第51話 自覚

 紫音がミニヨンを事故から救ったその時アメリカの研究所では研究員ケネスが特別に作った大型探知機を投影した大型のモニターに赤く光る点が点滅していた。ズリ落ちてくる眼鏡を右手の人差し指で元の位置へと何度も戻しながらケネスは我が目を疑った。

「こ・・これは・・?」

ケネスの驚きはやがて確証へと変わっていった。


ケネスの報告を受けるとフレデリックは歓喜の喜びに震えていた。

「いよいよだ。この時を待っていた。」

フレデリックはすぐさま自由人を呼び寄せ極秘裏に計画を実行しようとしていた。もちろんサイモンをはじめ他の軍の幹部には知らせることなく事は起こされたのだった。


フレデリックに呼び出された自由人は以下の命令を受けた。シオンたちと思われるミコの居場所は大まかな所在地の目星は付いたのだが自由人率いる海賊部隊で場所の特定をして欲しい。場所が特定できれば正式な軍を派遣するので確保はせずに待っていて欲しいということだった。不思議に思った自由人はどうやって場所の特定をしたのかフレデリックに尋ねた。フレデリックは簡潔に熱量を測定する装置の説明を自由人にしてみせた。しかしこの装置もアメリカ国内の受信機があるところでないと役に立たないため早急に探して欲しいと言うことを告げた。自由人は目立つので海賊部隊も要らない、まずは一人でいかせてくれるようフレデリックに申し立て了承を取ったのだった。連絡は自分だけと取るようにとフレデリックは専用の通信機を持たせ自由人を送り出したのだった。


次の日早速自由人は紫音たちのいるとされる目的の地へ向かっていた。飛行機を乗りついでジープを走らせ北へと向かった。車を走らせるほど建物の数も人の数も減り途中の街で車もスタッドレスタイヤへと履き替え、降りしきる雪の中自由人は目的地へと急いでいた。ワイパーの動きを最大にしても降りしきる雪は次から次へフロントガラスを殴るようにたたきつけられてきた。車のフォグランプも付けライトもハイにしても道の成りが寸前で無いと見えないくらい雪で視界が悪くなっていた。走っても走ってもボウと白い雪道と降りしきる白い雪を照らすライトの先だけを見詰めながら自由人の脳裏にはこれまでの数々の事柄が浮かんでは消えた。


(幼い頃遊んだヤマトの丘に咲いていた赤いアマリリスの花。それを摘んで嬉しそうに手を振るまだ幼い赤羽の笑顔。後ろには夕焼けの空が広がり遠くで青磁が赤羽と俺を呼んでいる。いつもそうだった。三人で遊んでいて「もう帰ろう。」とか「次はここへ行こう。」とか事柄を決めるのはいつも青磁だった。青磁が決めてくれないときっと夕日が沈んで真っ暗になっても遊び続けていたことだろう。それほど赤羽は青磁のそばに俺は赤羽のそばにいたかった。

そんな青磁に自分はいつも難癖をつけて食って掛かっていた。青磁が正しいこと言うたびに「お前だけが正義なのかよ。」とか「自分だけいい子ぶりやがって。」とか・・・そのたびに青磁は少し困ったような悲しそうな行き場所が無いような瞳で俺を見つめていた。青磁はいつも俺のことを「大きくて力があっていいな。」とか「気持ちに素直でうらやましい。」とか正直にほめてくれたのに。そのたびに俺は「馬鹿にしてんのかよ!」とうそぶいていた。本当は青磁の賞賛がうれしくて恥ずかしかったくせに「本気になんかしてないぜ!」という態度でその照れをごまかしていた。そんな時も青磁は口をつぐんで困ったような顔を俺に向けていた。

赤羽がクロコになると言い出したあの時だって青磁は必死で止めていた。でもあの赤羽の眼差し。絶対にクロコになると言い張って、怒る俺達に一言も言い返さずに下唇を噛みじっと下から俺たちを見上げて涙をこらえて震えていたあの赤い強い瞳を俺はずっと求め続けていた。赤羽。赤羽。知っていたんだ。その瞳がずっと青磁を追っていたこと。俺に向けられる笑顔と青磁に向けられる笑顔の違いを。俺を見る目と青磁を見詰める瞳の熱さの違いを。青磁がクロコになったからお前は同じ道を歩もうとしてクロコへ志願したのだろう?いつのころからか俺は青磁を追うお前の姿を追い続けていた。青磁に報われない想いを抱くお前の悲しさは、お前に報われない俺の気持ちそのものだった。だからこそお前をその輪の中から救うために俺がクロコになってお前を救おうとしたんだ。

