3章 許してはいけないことがある

第14話 怒りの酒

 俺は先日、冒険者としてこれからは1人でやっていくように言われた。

 師匠から「もう自分の庇護は必要ない」そう言われたんだ。


 不安はあったが、嬉しさもあった。


 前の世界では叶わなかった、大人の世界への入門が許された。

 そんな気がしたから。


 で。


 今俺は、酒を飲んでいる。

 呑み比べだ。


「僕ちゃん、もう仕舞いか?」


 俺の向かいの席に座ってる、蛸みたいな顔をした恰幅のいいおっさん冒険者が、酔眼を向けて俺にそう言う。

 かくいう俺もクラクラだ。


 呑んでるのはテキイラとかいう、蒸留酒。

 砂漠の酒で、甘い汁を出すサボテンの樹液を酒にし、それを蒸留した代物で。


 めっさ、強い。

 香りは甘くて爽やかな感じなのに。


 強さが全く爽やかでない。

 火の酒だ。

 喉が焼ける気がする。


「テキイラは狂王オウンの時代に、ダッキの我儘で滅ぼされた砂漠の民が作ってた酒だ。それをろくに呑めねぇなんて、やっぱお前は僕ちゃんだよ」


「そうだそうだ! コバンザメみたいにベテランの影に隠れやがってさ!」


 ゲラゲラゲラと、下品に笑う奴ら。


 事の発端は、俺がパーティ参加希望を出して誘われ待ちをしていたとき。

 俺はハルバードの扱いに、前の戦いでそれなりに自信をつけたので


『パーティ参加希望です。ハルバードを扱います。前衛やります。ノライヌロードとの交戦経験あります』


 そう書いた紙を、パーティメンバー募集の掲示板に貼ったんだ。


 自分の実績と、やれることはしっかり書かないとな。

 土の精霊魔法の方は書かなかった。そっちは、まだ習熟出来てる自信が無かったから。


 ……そしたら。


「よぉ」


 しばらく水を飲みながら待っていたら、身体に脂肪と筋肉をたっぷりつけたおっさん冒険者に声を掛けられた。

 早速お誘いか!? と思ったら


「僕ちゃん、ノライヌロードとの交戦経験あるんだって?」


 ……僕ちゃん?


 嫌な言い方だな、と俺は思ったけど、言い間違いかもしれないと思ったので、俺は取り合わなかった。

 ひょっとしたら、俺を試しているのかもしれないよな、とも思ったし。


 なので。


「はい。倒すまではいきませんでしたけど」


 なるべく穏やかに、そう返した。


 我ながら素晴らしい自制心だ、と思いながら。


 すると、ゲラゲラ笑われた。


「嘘吐けよ。お前みたいな僕ちゃんがノライヌロードと戦ってタダで済むはずがねえ!!」


「どうせベテランの後ろでガタガタ震えてたのを『交戦経験がある』って言ってるだけだろ!?」


 なっ!


 ふざけるなっ! ちゃんと戦ったぞ!


 反射的に言ってやりたくなったけど、そうすれば、こいつらはますます調子に乗る。


 そう思ったから、黙っていた。


 ……この時点で、俺はこいつらをまともな奴らだとは思わないことにしていた。

 ゴロツキかチンピラ……


 無視だ無視。

 それが一番の最適解……。


 俺はものすごく不愉快だったけど、水を飲んで落ち着こうとした。


 そのとき。


「ダンマリかよ」


「認めたな」


「………」


 ……一瞬。


 アイアさんに聞いてみればいい、って言ったらどうなるかな、と思ったけど。

 俺は自分の事でアイアさんに迷惑を掛けるのは違うと思い、黙っていた。


「なんとか言ったらどうなんだよ。ええ?」


「……なんとか」


 ……つい、やってしまった。

 ベタな、おちょくり。


 すると、相手は激高し


「てめえ舐めてんのか!?」


「ぶちのめしてやる!」


 ギャーギャー騒ぎ始めた。

 そこでだ


「……お前たち、いい加減にしろよ?」


 ここで、店のマスターが割って入って来た。店の仕事をしながら、だけど。

 冒険者同士のいざこざにいちいち首は突っ込まないが、店が壊れるかもしれない事はさすがに見過ごさないって事か。


「……一応言っておくが、そいつがノライヌロードと戦ったのは本当だ。死骸の確認もしたし、証人も居るからな」


「そんな馬鹿な!?」


 マスターの言葉に騒ぐゴロツキ冒険者たち。

 マスターは、調子を変えずに続けた。


「本当だ。赤毛の神官戦士ムジードと一緒に戦ったんだ。……倒したのは女戦鬼アイアらしいが」


 マスターが言ってくれた。

 ホッとした。


 ……これでうっとおしいのがいなくなる。

 そう、思っていたから。


 だけど。


「マスター! 騙されちゃいけませんぜ! こいつがベテランに媚を売って口裏を合わせて貰ったに決まってまさぁ!」


「特にアイアなんざ男に免疫なさそうだし、こいつにコロっと行ったのかもしれませんぜ!」


 チンピラ冒険者どもが、口々にそんな事を言いやがったんだ。



 ……は?


