第15話 私のヒーロー

★★★(ウハル)



 もう何杯飲んだか分からない。


 手足の感覚も希薄だ。


「おれぁまだ飲めるぞー」


 目の前のタコ顔のおっさんも、だいぶ酔ってるみたいに見えるけど、まだ倒れないみたいだ。


 俺は多分そろそろ限界に近い気がする。


 するけど。


 絶対に、負けられない。


 気力だけで意識を保っていた。


 そのくらいの怒りだったんだ。


 アルコールの力も跳ね除けるほどの。


「るせぇ! とっとと潰れやがれぇ!」


 俺は叫んで、さらにもう1杯盃を干した。

 飲んだ証に、盃を逆さにして振るってみせる。


 手足の感覚がだいぶ薄い……


 ガチャン!


 おっといけねぇ。

 盃を落としてしまった。


 俺は落とした陶器の盃を拾い、目で確認をした。


 うむ。割れてない。

 まだ大丈夫。


 俺は盃をテーブルに置いた。

 少し、強めに。


 ガン、と。


 頭の片隅で「割れるかも」とは思ったが、衝動的にやってしまう。


 ……後から思うに、このときすでに出来上がり過ぎてたんだろう。


「俺は絶対に許さないからな」


 呂律の怪しい口調で、俺は言う。


「師匠とアイアさんを馬鹿にしやがって、このド三流が!」


「師匠、師匠だと?」


 俺の言葉を、周りの奴らが拾った。


「おう、俺の師匠はガンダ・ムジードさんだよ。ノライヌロードと戦ったのは俺の初陣だったんだ」


「お前、ガンダ・ムジードの弟子だったのか!?」


 酔っ払いの言う事だから、逆に信憑性あると思われたのか。


「勝手にそう思ってるだけじゃね?」


「いや、だったら素面のときに言ってるんじゃねーかな」


「じゃあ、ホントなのか……」


 なんか、それについては疑われなかった。


 だけど。


「こんなのが弟子だなんて、ガンダ・ムジードも大したことねーんだな」


 誰かの言葉。


「なんだと!?」


 さらなる侮辱。

 俺の怒りは燃え上がり、それはそのまま勝負熱へと変換される。


 俺は一度床に落ちた盃を、拭いもせずに突き出した。

 次の勝負だ!


 そのときだった。


「何やってるんですかウハルさん!」


 どっかで聞いたような声が聞こえて来た。




「えっと……誰?」


 顔が良く見えない。


 前髪ぱっつんのロングヘア―。

 日本人形みたいな髪型の女の子。


 声、どっかで聞いたような気がするんだけどなー。


「ユズです! ユズ・ミカンです! 何やってるんですか!?」


 ああ、ユズさん。


 これはシバラク。


「明らかに飲み過ぎですよ! 送ります! 帰りましょう!」


「止めないでくれユズさん。男には戦わないといけないときがあるんだ」


 俺は酔いによる睡魔と戦いながら、そう言った。


 言葉を発しながら、何を言ったのか半分くらい忘れている気がする。


 頭の中に残っているのは、ただ、連中への怒りだけだった。


「おいおいねーちゃん、このガキも言ってる通り、放っておいてやってくれねぇかな?」


「これから良いところなんだ。俺たちのリーダーがこの見掛け倒しのガキを……」


 俺を引っ張って行こうとするユズさんを、周りの連中が制止しようとする。

 そのときだった。


「見掛け倒しって何ですか!」


 大人しそうなユズさんが、一喝したんだ。


 俺も驚いて、酔いが8割くらい醒めた。


 ユズさんのイメージとのギャップなのか


「ウハルさんは勇敢で立派な人です! 勝てないの分かってるのに、私たちを救うためにノライヌロードにたった1人で挑んだんですよ!?」



★★★(ユズ)



 冒険者の店に卸している甘味の配達に、私は訪れた。


 最近の冒険者の店では、女性冒険者向けで酒以外にも甘味を取り扱うところがある。


 冒険者の店への配達は、私は甘味の大店フラワーガーデンやに住み込みで働いているので、その仕事の一環だ。


 ……正直に言うと、ウハルさんに会えるかも、という想いを込めて。


 ウハルさんは冒険者だから、冒険者の店に通っていれば接点を持てるかもしれない。

 そう思ったから、そういう仕事がある、と知った時、率先して「私にやらせてください」とお願いした。


 ウハルさんが居てくれたから、今、私はここにこうして居ることができている。

 感謝。好意。


 それ以外の感情が湧くはずがない。


 ウハルさんは、ただの偵察任務だったのに、私が捕らわれている事を知って、無理に助ける方向に舵を切ってくれた。

 勝算は薄いかもしれない。そう思っていたのにだ。


 ……なんて勇敢で、強い人なんだろう。


 その後も、運悪くノライヌロードに追いつかれてしまったとき。


 勝てないのを分かってるはずなのに、少しでも私たちの生存率を上げるため、一騎打ちを挑んでくれた。


 それがあったから、後からベテラン冒険者の女戦士の人が乱入して来るのが間に合ったんだ。


 ……だから……ウハルさんは私の命の恩人。



 そんなウハルさんが……



 べろべろに酔っていた。

 何か知らないが、品の無い男たちに囲まれて、酒を飲んでる。


 飲んでる酒は、エールみたいな弱い酒じゃない。


 陶器のボトルからトクトクと……


 間違いなく、何かの蒸留酒だ。


 それを一気に呷って盃を逆さに振っていた。


 何も無い、って証明だ。


 で、それを落とした。

 割れはしなかったけど、床に転がる盃。


 ……メチャクチャ酔ってる。


 だって行動が普通じゃ無いもの。

 落とした盃を拾って、そのままテーブルに置いたんだよ?