試験の当日、俺は力で充分お前に勝てると思っていた。真剣を使ったあの会場で皆が見守る中、お前の目はあのクロコになると言い張った時と同じくらい赤く強く燃えて輝いていた。俺はその目に見詰められて体の芯から震えが来たのを覚えているよ。お前は本気で俺を倒そうとしていた。始まった瞬間から全力で持てる力の限りで俺を打ち倒そうとかかってくるお前の刃を交わしながら俺も真剣だった。力では勝ててもスピードはお前の方が勝っていた。いや気持ちで・・・勝とうとする気持ちでお前の方が勝っていたんだ。気が付いた時には俺ののど元にお前の構えた刃が止められていた。お前のルビーのような赤い瞳が俺のすぐ目の前にあって手を伸ばせば届きそうなところに大きく息を吐く濡れた赤い唇と、荒い息遣いで上下する肩、俺の体を自分の体で押さえつけているお前の体温と胸の柔らかさを感じていた。俺はお前に負けてお前は青磁と共にクロコになった。そして俺はヤマトから姿を消した。

夜ヤマトを出る前に、赤羽、俺は最後にお前の姿を見に行った。村のはずれに申し訳なさそうに小さく建てられた家の中でお前は泣いている白虎をあやしていた。横では病気の父親が布団に横たわり母親の白酉が夫に食事を食べさせようと布団の横で準備をしているようだった。いつものことだったが白虎はまた近所のガキにいじめられたみたいで殴られたようなおでこの切り傷を指差し、お前に慰めてもらおうと必死で訴えていた。見慣れた風景に俺は思わず噴出しそうになったけど、同時に泣きそうになったから走って飛び出していった。そこからは走って走って、気が付いたら山の中腹まで登っていた。見下ろすとヤマトの集落がボンヤリ黄色く光るUFOみたいに丸く円になって見えた。俺は「あばよ。」って心の中でつぶやいて暗い夜道をずっと走った。今みたいに・・・走りながら赤羽お前の顔や青磁の顔やお前が守ろうとしている緑尽の顔が浮かんでは消えた。ミコなんかがいるから俺達は生まれた時からずっと秘密をひた隠しにして、隠れるように生きてこなければならなかったんだ。ミコなんかいなければ・・・隠し事をしなければもうお前も緑尽なんて守らなくて良くなるじゃないか。俺は姿の見えない敵に向かって無性に叩きのめしたい衝動に駆られていた。何に向かって腹を立てているのか解らなかった。周りの背丈ほどある伸びた草をたたき切りながら大声を上げて突き進んでいった。緑尽などいなければとミコなどいなければと大声を上げながら赤羽を呼んで青磁を呼んで・・・青磁!青磁!・・・俺が・・・殺した!)

その時道が急激に曲がっていることに気が付いた自由人は咄嗟にハンドルを切った。雪道にタイヤがスリップをして車はドリフトしながら一回転して止まった。ハンドルにつかまり息を切らしながら自由人は前を見た。規則的に動くワイパーで作られたフロントガラスの隙間にかろうじて見える向こう側は降りしきる雪で白一色に染め上げられていた。自由人は自分の頬に伝う涙に気が付き泣いている自分を自嘲して少し笑ったが、すぐにまた涙が溢れてきた。自由人はそのまま涙を拭うことなく肩を震わせ泣き始めた。次第に口からは嗚咽がもれやがて大きく吼えるような声を上げて息を切らしながら思い切り泣いていた。泣きながら自由人は思い出していた。

幼い時母親が死んだあの日葬儀のあと丘の上に一人でいたら青磁がそっと肩をたたいて迎えに来てくれた。その時だけ声をあげて青磁の胸の中で泣いたことがあった。夕日が沈んで足元が見えなくなってもずっとずっと大きな声をあげて息を切らしながら青磁にすがりついて泣いていた。あの時と同じように声を上げて肩で息をしながら自由人は泣きじゃくっていた。泣きながらもう戻っては来ないと解っている全ての人々と思い出にすがり付いていた。泣けば泣くほど大声を上げれば上げるほど今まで閉じ込めていた正直な気持ちがあふれ出し素直な自分がどんどん顔を出し始めて自由人は悲しさと寂しさと後悔にまた胸がえぐられて体のそこから搾り出すような声を止めることが出来なかった。赤羽を愛していた。ただ自分の方へ振り向いてほしかった。自分のためだけに微笑んでほしかった。赤羽をこの手に抱きたかった。青磁が好きだった。青磁は大切だったし憧れだった。ヤマトの暖かさが大切だった。あの風景がいとおしかった。それら全てに自分が大切にされたかった。愛されたかった。自由人は開いてしまった心の扉から飛び出してくる終わりの無い叫びを感じながら同時に大切なものを失ってしまったという事実と向き合う辛さを味わっていた。降りしきる雪の中そんな自由人をかくまうように自由人の車は雪に覆われていくのだった。


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