 俺の事は良い。


 俺の事ならいくらでも耐えられる。

 いくらでも罵ればいい。


 ……でも、他人は許せない。


 師匠……アイアさん……!


 大恩ある人と、最愛の人。


 許してしまえば、俺の大切な人たちへの裏切りになる。


 思わず、立ち上がっていた。


「……訂正しろ」


「……あ? なんだ僕ちゃん? 文句があるのか?」


 向こうも喧嘩腰だ。

 一触即発。


 睨み合う。


 マスターが「喧嘩なら外でやれ」「ここでやったら出禁だ」


 グラスを拭きながら言った。

 止めるつもりは無いらしい。


 俺としてはそれでも良かった。

 無論、出禁になってもいい、って意味じゃない。


 こいつらと、1対多になるだろうけど、果たし合う展開でも別に良かったんだ。


 勝てないかもしれないが、戦えば俺の師匠やアイアさんへの想いは守られる。

 その勝敗は問題じゃない。


 戦った、って事が重要なんだよ。


「……俺は外に出ても良いんだぞ」


 そう言ってやったら、笑われた。


 この人数相手に勝つつもりか、と。


 確かに相手は5人……勝ち目無いかもな。


 だが、俺は言ったよ。


「別にお前らごとき物の数じゃない。何ならお前たちは武器あり、俺は素手でも構わんぜ?」


 一歩も引くものか。

 こういうのはハッタリでもなんでも、優位に立つことが重要。

 そのはずだ。


 怯えを封じ込め、怒りを足に込めて俺は立ち向かった。


 そのときだった。


 多分連中のリーダー格なんだろう。

 最初に俺に声を掛けて来た固太りのオッサン冒険者が、俺の向かいの席に座って、こう言ったんだ。


「まぁ、待て。ここは平和的によ、呑み比べで決めようじゃないか」


 言って、パチン、と指を鳴らし


 仲間に言った。


「テキイラを持ってこい」


 テキイラ……?


 呑み比べと言ったから、酒の一種なんだろうけど……。


 すると奴の仲間が、陶器のボトルを持ってきて、同じく陶器の盃に、トクトクトクと、2人分テキイラを注いだ。


 ……俺は、飲酒経験はある。


 無論、こっちに来てからだ。

 前の世界では未成年だから、飲酒はしなかったよ。


 こっちだと15才で成人だから、酒もそこから大っぴらに飲んでも咎められないので、俺は土木作業の仕事をしてたとき、よく仕事仲間のおじさんに誘われて、呑みに付き合った。

 エールっていう、向こうでいうビールみたいな酒だった。

 初めて飲んで、苦いけど、嫌な苦みじゃ無いな、それが俺の酒の最初の感想。


 その後、アルコール依存症になることも無く、付き合い程度にエールで乾杯する程度だったんだけど。


 ……はじめてだ。

 こんな酒酒した酒を口にするのは。


「テキイラだ。僕ちゃん、知ってるか?」


「……知らない。酒は詳しくないんでね」


 俺がそう答えると、オッサン冒険者は馬鹿にしたように鼻で笑って。


「……テキイラは悲しい酒なんだよ。勇敢な一族が醸していた酒。……巨悪に挑んで滅びてしまった一族が残した悲しい酒……。冒険者なら、敬意を持って飲むべき酒だ。そんなことも知らないのか」


 ゲラゲラゲラと、耳障りな声でまた笑った。


 そして。


「……これで勝負と行こうじゃねぇか? ルールは単純。同時に飲み干して、先に潰れた方が負け。……受けるよなぁ?」


 そして負けた方は勝った方に詫びとしてこの勝負の飲み代を倍額払う。


 これでどうだ?


 ……テキイラがどの程度の酒なのか分からなかったけど。

 俺の中で勝負を受けない選択肢は無かった。


 こいつらは、師匠とアイアさんを侮辱した。

 逃げるわけにはいかない。


「……分かった。やってやる」


 俺は自分の分の盃を受け取り、一気に飲み干した。


 ……咽そうになったが、気合で耐えた。

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