第46話 親愛

 秋も通り過ぎ十一月も半ばを過ぎると人の住んでいるところではなんとなくあわただしく皆年越しの準備に余念がない様だった。感謝祭の後クリスマス何かと忙しいこの時期に一人でいることは通常の月よりも寂しく感じるものだと自由人は信号を待っている間横のホームレスを見ながら思っていた。信号が青に変わったとき自由人はそのホームレスに小銭をひとつ放り投げてから渡り始めた。横で手をつないで信号を渡っている地黄も紺色のピーコートに白いズボンを履き白いニットの帽子と紺と白のボーダー柄のマフラーに手袋と相変わらず男の子のような色合いの服装をしているが、すっかり冬物の衣服に変わり白い息を吐きながら自由人につれられて街を歩いていた。自由人は黒い皮のコートの襟をたて黒いサングラスにニット帽をかぶり知り尽くしたこの街の通りから通りへと渡り歩いていた。自由人が目指していたのはいつも情報交換に使っている黒人のジェイクに会うためだった。

(たいした話はねえだろうな・・・)

そう思いつつも自由人は定期的にこの情報屋表向きは銃機器の販売店の元を尋ねるようにしていたのだった。

地黄は自由人に連れられてからというもの、色々な土地や街を移動した。中心部に行けば行くほどそれまで地黄が見たこともない様な巨大なビルが立ち並び大勢の人間が早足で歩き大量の車が渋滞またはすごいスピードで走り去っていく場面に驚き興味をしめし何かと自由人に問いただし聞いてまわった。道路の所々から湯気が出ていることも不思議だったしガラス張りの高層ビルが夜輝くのも不思議だった。空から広告のビラが降ってきたり、大きな看板に女の人の裸が描かれているのにも驚いた。地黄が見る何もかもが初めてでショッキングで信じられないことの連続だった。そんなチョロチョロしている地黄を自由人はしっかり自分に付いて逸れないようにしかるのだった。そんな時必ず自由人は口癖のように地黄に言った。

「こんな街で逸れたら二度と会えないぞ!お前また売り飛ばされて元の中華料理店に戻っちまうからな!」

自分を心配してくれる自由人を頼もしく感じながら地黄は自由人に対して信頼感を築きはじめていた。自由人も自分自身でまだ理解できてはいなかったが、赤羽に会えない寂しさを地黄が紛らわしてくれる喜びと単純に小さなこの子をいとおしく思う気持ちが生まれ始めているのだった。


“GUN“と書かれたドアを押して自由人が店に入っていった。そこは子供を連れて入るにはまったくふさわしくない銃販売店だった。五~六坪の小さな店の中には大きな男達がうろつき所々で商品の銃を手に取り構えて打つ真似をしている。二、三人でやってきている男達は最新のモデルに「あーでもない。こーでもない」と薀蓄を言い合っていた。店の奥にはカウンターがありその中には太ったアフリカンの黒人・ジェイクが立って自由人の方を向いていた。ジェイクは入り口に立っているのが自由人だと解るといきなり首を横に振りすまなそうな顔をしてみせた。しかし自由人の横にいつもと違い小さな隣人がいることに気が付くとあからさまに興味を示し自由人を手招きして自分の方へ呼び寄せた。狭い店内に自由人は地黄を自分の肩の上に乗せてその黒人の方へ近づいた。自由人とジェイクは握手し抱き合うとジェイクが早速地黄にちょっかいを出した。

「ヘイ!ボーイ!あんたは誰だい?」

地黄が自由人の首に抱きついて怪訝な顔をした。自由人は地黄の様子が解るらしくクスリと笑うとジェイクに言った。

「こいつは俺の相棒でね。ちょっと口が利けないんで挨拶は勘弁してやってくれ。」

その言葉にジェイクは地黄に同情したようで「オーマイガ!」といいながらカウンターの下にあったチョコバーを地黄に手渡し食べろと手まねで告げていた。自由人は地黄をカウンターに座らせると、タバコを取り出して肘をついてジェイクに言った。

「入ってすぐあんたの顔を見たら解ったけど何にもないんだな?どこへ行ったかも解らない。そうだろ?」

ジェイクはすまなそうに自由人のタバコに火をつけた。自由人はタバコを一口吸い込むと大きく煙を吐き出して独り言のように言った。

「こういうのを俺の昔いたところでは“神隠し“って言うんだぜ。知らねーだろーな。」

ジェイクは首を横に振っていた。自由人はあきらめて他の頼みごとを聞いてみることにした。

「サイモンのオッサンも最近はうるさく言ってこねーだろ?俺の方もそうなんだ。で、とりあえずこの街で年越しをしようと思ってるんだがちょっと二三ヶ月借りて住まわせてくれる所を知らないか?俺だけならともかくこのチビがいるだろ。俺が出かけないといけないときに面倒みてくれるような人間がいるとありがたいんだが・・・礼?礼はするさ。言い値でいいよ。」

