第69話 ドSなメイドさんでゲス


「ゲスぅ……!」

「「ひひん……」」


 ガスと二体の魔獣は、どさりと地面に倒れ伏す。


「つ、強すぎるでゲス……!」


 ガスの宣言通り、一瞬で決着がついてしまった。


「弱すぎる……!」


 僕は思わずそう呟き、立ち尽くす。


 明らかに感じた気配と強さが乖離していた。


「す、すけべなメイドさんには勝てないでゲス……」

「誰がすけべだッ!」


 思わず怒鳴る僕。女装している時点でかなりすけべであるという意見に反論できないのが悔しい。


 ――だが、とにかくこれで脅威は取り除けた。


「それじゃあ、改めて質問に答えてもらおうか。ガス」

「な、何も言うことはないでゲスよ……!」


 僕は無言でガスの腹を蹴り飛ばす。


「うぐぅっ! うぅぅっ……!」

「……十年前にレスター家を襲ったのは貴様らか?」

「れ、レスター? 何でゲスかそれは……?」


 ガスは首を傾げて言った。


「とぼけるな。答えるつもりが無いのなら――」

「ま、待って欲しいでゲス! 本当に知らないんでゲスっ!」

「………………………………」


 その反応からして、どうやら本当に知らないらしい。


 スケアクロウあいつの仲間が全員暗殺に関わっているわけではないようだ。


「なら、どうして僕の――じゃなくて、ヴァレイユ家の三姉妹をつけ狙う? 一体何が目的なんだ? この変態め!」

「あぁ……今のはちょっとイイ感じでゲス……」

「は?」

「もっと……メイドさんに罵ってもらいたいでゲス……!」


 もの欲しそうな顔で僕のことを見てくるガス。


 ――ダークエルフって……変な人しかいないのかな……?


「その軽蔑したまなざしもイイでゲスぅ……もっと、もっとぉ……!」


 どうしよう。まだ魔法も使ってないのに勝手に壊れてる……。


「もっとして欲しかったら……」

「ゲスぅ」

「僕の質問にこたえろッ!」


 僕は、脚に縋り付いてきたガスを振り払う。


「あんっ!」

「……念のため言っておく。僕は男だ。喜んでも無駄だぞ」

「へぇ?!」


 目を大きく見開くガス。どうやら、自分がどれほど愚かだったか理解してくれたらしい。そう思った矢先。


「そ、それはそれで……ありでゲス!」

「無しだッ!」

「いやんっ!」

「変な声を出すなっ!」

「もっとっ!」

「な、何なんだお前は……!」

「ガスでゲスぅ!」


 ――それから、僕がいくら蹴っても脅しても、ガスはただ喜ぶだけだった。


「はぁ、はぁ、はぁ…………」

「……ふぅ。大丈夫でゲスか?」


 誰のせいでこんなに疲れていると思っているのだろうか。


「あの、差し出がましいようでゲスが、できればもっとあっしを虐めて――」

「いい加減答えろ。誰の差し金だ?」

「……………………」

「……話せば気が住むまで蹴ってやる」

「知ってることをすべて話すでゲス」


 もういやだ。


 僕はうんざりしながら、ガスの答えを待った。


「あっしに指示を出している人間……それは……ス……」


 そこまで言いかけて固まるガス。


「ス?」

「――――デルフォス……!」

「え?」


 刹那、僕は背後からとんでもなく禍々しい気配を感じた。


「……見つけたぞ……カス!」


 聞き覚えのある声。


 恐る恐る振り返ると、そこにはデルフォス兄さんが立っていた。


「ななな、なんで生きてるんでゲスか旦那?!」

「なるほど、やはり俺にコボルトをけしかけたのは貴様か」


 額に青筋を立て、白目をむきながら問いかけるデルフォス。


「はっ!」


 ガスは口を滑らせ、慌てふためく。


「そこのメイド。俺はヴァレイユ家の次期当主。デルフォス・ヴァレイユだ。――今から起こることは全て見逃せ。……さもないと、どうなるか分かっているよな? 一族郎党皆殺しだぞ」

「……………………」


 ――今のところ、デルフォスは僕がアニであることに気付いていないみたいだ。


「どうした? 返事をしろ」


 声を出したらまずい。


 僕は、何も言わずに黙ってうなずいた。


「……よろしい。従順で良いメイドだ」


 …………初めてメイド服がちゃんと役に立った気がする。


「あ、あっしは……お馬ちゃん達を人質に取られてるんでゲス! 所詮はただの使い捨ての駒なんでゲスよ! だからあっしに聞いたって、大した情報は得られないでゲスッ!」

「「ヒヒーン!!」」

「やかましい」


 刹那、デルフォスは光魔法を放って魔獣たちを消し炭にした。


「ああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」


 絶叫するガス。


「これで人――馬質うまじちは消えたな」

「よ、よくもお馬ちゃんを……!」

「貴様ならいくらでも召喚できるんだろう? カスが。――とにかく付いてこい。貴様には色々と聞きたいことがある」

「ま、待つでゲス! この屋敷には旦那の――」

「黙れッ!」


 デルフォスは、ガスの首根っこを掴んで窓から逃走する。


「えぇ……?」


 こうして、ガスはデルフォスに連れ去られたのだった。


 それと同時に、屋敷の中から禍々しい気配が綺麗に消え去った。


 ……深追いはしないほうがいいだろう。


 あの、身の毛もよだつような気配……デルフォスは――兄さんは人の道から外れてしまったのだ。


 僕やスケアクロウ達と同じように。

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