第6話 魔界の支配者

横に載るカレンも、運転するマリアも長い道中だと言うのに一言も話さない。


俺の役割とやらを説明して、それっきり2人とも黙り込んでしまった。


マリアは元々喋らないが、カレンが黙りこくるのには違和感がある。

横目に見ると……カレンの手は少し震えていた。

苛立たしげに見えた仕草も、なんだか恐怖を紛らわしているように見える。


これから会う四天王とやらは、あのカレンが怯える程の魔人なのだろうか。


その後会話も何も無い、重苦しい雰囲気が何時間も続き。

眠気が襲い始めてきた頃、前方に建造物が見えたきた。


魔界の暗雲を貫くかのような巨大な漆黒の塔……外見上は、カレンの住む場所と変わらない。

ただ、塔の足元には幾つかの黒い建造物が並び、町のようになっていた。


「あれが……」


「ええ。四天王、ムールの居城とその町

よ」


塔が近付くとマリアは車の速度を落として、町の中に入り込む。


町……と呼ばれていたが、近くで見るととてもそうは思えない。

真っ黒な積み木を町並を再現して配置したかのようだ。


道路も存在するが、建物と全く同じ漆黒の建材で出来ている為に違和感が強い。


「……ここって魔人が住んでるんですか? 」


「当然でしょ、町なんだから。ええと……ここにはムール直属の魔人が住んでるから……20人くらいかしらね」


魔人が20、奴隷も含めると……どのくらいの数になるか分からないが、少なくとも日本の感覚では町という規模には及ばない。


魔界の人口は、俺が思っていたよりずっと少ないみたいだ。


小さな町の中心部。

巨大な塔の根元にマリアは車を停める。


「……ギンジ、とりあえず私の指示があるまで余計な事はしちゃダメよ」


「え? お、おう」


あれ、そう言えばいつからカレンは俺の名前を呼ぶようになったんだっけ。


「……うお! 」


考えながら車の窓から塔を見上げていると、大きな影が立ち塞がった。


「四天王ムールの側近よ、黙って私に着いて来なさい」


のっぺらぼう。


高級カジノのガードマンが如く、バッチリとスーツでキメたのっぺらぼうだ。


身長3mは軽くある巨体で、摘むようにして車の扉を開けてくれる。


カレンは毅然と、レッドカーペットを歩くスターの様に華やかに車を降りる。

俺も慌てて車を降りて、それに続いた。


のっぺらぼうがカレンに対して恭しくお辞儀をする。


「ようこそ、いらっしゃいました。『加虐』のカレンさま」


人間で言うなら口に相当する部分がモゴモゴと動き、舌っ足らずな低い声が漏れる。


俺が横を通り過ぎる時に、お辞儀の体勢のままジロリと睨まれた気がした。

目もないのに、視線があった気がして逸らしてしまう。


「ギンジ、何してるの」


カレンが塔の壁に触れる。

ツルツルとした、磨き抜かれたように光沢のある塔の壁が音もなく割れ、移動し、出入口を形成した。


相変わらず、何度観ても騙し絵を見ているような変な感覚だ。


中は、カレンの塔と同じく比較的普通の内装をしていた。

ただ、カレンの薄暗い内装とは違い全体的に豪華というか……金色や宝石等が何でもない壁に多く使われていて目が痛い。


「相変わらず趣味の悪い城ね」


「あー、良かった。俺もそう思ってた」


贅の限りを尽くしたと言わばかりの廊下を抜けると、開けた空間に出る。


十数の魔人と、彼らに連れられた奴隷。

幾つもの視線が俺とカレンに向けられた。


俺はその圧力に負けて足を止めてしまったが、カレンはそれらを一身に受けても堂々と進み続ける。


「ムールへの貢物は順番があるの、私は最後の方だから暫くは大人しくしておきなさい」


やはり魔人ってのは色々な姿で面白い。

基本は人型だが、手足が妙に長かったり獣のようであったり……ホールにギリギリ収まっているような巨体も存在している。


「ああああ!! 」


「な、なんだ!? 」


暇だったから魔人を観察していると、中心部分から悲鳴が聞こえてきた。

目を向けると、大量の血飛沫が舞っている。


「相変わらず派手ね。ギンジ、行くわよ」


「ま、待ってくださいよ! 」


冗談じゃない!

