第24話 これじゃダメだ!

「何してるんですか?」


 森の中。

 俺が落とし穴に格子状に細い枝を渡し、その上に布をかけて落ち葉等でカモフラージュをしていると。


 オネシさんは、その前の木の幹に紐を結んでいた。


 作業しながらオネシさんは


「ん~、ここに落とし穴があるぞという目印と、あと囮」


 囮?


 最初、その意味が俺は分からなかった。




 ノラウシは、洞窟に住み着いているらしい。

 そこに住み着き、近隣の村から家畜を攫って餌食にしてるそうだ。


 人間が攫われるのも時間の問題だと思われる。


 一刻の猶予も無い。早く討伐してくれ。

 それが、依頼元の村からの願いだった。


「あの洞窟ですか」


「そのようだね」


 俺とオネシさん。

 森の木の影から、ふたりで並んで洞窟を見つめる。


 あの洞窟の中に、ノラウシが潜んでる。


 どうやって、誘き出すか……


 そこが考えどころだ。


 どうしましょうか?

 そう言おうとしたとき。


 オネシさんは、すでに行動を開始していた。


 近場の草を引き抜いて、束にしている。


「……それは?」


 俺が訊くと


「……これを火で熱すると、臭い煙が出るんだ。それをあの巣穴の洞窟に放り込む。火のついた松明と一緒に」


 ……おぉ……。


 見てる間に、オネシさんは煙で燻す仕掛けの準備を整えていく。


 俺は、見てるだけだった。




「そーれっと」


 火のついた松明と一緒に、オネシさんはその草の束をノラウシの巣穴に投げ込んだ。

 同時に森の中にバックダッシュをし、今度は弓を番え始める。


 きりりりり……


 俺は弓の腕前は全然なので、ここでも助力は出来ない。


 しばらくすると、ブモオオオ、という吠え声と共に、巣穴から牛の頭と屈強な人間の男の上半身、毛むくじゃらの牛のような下半身を併せ持った化け物が巣穴から飛び出してきた。


 オネシさんはそいつに向けて矢を放つ。

 当たればラッキー、主な目的は「敵の存在をアイツに教える」事。


「逃げるぞ」


 自分で仕掛けた罠には引っ掛からないようにね。


 そう付け加えて、オネシさんは走り出す。


 後ろから猛烈な勢いで、俺たちへの怒りに燃えたノラウシが追ってきていることが気配で伝わってくる。


 俺はオネシさんの注意を頭に置きながら、森の中を力の限り走った。


 しばらく走ると、見えてくる。


 幹に結び付けた紐が。


 あの紐の向こうに落ちている落ち葉の盛り上がり。

 それが落とし穴なんだ!



 俺とオネシさんは、ギリギリでそれを迂回して回り込み。


 オネシさんは地面の紐を引っ掴んで。


 ピン!と張ったんだ。


 ちょうど、足首のあたりに紐が来るように。


 ここで、俺は囮の意味を知ることになる。


 ブモオオオオオ!!


 怒り狂ったノラウシが、すぐに奥から追い縋ってきた。

 足場の悪い、森の中を一直線に。


 現れたノラウシは、素手だった。


 素手だったけど、危険度は高いということは変わらない。

 人間と比較にならないほどの筋力があるからね。


 そんな奴が両手を前に構えて、2本足で走ってくる。


 ノラウシは、紐に気づいたようだった。


 ブモッ!


 そのまま跳躍した。

 紐を飛び越えようとしたんだ。


 そして……


 ズゾゾゾゾゾゾッ!


 そのまま、落とし穴の方にストレートに嵌った。


 ……足を引っかける罠をわざと見せておいて、そっちに意識を集中させる……。

 囮って、こういう意味だったのか……!


 俺は、オネシさんの手腕に絶句した。


 ブモオオオオ!! ブモオオオオオ!!


 穴の底で、ナイフに刺されて、油まみれになったノラウシが怨嗟の吠え声をあげてくる。


 そんな化け物に、オネシさんは冷静に、すでに準備していた火を穴の中に投げ込んで……


 ブギイイイイイイイイ!!?


