第69話 五つの頂

白虎と流黒、陽紅。三人の気がかりは樹蒼だった。樹蒼があの五方陣の話を婆様から聞いたとき驚きは感じ取っていたが、その後この話に賛成なのか反対なのか確認する前に輪が閉じられてしまったからである。しかしながら賽は振られたのだった。

白虎が乗ってきたと同じ船に乗り広い北太平洋を渡り、流黒と陽紅は始めてみる大きな世界に驚き興奮していた。白虎は流黒と陽紅を連れ、まずは翁の元を経由してから自由人のいるイタリア州へ行くことにした。白虎は二人にアメリカ内では探知機があるのでくれぐれも力を使わないように命じた。力さえ使わなければアジア人三人の旅など珍しくもなんとも無いものだった。唯パスポートが偽物だったので注意を払って必要なチェック箇所は通り抜けなければならなかったし、回り道をしてでもそう言ったポイントを避けて移動しするため、翁の所へ着くのには普通の倍以上の労力と時間を要したのだった。しかし何度と無くくぐり抜けてきた白虎のいつものルートで無事に翁の元へはたどり着くことが出来た。


翁は流黒と陽紅に会えた喜びで顔をしわくちゃにして目に涙をためて喜んでいた。「もうこれで思い残すことは無い。」と何度も何度も二人を抱きしめてその頬に口付けた。落ち着いてから夕食を囲み翁と白虎は互いにこれまでのことを報告しあっていた。

白虎たちの目指す旅、これからのことに付いて翁は理解を示し「大変な旅になろうが」と前置きしながらアメリカを囲むポイントに付いても考察してくれた。五方陣の五つのポイント。翁白虎流黒と陽紅は翁の持ち出した世界地図を広げ思案していた。


「世界は誠に広いものじゃ・・・」

感嘆と敬意を込めて翁がつぶやいた。


「木の位置は南南東、火の位置は南、金の位置は北北西、水の位置は北北東、土の位置は南南西になる。」

これは婆様からの言い伝えだった。翁も念の五方陣のことは聞き及んでいた。翁は世界地図を広げて言った。

「まず火の位置南はここニュージーランド。木の位置が地黄のいる南南東イタリア州とすると金の位置はスウェーデン。水はアメリカの端ボストンあたりで木はブラジルリオデジャネイロのあたりになるかの?」

白虎も流黒も陽紅もその世界地図を見て広さを痛感していた。流黒が呟いた。

「この広大な距離を・・・俺たちの念が届くのだろうか?」

翁は口の端に笑みを浮かべて流黒の顔をのぞき込んで言った。

「そなたらがこれまで毎年一度行って来た言う念の輪はこの距離じゃ。わしには対して変わらぬ距離に見受けられるがの。」

翁はアメリカのNYと日本の南の島・九州の間を結ぶ距離を指し示していた。白虎はうなずき流黒と陽紅を勇気づけた。

「ミコ様もおっしゃっておられたが念の輪よりも五方陣の方が数倍の威力を発揮するそうだ。距離云々の問題ではないのだろう。」

流黒も陽紅もお互いを見つめて頷いた。


位置が決まると翁は気分を切り替えるように小さく一つ咳をすると三人に次なる話を切り出した。

「自由人は半年前までここにおったのじゃ。」

驚く白虎に翁は簡略にいきさつを説明した。白虎は翁の説明が終わりかけたときにあわてて切り出した。

「自由人はどこへ行ったのですか?」

翁はコーヒーをすすりながら目をつぶって答えた。

「さあな。わしにも何も言わずに“世話になった。休ませてもらってありがとう”という置手紙だけ残して出て行きおった。多分・・・」

白虎は訝しげ(いぶかしげ)な表情を浮かべて問いただした。

「多分?どこです?」

翁は白虎の目を見て言った。

「赤羽のところじゃ。」

陽紅が驚き自分の口に両手をあてて驚きの声を抑えている。大きくため息をつき頭を掻きながら流黒は不機嫌そうに横を向いた。白虎は翁の目を見詰めたままつぶやいた。

「そ・・んな・・・無茶だ。」

翁は白虎を見据えたまま続けた。

「ああ無茶じゃ。無謀じゃ。あいつ一人でアメリカの城の中にいる赤羽をどうやって助け出せるというんじゃ。しかも赤羽は自分のことを別人と思うて暮らしておるというではないか。わしはあいつがこれからのことを何も語らずこの爺の畑仕事を手伝ってくれておる間中ずっと話をし気持ちを聞きだし何度も説得したんじゃ。その度にあいつは“赤羽のところへは行かない“の一点張りじゃった。しかし自由人が引き取り十年間育てた娘・地黄・・・そなたらがこれから会いに行く子じゃが、その子を残してきたということはすなわち身を捨てて赤羽を救出しようとしておる他考えようは無いじゃろうが。まったく!まあ、あいつのことじゃ。多少は時間をかけて城の内部へ入り込む方法を探っておるじゃろうが・・・さりとてそう時間があることではないよの。」

白虎は辛い表情で翁に告げた。

「婆様が・・・おっしゃっていました。赤姉・・・赤羽と紫音の残りの命は少ないと・・・」

翁は目を見張りつぶやいた。

「なんと・・・ああなんという皮肉な運命なのじゃ。赤羽・・・かわいそうに。おお紫音は一人で島に残っておるのか。なんと不憫な。」

白虎は続ける。

「赤姉はともかく・・・紫音は多分自分の寿命をあとどれくらい生きられるか解っているのだと思います。」

白虎の言葉に流黒と陽紅は驚いてお互いの顔を見合わせた。陽紅が白虎の腕を掴んで言う。

「白虎!本当?お母様は本当にご存知なの?」

白虎は陽紅を見て次に流黒を見て頷き続ける。

「だから・・・紫音のためにも赤姉のためにも赤姉を救出に向かった自由人のためにも散り潜んでいるヤマトの同胞のためにも、念の五方陣を開かなければならない。たとえそれがどんな結果に終わろうとも。」

白虎は強い意志にみなぎる瞳で翁を陽紅を流黒を見詰めた。四人はお互いに見詰め合い固く誓い合った。

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