第47話 策略

アメリカの軍事会議室居並ぶ草創たる幹部のメンバーが磨き上げられた長い机を囲み、鎮座している。全員が白人でそのほとんどが親もこの席に座ったことのある家系の出身者で占められていた。マーブル模様をした大理石の壁には歴代元師の顔写真がズラリと並びその内先代から五代に渡りサイモンの家系で占められていた。長い机の一番上手にフレデリックが座っている。その後ろにはアメリカの国旗がライトを浴び掲げられていた。フレデリックの反対側にはサイモンが座りにらみ合った状態が続いていた。会議はどうどうめぐりで煮詰まり後は票の採決を待つばかりと言う状態だったのである。

フレデリックの公約である「軍・幹部の公平な選抜」というものに対し、当然ながらサイモンから反対されていた。「公平な選抜」というあいまいな言い方を逆手にとり当然サイモンは白人の優秀な人材を押してきたのである。もちろん有色人種から幹部を選出しなければフレデリックの公約を果たしたことにはならないことを理解した上でのことだった。フレデリックとサイモンの間に座っている他八名の現幹部達は情勢を読みかねて皆、赤い顔青い顔をして汗をかきながらただ状況が過ぎ去ってくれることを祈りながら座っていた。皆公約を果たさなければまた暴動が起こり始めることが解っていたし、そうなれば軍の体制批判が起こり現幹部がそっくり入れ替えをされることも危惧していたのである。そのような状況を招くより今フレデリック大統領の下で一人くらいの有色人種の幹部を加えたところで大勢に大きな変化は無いだろうという読みがほとんどを占めていた。しかしサイモンだけが違っていた。その幼い頃から築いた白人優越主義の思想と元師の権限と地位を、大統領などより上だと言う事を誇示するが為のゴリ押しで他の幹部へ前もって圧力をかけ自分の意見に従うように申し合わせてこの会議に臨んでいたのである。

一方フレデリックの押している人物はあの内部告発をしたハメッドの忠臣であった黒人のウイル・オドネルだった。ハメッドの教えを受け申し分ない戦歴と試験を合格しその資格は充分だったし国民にも快く受け入れられる選択であった。


「とにかく」

煮詰まる会議にサイモンが立ち上がり口火を切った。

「“軍・幹部の公平な選抜“という大統領の公約にですな、この私の推薦候補がふさわしくないと言う理由がありますかな?私の推薦候補この彼の父親もその祖父もこの席に座ったことのある立派な家系で・・・」

延々と続くサイモンの陳腐な説明をフレデリックは顔の前で手を組みそのブルーの瞳だけを両手の甲の上で冷たく輝かせながら聞くとも無く聞いていた。フレデリックはゆっくりと念じていた。

(リリア・・・リリア・・・聞こえるか?)

少しするとリリアの声がフレデリックの脳裏に届いてきた。

(フレデリック様・・・聞こえています。今ですか?語っているこの男なのですね?)

フレデリックはリリアに答える。

(そうだ。リリアこの男だ。この口を・・・しゃべれないほど苦しくしてやってくれ。)

その瞬間、語り続けていたサイモンが「ひっ!」とシャックリのような声を上げると立ったまま顔面蒼白となり、左手で自分の首を押さえつつ右手で体を支えようとテーブルに手をついた。他の幹部が訝しそうにその様子を見詰めている。サイモンのすぐ横の幹部が大丈夫かという風にサイモンを支えようとしたがサイモンはその手を振り払い必死に自力で呼吸しようとしている。しかしそれも出来ぬようでやがてテーブルの下に両膝を付き崩れ落ちてしまった。

フレデリックの顔の前で組んだ両手で隠れて見えない口元がニヤリと片側が持ち上がった。そしてリリアに告げた。

(リリア・・・もうよい。やめてやれ。)

リリアの声が小さく聞こえた。

(仰せのままに・・・)

フレデリックは立ち上がると跪いているサイモンの方へ歩み寄り抱きかかえた。大きなサイモンはさすがに苦しかったと見え、フレデリックの手は素直に借り椅子に座った。ざわつく会議場をフレデリックは静めサイモンの後ろに立ち他の幹部へ告げた。