あんな、あからさまにヤバい場所に行けって言うのか。

あの出血量、人一人死んでいてもおかしくない……


カレンは俺を無視して、魔人達を掻き分けていく。

取り残されるのはもっと困る、慌てて着いて行った。


「……あ」


やっぱり、予想通りだ。

人が死んでいる。


手足が滅茶苦茶に砕けた外国人が、微動だにせずに血溜まりの中倒れ伏していた。

首には赤い首輪……食用だ。


それよりも、この人は何処かで見た事がある。

……そうだ、テレビで見た事がある。

ボクシングの……なんだっけ、何階級も制覇した最強のチャンピオン。


格闘技業界に詳しくない俺でも知っている、世界的に有名で、強さってのを体現したかのようなチャンピオンだ。


それが、こんな……


「つまらぬ」


幼いような、枯れたような。

2つの相反する物を重ねたような女の声が響いた。


「人の世界の、格闘技の王と聞いたが……人の域は出ないな」


俺の前を歩いていたカレンがビクリ、と震えて立ち止まる。


そのまま、跪く。

あのカレンが。


「……次は誰だ、最後か……最後は、そうか。お前だったな、『加虐』」


闇がいた。


過度に煌びやかな室内にあって、一際目立つ黒い存在。

真っ黒な影をくり抜いたような人型、頭部には黄金の瞳が輝いている。


比喩では無い、本当の漆黒が人の形をして立っていた。


「『加虐』お前の貢物はなんだ? 」


聞きようによっては幼く可憐、また聞きようによっては枯れて老練。


「ご、『極上』をお持ちいたしました」


魔人達がざわめく。


闇、ムールも黄金の瞳を少し細めた。


「我は強い人間しか食わぬ。知っておろう」


「それは、是非試してください」


ほう、とムールが感嘆の息を吐き、俺に歩み寄ってきた。


「我はムール。罪の名は『傲慢』」


「俺は……藤見、銀次です」


背は低い。

俺の胸くらいの身長、見上げる瞳は興味深そうに爛々と輝いている。


シルエットだけは人間の少女だ。

だが……黄金の瞳は、まともに視線を合わせられない強い圧力を伴っていた。


今すぐに逃げ出したい。

この小さな女の子に頭を垂れて、許しを請いたい、といった恐怖が溢れてくる。


何故だろう。

根拠の無い、根源的な恐怖があの瞳からは伝わってくる


「さて、お前はどんな風に戦うのだろう。膂力に優れている風には見えん、技術に優れた戦士か? 見せてくれ」


ムールは無造作に手を伸ばしてきた。

吸い込まれそうな漆黒は、しっかりとした掌であり5本の指も存在している。


「ギンジ……やるのよ」


「え、あ……」


彼女の掌は、俺のもう目の前まで迫っている。

えっと、確か触れたら良いんだよな。


それだけで、良いんだよな。

戦えなんて言われても無理だぞ俺には。


包帯の巻かれた右手を差し出す。

迫り来る漆黒に掌を重ね合わせた。


「む? 良いのか? 」


「ギンジ! 」


ムールの指が進み続ける。

俺の掌なんて存在しないかの様に。


「……は? 」


そう、進み続ける。

意外にも柔らかな彼女の指は、俺の掌を貫き、俺の眼前まで迫った。


血が溢れる。

痛みが遅れて襲いかかってきた。


「な、なんで」


「我は『傲慢』、何者も我の歩みを止める事は許さない。鋼鉄であろうと、お前のその肉体であろうと……我の指1本止めることは許さない」


カレンの様に怪力で押し通されたのでは無い、ムールはなんの力も腕には加えていない。


俺の掌は、指の動きを止める事は許されず、彼女の指の形そのままに破壊されたのだ。


まるで魔法、特殊能力、悪魔の力。

魔人……


あっと小さく声が漏れる。

無理だ、と心の中に恐怖と絶望が広がった。


カレンの持つ怪力とは、能力の段階が違う。


ムールは誰にも止めらない。

なんて『傲慢』なんだろう。


慌てて右手を引き抜く。

折角誰かに巻いてもらった包帯が赤く染まり、台無しだ。


「……なんだ? 技術でどうこうする戦士でもないのか? 」


ムールの瞳が不満そうに細められる。

駄目だ、カレンはこの怪物にどうやって勝とうって考えたんだよ。


「ギンジ! 左手で触れなさい! 直接よ! 」


何言ってる、バカ!

左手まで壊せって言うのか!


「まあ良い、味は良いのだろう」


ムールの手が再び俺に迫ってくる。


彼女は俺が無力だと分かっても、俺を見逃してくれるなんて事は無いみたいだ。


「ギンジ! 」


左手か? 良いんだよやればいいんだろ!


どうせ死ぬ、食われるんだ。

やけくそでやってやる。


「ええい! この……」


唯一無事な左手を、さっきと同じようにムールの掌に重ね合わせた。


「なんだ、懲りずに……ま、た」


「……お? 」


来る衝撃に備え目を瞑るも……


あの物理法則を無視したような破壊は、一向に訪れない。


ムール自身、その状態に驚いている様だった。

大きな丸い黄金の瞳を更に見開き、マジマジと俺の掌を見詰めている。


「……ふーむ? 」


「ええと……」


場を、奇妙な静寂が支配する。


しかしそれを、俺の主たる『加虐』は見逃さなかった。

待っていましたとばかりに、真っ赤な影が飛び込んできた。


『加虐』に歪んだカレンが『傲慢』のムールに襲いかかる。

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