第52話 デルフォスの崩壊1


 俺の名前はデルフォス。ヴァレイユ家の長男だ。


 光属性の魔法を操ることのできる天才魔術師である俺は、弟や妹達から尊敬され、愛されている。


 おまけに、スールと契約した俺には時間を巻き戻す特殊な力がある。どんな失敗をしようとやり直すことが出来るのだ。


 こんなに完璧で素晴らしい兄を持てた妹達は、この上なく幸せ者だと思う。


 *


「起きなさい、お兄ちゃん! 朝よ!」


 やかましい声が聞こえてきて目を覚ますと、そこにはメイベルが居た。


「今日はお前が起こしに来たのか」

「……ええ、そうよ。あの……だから……」


 メイベルは物欲しそうな顔でこちらを見てくる。


「そうだな、ご褒美をやろう」


 俺はそう言って、メイベルの頭を撫でた。


 これが、こいつらにとってのご褒美なのである。


「ふふふっ」


 一瞬だけ嬉しそうに顔を綻ばせた後、いつものしかめっ面に戻るメイベル。


「あ、ありがと」


 きっと俺のことが好きなのだろう。


 だが、妹に恋愛感情を向けられるとは困ったものだ。俺にそんな趣味はない。


 ハグくらいならしてやっても良いがな。


「下がっていいぞ。メイベル」

「うん。お洗濯した服はここに置いておくわね!」


 メイベルは俺の服を用意した後、部屋の外へ出ていった。


 すると、入れ違いでアニが部屋の中へ入って来る。


「呼ぶ前から来るとは、殊勝な心がけだな」


 俺はそう言った後、アニの頭を撫でてやった。


「えへへ……ありがとう兄さん」

「お前が女だったら、嫁に貰ってやってもいいくらいだ!」

「ぼ、僕たち兄弟なんだよっ?!」


 顔を赤くするアニ。


「冗談だ」

「そ、そうだよね……」


 こいつはからかうと良い反応をする。きっと俺のことが好きなのだろう。可愛いやつだ。


 しかし、弟にまで恋愛感情を向けられるとは困ったものだ。俺にそんな趣味はない。


 添い寝くらいならさせてやっても良いがな。


「それじゃあ、いつも通りやってくれ」

「う、うん……!」


 それから俺はアニに靴を磨かせ、服の着替えを手伝わせて、身支度を整えた後食堂へ向かう。


 料理を作って待っていたのは、ソフィアとエリーだ。


「今日の朝ごはんはぜんぶおにーちゃんの好きなものだよ!」

「私……おにーさまの為に頑張った……!」


 目を輝かせながら俺にそう告げる二人。


 こいつらもご褒美を欲しがっているのだ。


「美味しそうだ。二人とも腕を上げたな!」


 俺は両手で二人の頭をくしゃくしゃに撫でてやる。


「えへへ……!」

「おにーさまぁ……!」


 顔を赤らめ、幸せそうな目で俺のことを見つめる二人。


 まったく、こいつらまで俺の事が好きなのか。


 何度も言うが、俺に妹や弟と愛し合うような趣味はない。


 頬にキスくらいならさせてやっても良いがな。


 本当に困った奴らだ。


 俺は深くため息をつく。


「「「「おにーちゃんだいすきっ!」」」」


 気がつくと、俺は妹達に四方から抱きつかれていた。アニやメイベルまで食堂に着いてきていたらしい。


「おいおい、アニ、メイベル、ソフィア、エリー。それじゃあ動けないだろう?」


 俺は皆を引きはがした。すると、アニが顔を上げて俺の方を見てくる。


 そしてにっこりと笑った後、こう言うのだった。


「いい加減にしろよッ!」

「は…………?」

「ドンッ引きだよッ! 人間の醜い欲望を見るのは好きだけどさッ! こんなもん見せられるとは思わないじゃん!」

「ど、どうしたんだアニ……?」

「うるさい! もうちょっと泳がせるつもりだったけど、流石にこれ以上は私の精神が耐えられないねッ! そろそろ現実を見せてあげるよ!」

「貴様……スールか」

「そう!」


 俺は思わず後ずさる。こいつが現れると、大抵ろくな事が起こらない。


「……だいっきらい」


 すると、俺の後ろに居たメイベルが呟いた。


「だ、誰に向かって言ってるんだ……?」

「あんたに決まってんでしょ。あんたなんかお兄ちゃんでも何でもないんだから」


 メイベルはゴミを見るような目つきで俺のことを見てくる。


「嘘をつくな……!」

「……はぁ。ほんと、いつになったら死んでくれるの?」

「や、やめろ…………!」


 俺は頭を掻きむしった。


 一体どうなっている? こいつが俺に対してこんなことを言うはずがない。


「…………気持ち悪いわ……視界に入らないで……」


 すると今度は、ソフィアが俺のことを睨みながら言った。


「……今すぐ消えて。……それ以上近寄らないで」

「…………っ!」


 ――そうか、なるほどな。


 これがこいつらの本性だったわけだ。


 よく考えてみれば、ソフィアとメイベルは教育を怠るとすぐ俺に反抗的てくるクズだからな。


 だが……


「……エリー……お前は違うだろ……?」


 俺は、残ったエリーの方へ近づいていく。こいつだけはいつでも従順だったはずだ。


「い、いや……! 来ないで……!」


 しかし、エリーはまでもが俺を拒絶する。その代わりに、恐怖に怯えた目を向けてきた。


「い、いやだ……おにーちゃん……助けてっ!」

「おいおい、お兄ちゃんは俺だろ?」

「違う……あなたなんかじゃない……!」

「……貴様もそうか。このクズがッ!」

「いやああああああああああっ!」


 俺が怒鳴りつけると、エリーは頭を抱えて座り込む。


 近づこうとしたら、メイベルとソフィアが俺の前に立ち塞がった。


 二人は何も言わずに、怒りと憎悪に満ち溢れた目で俺のことを睨んで来る。


 ――油断したな。どうやら、どこかで生意気な妹達の教育に失敗してしまったらしい。


 またやり直して、こいつらを教育し直すとするか。


 俺はパチンと指を鳴らした。


 これがやり直しの合図だ。そう決められている。


「……………………」


 だが、いつまで経っても時間が巻き戻ることはない。


 疑問に思った俺は、スールの方を見た。


「やり直せるわけないだろう? これが現実なんだからさ」

「は?」


 その瞬間、世界が音を立てて崩壊し始める。

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