 普通なら、拭ったり、何かするはずなのに。

 皆が土足で歩いている床に落ちた盃を……。


 このまま放っておくのはマズイ!


 そう思った私は、荷物を置いて思わず駆け寄って言っていた。


「何やってるんですかウハルさん!」


 言った瞬間、ウハルさんは私の事がわからないみたいで。


「えっと……誰?」


 覚えられて無いのかと思ってちょっと悲しくなったけど、これだけ酔ってるんだから認識能力が甘くなってるのかもと思い直し


「ユズです! ユズ・ミカンです! 何やってるんですか!?」


 改めて名乗った。そしたら、思い出したような仕草をしてくれたのでちょっと安心したけど


「明らかに飲み過ぎですよ! 送ります! 帰りましょう!」


 幸い私はウハルさんの下宿している家は知っている。

 女の身だけど、酔い潰れそうな人を案内するくらいはできるはず。


 そう思い、引っ張り出そうとしたら拒否された。


「止めないでくれユズさん。男には戦わないといけないときがあるんだ」


 戦わないといけない事?

 それがこんなくだらない飲み比べなんですか!?


 止めてくださいよ!


 私のそんな想いを邪魔するのは、ウハルさんの抵抗だけでは無かった。


 周りの男たちが


「おいおいねーちゃん、このガキも言ってる通り、放っておいてやってくれねぇかな?」


 そういって、ウハルさんから私を引き剝がそうとする。

 やめて! 何をするの!


 最初は、私にとっては、邪魔する人たち、という印象だけだったけど。


 次の言葉を聞いた瞬間


「これから良いところなんだ。俺たちのリーダーがこの見掛け倒しのガキを……」


 瞬間的に、私に火が付いた、

 思わず一喝していた。


「見掛け倒しって何ですか!」


 許せなかった。


 私のヒーローだったから。

 ウハルさんは。


 だからこそ、こんなところで酔っ払って欲しくなかったのだ。


 私が大声を出すと思っていなかったのか。

 連中は、毒気を抜かれたような顔をしていた。 


「ウハルさんは勇敢で立派な人です! 勝てないの分かってるのに、私たちを救うためにノライヌロードにたった1人で挑んだんですよ!?」


「そ、そうなのか……」


 私の剣幕に、男たちは何も言えないみたいだった。

 ただ「そうなのか」「そうだったのか」と応えるのみ。


 私は続けた。


「ウハルさんがそれでも生きていたのは、ノライヌロードが残虐で、ウハルさんを嬲り殺しにしようとしていたのか、わざと致命傷を与えなかったからです!」


 そんな状況で戦ったウハルさん。

 そんなウハルさんを捕まえて、見掛け倒し!?


 ふざけないで!


「あなたに出来ますか!? 時間稼ぎで勝てない戦いに身を投じることが!? しかも、たまたま助けが間に合ったから助かっただけで、助けのあても無かったんですよ!?」


 絶対に許せなかった。

 だから全部言ってやった。


「……そ、そもそも、勝てない戦いに身を投じる方が馬鹿じゃねえか!? 生き残らないと意味ねえだろ!」


 男のひとりが苦し紛れに、そんな侮辱を重ねて来たから私は


「だったら私は今ここに居ませんね! ウハルさんが無茶苦茶な事をしたのは、私を見捨てることが出来なかったからです!」


 目を逸らさず、ハッキリ言ってやった。


「私にとってウハルさんはヒーローです! あなたたちは、そんな人を寄ってたかって「見掛け倒し」だなんて侮辱したんです!」


 絶対に許せない。


「どれだけ立派な冒険者様なんですか!? あなたたちは!?」


 ……言ってやった。

 すると、言い返してくる男はひとりも居なかった。

 しゅんとしていた。


 終わった、と判断した私は


「……店の御主人、すみませんが上の部屋で一番安い部屋をお借りしたいんですけどおいくらでしょう?」


「簡易寝台の部屋なら、一晩500円だ」


 ちょっと、ウハルさんが辛そうなので。

 私は連れ帰るのを諦めて、この店で一晩だけ部屋を借りることにした。


「……ありがとう」


 私が肩を貸すように手を貸すと、酔いが少し醒めたのか、ウハルさんがそう私に言った。


 そんな。

 当たり前の事をしただけですよ。

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