第4話 お兄ちゃんサプライズ大作戦1
「ふんふーん♪ ふんふふんふふーん♪ どの服を着ようかしら~♪」
ヴァレイユ家の長女、メイベルは今日という日を心待ちにしていた。
何故なら今日はお兄ちゃんであるアニの誕生日だからだ。
既に他の妹たち――ソフィアやエリーとパーティについての話し合いは済ませている。
後は夕方までに皆で準備を済ませ、お兄ちゃんを部屋まで呼びに行くだけだ。
どうせお兄ちゃんは自分の誕生日のことなんて忘れてるだろうから、驚く顔が見ものである。
可愛い妹たちに祝われて、大号泣すること間違いなしだ。
「ふふふ、ふふふふふっ!」
メイベルは一人で勝手に妄想してほくそ笑んむ。
二つに結んだ赤い髪が、愉しげに揺れていた。
――その時、コンコンと部屋の扉がノックされる。
メイベルは慌ててファッションショーをやめ、散らかしていた服をクローゼットに押し込む。
「こほん……入って良いわよ」
そして、澄ました声で扉に向かってそう言った。
するとゆっくりと扉が開き、部屋の中にソフィアとエリーが入って来る。
眠たげな目で自分の髪をいじっている銀髪の少女のがソフィア、上目遣いで申し訳なさそうにメイベルのことを見ている金髪の少女がエリーだ。
「まったく、二人とも遅いわね。もうすぐお昼になっちゃうじゃない!」
二人のことを一瞥した後、メイベルは呆れた様子で言った。
「え、えへへ、寝坊しちゃったー! ごめん……!」
舌を出し、おどけた様子で謝るエリー。
「まったく、ごめんじゃないわよ! お兄ちゃんのことどうでもいいと思ってるわけ?」
「そんなことないもん!! おにーちゃんに渡す手紙を書いてたら、寝るのが遅くなっちゃったの!!!」
エリーはそう言って頰を膨らませる。
「…………まあ、いいわ。あんたが寝坊するのは珍しいし、許してあげる」
「ひぇぇ……今日はメイベルが優しいよぉ……!」
「――だけどソフィア、あんたはダメよ。あれほど言ったのに寝坊したわね!」
そう言って、メイベルは腕を組みながらソフィアの方を見た。
「……違う。今日は寝坊したわけじゃない」
「じゃあ何なのよ!」
「さっきまでおにーさまが書斎で話していたから……気になって盗み聞きしてた」
「パパと?」
「ええ……そう……」
「あんたねぇ…………そういう面白そうなことする時はわたしも呼びなさいよ!」
「メイベルは……騒がしいからダメ……」
「なにそれどういう意味よッ!」
「……おこりんぼ」
「ムキーッ!!!!」
「こわい………………」
エリーを盾にして縮こまるソフィアに、真っ赤な顔で詰め寄るメイベル。
「ま、まあまあ、落ち着こうよメイベル。今日はおにーちゃんの為に三人で力を合わせないとダメでしょ? 時間もないし、ケンカしてる場合じゃないよ!」
「時間がないのはあんたたちのせいでしょ! もうっ!」
「だ、だから怒らないでってばぁー!」
長女のメイベル、次女のソフィア、三女のエリーは同い年だ。
父はグレッグで、母親はそれぞれ別である。
そんな複雑な事情を抱えた、まるで性格の違う三人は、いつも喧嘩ばかりしているのだ。
「ずっと扉に張り付いていたけれど……おにーさまとお父様が何を話してるのかは分からなかった……。少し、心配……」
しかし、「お兄ちゃん」という共通の話題で、どうにか均衡を保っているのである。
「そうね……。まさかパパが心変わりしてお兄ちゃんの誕生日を祝ってる……なんてことないでしょうし」
「おにーちゃん、また怒られちゃったのかなぁ……?」
「――だとしたら、なおさら頑張らないといけないわ! 素敵なパーティにして、お兄ちゃんを慰めてあげましょう!」
「そうだね! よぉし、はりきっていこー!」
「「「おー!」」」
――アニが三人の仲を取り持っていなければ、同じ跡継ぎ候補であり、互いに蹴落とし合う敵同士である彼女たちが、仲良く力を合わせるような奇跡は起こらなかっただろう。
それを理解しているからこそ、彼女たちはアニを慕っているのだ。
*
――それから数時間後。
「……さてと、食堂の飾り付けはこれで完璧ね!」
満足げにそう呟くメイベル。
そこへ、立派なケーキを持ったソフィアと、綺麗に装飾された大きな箱を抱えたエリーがやって来た。
「できたわ……。おにーさまへの想いを詰め込んだ……特性ケーキ…………今日だけで十年分は働いた……」
「あたしの方もできたよ! みんなでおにーちゃんに向けて書いた手紙と、みんなで選んだプレゼントが入った、可愛い飾り付きのハコ!」
「よくやったわ二人とも。……ふふふ、あとはお兄ちゃんを呼びに行くだけよ! さあ、行きましょう!」
そう言って、メイベルは二人を先導する。
「ねえねえ、プレゼントとケーキ、喜んでくれるかな……?」
「当然よエリー。きっと泣いて喜ぶに違いないわ!」
「首を洗って待っていて……おにーさま…………」
――かくして準備を終えた三人は、お兄ちゃんのことを呼びに行くのだった。
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