目も合わせようとしない。

我が話しかけると、勢い良く平伏してか細い声を上げた。


「おぉ? 」


「私には夫が、います。労働奴隷の首輪を嵌められている男性です、どうか彼を助けてください、お願いします……」


「なんだ。既に相手がいるのか」


「はい! お願いしますどうか! 」


きっと今まで夫が心配で心配で堪らなかったのだろう。

可哀想に。


「それの事は忘れよ。お前には別の、ギンジという男をだな」


信じられない、という顔で嫌々と言い続ける。

終いには足に縋り付いて来た物だから、蹴り潰して溜息をついた。


「病気も怪我もない女はそう数がいないと言うのに、こんなにも選考がうまく行かないとは……待て、もう居ないのか? 」


部屋を見渡すと、金髪と黒髪が1人ずつ。

他は死んでしまった。


「2人か、まあ良い。良いのが入り次第、ギンジに回せばいずれ一万人くらいにはなるだろう」


問題はギンジの好みだ。

彼はどのような異性を好むのだろうか、異種族を拒むなら選考は更に長引く事になるが……まあ、彼の我儘になら困らされても構わない。


2人に待機を命じて奴隷待機室から出る。

次はギンジの為の食糧を……


「ムール様」


配下、特に信頼する魔人が顔の無い巨体を窮屈そうに屈めて我に耳打った。


「来客でございます」


「追加の奴隷か? 早いな」


「いえ、奴隷ですが一人でございまして……ギンジと名乗っております」


「なに! 」


咄嗟に日付を確認した。 

ギンジを「加虐」に引き渡してから三日しか経っていない。


未だ魔王への申し通りも行っておらず、ギンジの所有権は未だ我に移っていないはずだが……


我は思考に回す血液が勿体ない、と思ってしまった。


「我自らすぐに向かう! 部屋を最低限の片付けておけ! 」


恭しく了承した配下を置いて、全力で玄関へと駆け出した。


くそ、今ほど我の低い身体能力を恨んだ事はない。

短く、大した速度の出ない足を絡れさせながら必死になって階段を駆け下り、廊下を進む。


「ギンジ! 」


鎮まらず、荒いままの声で何とか彼の名を呼ぶ。

扉を表してから開くと、確かにそこにはギンジが立っていた。


「ギンジ! ギンジ……」


彼は酷い有様だった。

せっかく治した腕にはグルグルと包帯が巻かれて、微かに血が滲み、体積も減っている。


目は暗く沈み、口は何かに耐えるようにときつく結ばれていた。


「ギンジ……『加虐』か? あやつに酷い仕打ちを受けたのか? 我にお前を渡す、腹いせにか? 」


気の毒に思い、差し伸べた手をギンジは硬く握り返した。

そのまま、いつか我にそうした様に抱き締められる。


「随分と憔悴している。無理はするな……何故『加虐』はお主を差し出した? 不当な奴隷の譲渡は認められない……ギンジ? 」


「ムール……」


見上げるとギンジと目が合った。

暫く碌に寝ても、食べてもいないのだろう酷い顔色だ。


「ギンジ? 」


彼との接触は既に十数秒。


我を我たらしめる無敵の『傲慢』は溶け消え、彼の強い抱擁に動く事が出来ない。


そんな、所謂弱者となった我を、生涯初の衝撃が襲う。

震えるギンジの手の中で、小さな身体が痛みに跳ねた。


何か、鋭い刃物の様な物が我の背中から腹部を貫いている。

視線を落とすと真っ白い刃が腹から覗いていた。


「なっ……」


言葉が上手く出ない。

代わりに、吐き気と共に大量の血液が我の口から溢れ出た。


衝撃は何度も続く。


内臓を貫き、背骨を砕く猛烈で執拗な打撃。


自らの破壊音と呻き声で気付かなかったが、我の背後では誰かが高笑いをしていた。

下品に笑って、我に対する罵詈雑言を投げ、我を破壊する。


「ぎゃは! ぎゃははは! 苦しめ! 苦しめ『傲慢』!! 私の受けた屈辱や苦痛はこんな物ではないのよ! 」


上機嫌に我を痛ぶるのは、まあ、どうせ『加虐』であろう。


ただ震えて、我を拘束する事に専念しているギンジを見るに事の顛末は容易に想像が出来る。


ギンジの赦す力を用いて、我に報復しようと考えているのだろう。

今の『傲慢』では無い我ならばこの思考が出来るが、普段ならば謀反や復讐などと言った事を予想すら出来なかった。


例え出来たとしても、碌に対策は行えなかっただろう。


『傲慢』だなぁ我は、故にこの有様だ。


涙を流し始めたギンジを慰めてやろうにも、既に身体の感覚は殆ど消え失せた。


果たして今の我は人型を保っているのか、それすら分からない。

度を超えた苦痛は、ふわふわとした浮遊感に変換されて現実味が薄れていく。


「ギンジ……」


せめて、彼が気に病まない様に何か出来ないだろうか。


彼に感謝を伝えなければならない。

愚かにも優しい彼が我の死など下らない物を背負ってしまわないように……


「ギンジ、われは……」


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