第2話 伝説の勇者!?

「俺はウハルという名前です。名字は分かりません」


 ……この際だ。

 五味山姓を捨ててやる。


 記憶喪失という設定で、俺は過去の記憶が何もないフリをした。

 そこから、名字も忘却することにしたのだ。


 クズの代名詞・五味山姓とはもうおさらばだ―!


「そうなのか……」


「大変だな……」


 番兵のふたりは、疑わず信じてくれた。

 ちょっとだけ胸が痛んだが、俺の新生活をはじめるためだ。


 五味山姓は、ここで捨てていく……!


 俺は表情を読まれないように、顔を伏せたまま嘘を吐いた。


 この嘘は誰も傷つけない。

 俺が生まれ変わるための、真っ白な嘘……!


 顔の筋肉に全力を傾け、妙な変化が起きないように気を配る。


「……なんか、伝説を思い出すよな。名前以外覚えていない記憶喪失の迷い人、だなんて」


「ああ、クミ・ヤマモトの伝説?」


 俺が黙ってると、番兵ふたりが一歩下がって、何やらこそこそ話し始めた。


 なんだろ……?

 やっぱりこいつ怪しすぎる、殺してしまおうか、なんて言ってるのだろうか?


 ……そ……それは駄目!


 ……で、でもっ!


 ここは、取り乱すべきじゃない。

 さっき、いきなり殺されなかったんだ。


 まだ、目はあるはず……!


「……どうしよう? こいつ、街に入れる?」


「クミ・ヤマモトを髣髴とさせるシチュだから、なんか大丈夫そうな気はするよな」


「でも、そんな理由なんてなぁ……」


 話はよく聞こえないが、あのふたりが何か迷ってる気配だけは伝わって来た。


 ……た、頼むッ!


 俺は悪い奴じゃ無いんだ! 信じてくれッ……!


 そしたら……


「ちょっと待ってろ」


 番兵のひとりが俺にそう言って。

 街の中に入っていった。


 で、そのままだいぶ待たされた。


 最初は、俺は黙っていたけど。


 耐えきれなくなって


「……俺、殺されるんですか?」


 そう、言ってしまった。

 言った瞬間、言ってしまった! と肝が冷えるような感覚があった。


 けど。


「ん、いや、そうじゃない」


 え……?


「ちょっと、アンタの様子が過去の伝説に酷似してたから、伝説の当事者をちょっと呼びに行ってるんだ」


 過去の……伝説?


 俺のテンションは上がった。


 そりゃそうだろう。

 異世界転移してきて、いきなり「伝説に似てる」なんて言われた日には。


 テンションを上げずに居られる奴って、居るのか、って話だ。


「ど……どんな伝説なんですか?」


 ドキドキしていた。

 伝説の勇者の伝説だったらどうしよう?


 俺、勇者になっちゃう?


 そしたら、教えてくれた。


「14年くらい前の、この街を救った勇者の伝説だよ」


 ……14年。


「伝説って言う割には、最近ですね」


 思わずそう言ったら


「アンタね、この街を救った人物だぞ!? 伝説として語り継いで何が悪い!?」


 ……少し、キレられた。


 うう……ミスった……。

 そりゃ伝説なんて言っちゃうくらい、思い入れ強い事柄にケチつけられたら気分悪いよな……。


 これは完全に俺が悪い。


 平謝りする俺。

 相手の機嫌を損ねるわけには……


「申し訳ございませんでした。どうか、どうかお許しを……」


「土下寝はもういい……って。いらっしゃったようだぞ」


 パカラパカラと、馬の蹄の音が近づいてくる。


「この男が問題の人物でござるか?」


 馬上には2人の人間が乗っていて。


 片方は、街の中に消えていった番兵。

 もう片方が


 ガタイのいい、初老の


 ちょっと老け込んだ悪人面の


 赤毛のモヒカンの男性だった。


 モヒカンなのに、和服の着流しみたいな服装で。

 馬上から、俺の事を見据えていた……。




「こちら、伝説の冒険者クミ・ヤマモトを救助した伝説の僧侶ガンダ・ムジードさん」


「この人が漢字聖女クミを救助してなければ、この街は14年前に滅んでる」


 見た目はすごいが、この人、お坊さんらしい。僧侶って言った。

 どうなってんだこの世界。


 僧侶が、モヒカンだなんて……!


「どうでしょう? この男、何か感じるでしょうか?」


 番兵二人がじっとそのモヒカン僧侶を見つめていた。


 俺、この人に運命握られちゃってる……?