 吠え声の質が変わった。

 穴の底で火だるまになるノラウシ。


 オネシさんは冷静だった。


 冷静に矢を撃ちこんでいった。穴の底に。


 一切の容赦はしない。

 悲鳴がどんどん小さくなる。


 そして。


「メシア様、薙ぎ払って下さい」


 最後に。

 手のひらを穴の底に向けて。

 オネシさんの魔法『波動の奇跡』を撃ち込んで、オネシさんはノラウシを完全に沈黙させた。

 迸る力の波動を手のひらから撃ち込まれた瞬間、ノラウシの悲鳴が途絶える。


 完全決着。

 ノラウシは立派なローストビーフになった。


 見事だ。

 見事なやり方だ……。




「上手く行って良かったね。キミの魔法のおかげだよ」


 オネシさんは俺に笑い掛けながらそう言ってくれたけど、俺にはその言葉に頷くことに躊躇があった。


 ……俺、全然ダメだ……。


 まず、俺はまともに弓が射れない。

 一応、修行のときに弓は習ったけど……


 大まかに当てるのがやっとで、今回のオネシさんのような使い方は出来るかどうか……


 オネシさんとの仕事から帰って来て。

 ある日の昼。


 俺は冒険者の店の裏手に設置された射撃場で、3重丸が描かれた丸い木の的を相手に弓を引き絞っていた。


 誰か作ったのか知らないが、自主トレーニング用に作成された場所だ。

 そこを、利用させてもらっていた。


 キリリリリ……ヒュン!


 トスッ。


 矢は、木の的の脇の地面に着弾する。

 的の3重丸のだいぶ外側だ。


 駄目だ……下手だ……。


 当たることもあるけど、命中精度があまりにも低い。

 30%あるかないか、そんな感じだ。


 動かない的なんだから、せめて8割は欲しいところ。

 こんな調子では、実戦で披露するなんてとてもとても……


「ウハルさん」


 そんな風に、自分の腕の無さに絶望的な気分を抱いているときだった。


「ユズさん……」


 あのとき以来だ。

 ユズさんが話しかけてきてくれた。




「最近のウハルさん、顔色良くなって来たと思うんですけど、またしかめっ面してますよ?」


 弓の練習をする俺に、ユズさんは明るく話し掛けてくれる。


 俺、この人の告白断ったのに。

 それなのに、変わらず接してくれてる……。


 気持ちは嬉しいけど、気まずい……。


 別に嫌いな人じゃ無いから、邪険にはしないけど、どうしようもなく気まずかった。


 そんな俺の気持ちが伝わっているのかいないのか。


 ユズさん、明るいんだけど。

 なんだか、どこかぎこちなさを感じた。


「弓ですか……」


 俺のやってることを見て、ユズさんはそう言った。


「ちょっと、思うところがあってさ」


 傍目に見ても命中精度が低いことは、当たりそこないの数を見るだけでも分かるだろ。


 少し、恥ずかしかった。


「私には弓の事は分かりませんけど……」


 落ち着いて、当たったときの事を思い返しながらやってみたらどうでしょう?


 こういうのって、同じ動きをしたらほぼ同じ結果になりそうな気がするんですけど違うんでしょうか?


 ユズさんが、一生懸命アドバイスのようなものをしようとしてくれている。

 言わんとしている事は分かるし、一理あるとも思うよ。


「ありがとう」


 一応、礼は言っておいた。




 アドバイスの効果があったのか。

 落ち着いて、思い返しながら弓を射続けていると。


 段々当たるようになってきて、6割くらいをキープできるようになってきた。

 傍で見ていたユズさんは「当たるようになって来たじゃ無いですか! すごいです!」と褒めてくれたけど……。

 それは、嬉しかったけど……。


 これじゃ、足りないんだ。


 弓の腕、このまま頑張れば、動かない的なら8割くらい当てられるようになるかもしれない。

 当初の目標達成だ。


 けれど……


 オネシさんのあの働きぶりに、俺はそれじゃ全然追いついている、報いていると言えない気がする。

 このままじゃ、モブリン3兄弟と逆の立場になってるだけ。


 今度は俺自身が、オネシさんにぶら下がっているだけ……

 そんなことで、アイアさんを超える事なんて出来るのか……?


 とても、そんな事出来ない気がする……そんなオンブダッコ野郎じゃ……


 どうにも、そんな思いが湧いてくる。止められなかった。



 その日の夜、俺の下宿先であるガンダさんの家の一室で横になり休みながら。


 ずっと、やろうかと思って、やっていなかったことを実行に移す事を決意した。


 それは……



 増やそう。

 契約精霊を。


 土の精霊以外の精霊とも契約するんだ!

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