ジェイクはとりあえずどうにかなりそうな人間がいるところを二、三書き示してそのメモを自由人に渡してくれた。自由人は金を払い店を後にした。通りに出ると雪がチラつきはじめていた。自由人は地黄の手を取りメモの場所へと通りを渡っていった。


 通りを渡りながら自由人はあまりに連絡の無いサイモンを不審に思いつつも飛び交うニュースを見ておおよその想像はついていた。大統領にフレデリックが就任して色々と変わってきているのだろう。軍部は新体制づくりに躍起になりミコさがしどころではないのだろうと・・・有色人種から幹部候補を選出するとフレデリック大統領の公約があったものだからサイモンが躍起になって現在の体制維持に精を出していることは推測できた。しかしながら自由人が心配していた金も払い込まれているようでカードもキャッシュもとりあえず滞ることは無い様だった。

(まあその間にこっちも足固めだよな。)

自由人は人の流れをかいくぐりながら地黄を連れ、人込みを起用に縫って渡っていった。


 ジェイクが書いてくれていた一つ目は子沢山の黒人夫婦が隣人に住まうレンタルハウスのような場所だった。自分の家の子供すら持て余しているような生活に余裕のないこのヒステリックなこの夫婦を見たとたん自由人はあきらめて次に向かった。次は白人の老女が家主のアパートだったが子供の面倒はごめんだということでここもあきらめ次の場所へ向かった。

 三番目と言ってもここがメモにある最後の場所となるのだがそこは崩れ欠けたような教会だった。教会といっても木造の小屋に申し訳程度に付いた入り口の十字架でやっとわかる程度のみすぼらしいものだった。その小屋の前には狭い庭があり中では黒人やヒスパニック系の子供達が十人くらいで遊んでいた。どうやら教会と孤児院をかねたような場所であるらしいことは自由人にも理解できた。

自由人たちが奥の教会へ入っていくと黒人のシスターが出てきて自由人たちを招き入れてくれた。シスターはずいぶん高齢のようでたるんで皺だらけになった瞼で瞳の色すら解らなかったがどこと無く安心できる雰囲気をもった老女だった。自由人と地黄が通されたのは授業が終わったと思える小さな教室だった。机と椅子はボロボロで傾きかけたものもあったが何度も手直しされてきたようで、あて木をされてなんとかその形を保っていた。シスターは「ジェイクからあなた達の話は連絡があった。」と告げると園の説明をしてくれた。小さな老眼鏡をはずしシスターは微笑んで自由人と地黄に向き語り始めた。

「見ての通りこの孤児院をかねた教会は自分と通いのボランディアで成り立っています。ご存知の通り国からの援助は少なくなる一方で今ではこのような有様ですが子供達は元気に精一杯育ってくれています。実は紹介者のジェイクもここの出身です。そうそうお住まいもお探しと言うことですが園の隣に住んで最近まで働いてくれていた用務員の老人が亡くなったのでそこでよければお貸しできますよ。一年以上ほったらかしなので、ご自分達で中は整えてもらわなければなりませんが・・・自由人さんとおっしゃいましたね。この子のお名前は?」

シスターが地黄の方を優しく見詰めて聞いた。自由人は地黄に変わって名前を告げた。

「口が不自由なもので・・・チオウといいます。」

シスターは皺だらけの顔を尚一層しわくちゃにして微笑みチオウの頭をなでながら言った。

「そう。チオウさん。はじめまして。私はシスターのテレサです。あなたはイエスに選ばれた人なのね。」

その言葉に地黄はキョトンと目を丸くしたままシスターを見詰めていた。シスターは微笑み

「神は選ばれた人間にのみ苦悩を与えられるがそれは決して乗り越えられないものではないのよ。その後には大きな喜びが待っているの。」

という意味のことを地黄に告げた。地黄は何のことか解らないようで困った顔で自由人の方へ助けを求めるような眼差しで見上げている。自由人は少し苦笑いしながらシスターの方へ向き言った。

「大人の俺でもそこまで悟りは開けませんからこいつには少し難しいかもしれませんよ。シスター。」

その後園を見て自由人達が借りることが出来る小屋も見たが何とか生活は出来そうな状態だった。自由人は地黄の顔色を見ていたが横にいるシスターには好印象を抱いているようだった。しかも自分が留守の間地黄を預けらることに自由人は利点を感じていた。

「とりあえずここにするか。」

自由人は地黄とここを拠点に動くことを決めた。気が付くと空からは大粒の雪が降り始めていた。天を仰ぐ大きな自由人と小さな地黄は空から落ちてくる雪の感触を確かめるように両手を広げた。雪はじっと見詰めていると空から落ちてくるのではなく空へ立ち上っているようにも見えた。地黄はとりあえず落ち着いて暮らせることがうれしいのか雪が降り始めて寒いのか自由人の足元にしがみついてきた。その地黄の小さな暖かさに自由人は胸の内がほんのりと暖かくなるのを感じていた。

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