第53話 デルフォスの崩壊2

 

 気がつくと、森の泉の近くで倒れていた。


「戻って来たのか……?」


 俺は痛む頭をおさえて立ち上がる。


 夜はすでに明けているようだ。


 一体、どれくらいの間眠っていたのだろうか。


「……とにかく、俺がいないとあいつらが心配する。早く屋敷に――」


 そこまで言いかけて、俺はようやくはっきりと思い出した。


 ――今まで見ていたものが全て虚構であったことを。


「嘘……だろ……?」


 つまりこっちの世界に居るのは、無能なゴミと家出したクズだけだ。


 俺は絶望する。


「面倒だ……!」


 時間を巻き戻して、また一からあいつらを教育し直さなくてはいけないのか。


 ……とはいえ、あいつらが反抗してくるようになった原因に関しては、はっきりとしている。


 鞭が多すぎたのだ。


 適度に褒めてやれば、俺に何をされても反抗してくることのない従順な妹達が出来上がる。


 それに、アニも俺が甘やかしすぎず教育してやれば、俺にとって利用価値がある立派な弟になり、神から魔法を授かれないというような醜態を晒すことも無くなるだろう。


「…………出てこい、スール」


 そして、そう言いながら指を鳴らした。


「………………………………」


 しかし返事はない。


「…………ふざけるな。出て来い。俺は失敗したんだ。早くいつもみたいに時間を巻き戻せ」


 俺はスールに呼びかけるが、反応が返ってくることはなかった。


「どういうつもりだ……?」


 まさか、こんなふざけた状況のまま時間を進める気か? あいつは一体何を考えている?


(やり直せるわけないだろう? これが現実なんだからさ)


 その時、俺は先ほどのスールの言葉を思い出した。


「まさか……やり直せないのか……?」


 俺はその場で膝をつく。こんな何もかも失敗している世界が現実だと……?


(まあ要するに、全部キミが悪いってこと。今キミがこんな目に遭ってるのも、みんなから見放されてしまったのも、全て自分で招いた結果なんだよ)


「ふ、ふざけるな! 俺は上手くやって見せただろ! 出て来いスール! 今すぐに時間を巻き戻せ! 早くしろッ!」


 俺は叫んだ。こっちの世界の妹どもは、教育に失敗したクズばかりだ。


『私達は大好きなおにーさまに会い行くので家出します。お世話になったあなたとお別れするのがとても寂しくて、涙が止まりません。嘘です。さようなら。二度と私の前に姿を見せないで。消えなさい』


 などとほざく、怠け者で性格が捻じ曲がっているソフィア。


『もう家に帰るつもりはありません。お兄ちゃんを見つけて幸せに暮らします。ついでにいうと、あんたのことはとっても大嫌いです。別にお兄ちゃんだとも思ってません。この手紙もエリーの提案で仕方なく書いてます。本当に嫌いです。勘違いしないでよね』


 雑魚の分際でよく吠える、恥知らずなメイベル。


『お別れする前に手紙くらいは書いておこうって言ったのはあたしだけど、とくに言いたいこととかは思いつかなかったです。お別れするのが寂しいとかも、ぜんぜん思ってないので書けませんでした。ごめんなさい。あと、それと、えっと、どちらかといえば嫌いです。本当にごめんね。一人になってもお元気でいてください』


 馬鹿で幼稚なうえに感謝の言葉すらまともに書けない、恩知らずなエリー。


「揃いも揃って……ふざけるなよ……ッ!」


 俺はポケットに入っていたクズどもからの手紙を取り出し、破いて泉へ捨てる。


(おにーさまのために……頑張った……!)

(あ、ずるい! わたしのこともなでなさいよお兄ちゃん!)

(おにーちゃん大好きっ!)


 あの従順な妹達の姿は、全てまやかしだった。


 この世界に、俺のことを好きすぎる可愛い妹達はいない。


 ――どこにも存在していないのだ。


「あ……ぁ……?」


 俺の目から、一滴の水の粒が落ちた。


「泣いているのか……? この俺が……?」


 それからすぐ、涙が溢れて止まらなくなる。


「クソッ! ふざけるなッ! 畜生……! 畜生オオオオオオオオッ!」

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