 今更ながらにそれを自覚し、心臓を掴まれた気分だった。


 モヒカン僧侶の真っ直ぐな眼光……


 ……この人、顔は怖いけど、目力はなんか……優しさがある……ような気がする。


 僧侶、って言われたからそう思うだけなのかもしれないけど。


 しばらく、見られた。


 そして……


「……邪悪ではないと思うでござるな。多少目付きは悪いかもしれぬが、魂の穢れは感じぬでござる」


 ……アンタに外見で文句をつけられたくない!

 とは思ったけど……


 好意的な評価を貰えたので、そんな事は1秒で忘れた。


 やった……やったぞ俺!


 認めて貰えた!


 これで輝かしい俺の異世界ライフが……!


「……で、ウハル殿、でしたかな?」


 俺が命拾いした! これで俺は異世界で新生活! と喜んでいるところに。

 モヒカンのお坊さんが、声を掛けて来た。


 ……何でしょうか?


 失礼があると、さっきの認定を取り消されても事なので。


 なるべく丁寧に受けた。


 すると、お坊さんは言ったよ。


 記憶も無しにこの国に放り出されたら、どうしようもないだろう。

 どうだろう? 自分のところで生活しないか? 何、遠慮することはない。一人暮らしの寂しさが埋まるだけでも、自分は嬉しいのだから。


 ……そんなような事を言われた。


 ヤベ……このモヒカンさん……マジで良い人じゃん。


 俺の親戚なんかとは大違いだよ……!


 感激してしまった。


 ……受けないと、失礼になるような気もするし……


 俺はその有難い申し出に「はい。お願いします」と言ったのだった。




「ステータス? チートスキル? そんなもんはこの世にござらんよ?」


「レベルも無いんですか?」


「無いでござる。何でそんなものがこの世にあると思ったのでござるか?」


「それは……」


 俺は「自分の能力値を見る方法を知らないですか?」とこのモヒカン僧侶さん……ガンダさんに聞いたんだ。


 そしたら


「……そんなもの、見れるわけ無いでござろう?」


 怪訝な顔で言われてしまった。


 そんな……異世界と言えば、レベルの概念があって、ステータスでそれを確認できるのが常識なんじゃ無いのか……!


 一通り聞き終えた後、頭でもぶつけて記憶の混乱でも起きてるんじゃないのかと本気で心配された。

 記憶喪失、って言ってるのもあるから、余計に。


 結論としては、この世界にステータス画面を確認する方法は無いし、レベルの概念も無い。

 チートスキルと呼ばれるものも無い。


 ただ、魔法はあるらしい。

 そしてチートスキルの内容を話したら「異能がそれに近いかもしれないでござるな」と言われた。


 だから当然、どうやったら異能を身に着けることができますか? と聞いた。


 そしたら……


「異能は才能でござるから、努力でどうにもならぬでござるし、持ってない人がほとんどでござる」


 って言われたでござる。


 ……俺に異能の才能……あってくれ……って思うのは、夢を見過ぎかな……?


 この世界は俺に厳しい……。


 町並みと言語以外は。



 この世界の住人、全員日本語を話しているのはさっき散々見聞きしたところだけど。

 街の中に入って、驚いた。


『新鮮果物。1個100円』


『新刊入荷。5000円』


 ……文字まで日本語なのだ。

 しかも漢字まである。


 どういうことなの!?


 しかも通貨「円」っぽいし!


 どういうことなの!?


 あと、町並み。


 全体的な雰囲気は、時代劇で出てくる江戸の町並みに似てる。

 道も綺麗だし、不快感は無い。


 日本人の俺には、住むことでストレスになることは無さそう……だと思う。


 住宅環境と言語関係で苦労することは無さそうなのは嬉しいけど。

 異世界ならではの事で、ウハウハできないのだけは本当に残念だ……


 と思うのは、贅沢過ぎかな……。


 ああ……チートスキルで無双したかったなぁ。

 それで、カワイイ女の子にキャーキャー言われて……


 俺が、そんな叶わなかった夢を思い、しょんぼりしていたら。


 未来が見えなくて落ち込んでるのかと思ったのかな。


 ガンダさんは「大丈夫。心配いらないでござる。この街は真面目に生きようとする者を死なせるような真似はしない街でござるよ」と励ましてくれて


 続いて、こう言われた。


「今日はもうすぐ夕方でござるから、仕事を探すなら明日にすると良いでござるよ。ハローワークの場所も教えるでござるゆえ」


 ……ハロワまであるんかい!

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