「元師は気分が悪そうだ。本日はここまでにしよう。再開は追って連絡する。」


 それ以降もサイモンはたびたび同じような状況に見舞われ軍部の中ではサイモンの病気説がまことしやかに噂されるようになった。「命が危ないそうだ。」とか「不治の病で・・・」といった話が飛び交う軍内部はそうとう足並みの乱れが生じてきているようでサイモンの勢力が薄らぎ始めていることが、フレデリックには手に取るように解っていた。サイモンも当然医者にかかっているようだったがどこも悪いところが無いという診断に余計苛立ちを隠せないようだった。サイモンが医師の診断書を見せ自分は健康だと言い張れば言い張るほど「では精神面での病か?」という方向へ周囲の噂は変化し始めた。「軍の最高司令官の精神状態が不安定」ー致命的な噂だった。

後日延期されていた軍の新幹部選出の会議が再開されたが多数決の結果、あっさりとフレデリックの推薦する候補黒人のウイル・オドネルに軍配が上がったのは言うまでも無かった。


数日後サイモンはフレデリックの城を訪れた。サイモンは見る影もなくやつれ果て、これまでの自信に満ち溢れた高慢な笑みをたたえた姿は微塵も感じられなかった。フレデリックはモーリスと謁見したときの庭にサイモンを通すと周りの執事達に下がるように命じ、サイモンと二人きりになった。サイモンは落ち着かない様子でフレデリックをチラチラと見て庭の様子も時々目をやっていたが、突然フレデリックの膝にすがりつき大きな体を震わせて号泣し始めた。さすがにフレデリック自身も驚いてサイモンの大きな震える肩をたたいて落ち着くように言い聞かせた。フレデリックに促され席に付いたサイモンを見てフレデリックはこの上ない優越感と達成感を感じていた。サイモンは充血した目を潤ませながらフレデリックにこの地位を奪われたくないこと、体は悪くないこと、どうすればいいのかということを取り留めなく語り始めた。フレデリックはサイモンの価値観をいやと言うほど理解していた。彼から軍の元師の地位が無くなるということがどれほどの痛手を受けることか良くわかっていたのである。サイモンが元師の役を努めているというよりは元師の役がサイモン自身を形作っているといった方が適切かも知れないとフレデリックは思っていた。

(翼をなくした鳥より性質が悪いかも知れぬ・・・)

フレデリックはそう思いながらサイモンを落ち着かせ話し始めた。

「元師あなたのこれまでの実績を考えてもあなたは軍に無くてはならない人だと私は思っている。しかし現に体調が悪いという点を何人もが色んな場面で遭遇しているようで、もはや私の手では止めようがないほど軍の内部では噂になっているのも事実だ。」

サイモンはうなだれてフレデリックの話を聞いていた。その姿はすっかりしょげかえりみすぼらしく小さく見えた。

「しかし機密費の問題などあなたでなければ出来ないやりかけた仕事があることも事実です。私はあなたを外すことは出来ないと考えています。それだけ元師、あなたを信頼しているのですよ。」

やさしく真摯な瞳でサイモンを見詰めながら語るフレデリックの手法は病んだ心のサイモンにはてき面だった。フレデリックは続ける。

「どうでしょう。色々な表向きの行事や挨拶などは他の幹部へ移行してあなたは承認印を押す仕事ともっとも重要な機密費をつかった「あの仕事」に専念されては?そうすることで他の幹部の同意を私が取り付けましょう。他の幹部も重要な仕事をまかされることにいやな顔はしないでしょう。いかがですか?」

サイモンは再びフレデリックにすがりつき目を見開いてフレデリックに尋ねた。

「この元師の地位はそのままにとおっしゃるのですね。」

フレデリックが頷くとサイモンは大きく息を吐いてフレデリックの左手に何度も口付けをした。フレデリックはサイモンを起こし再び椅子に座らせると今度は自分が立ち上がり近くにあった剪定鋏で白いバラの花を数本切り始めた。その花をサイモンへ渡すとニッコリと天使のような微笑を浮かべキョトンとしているサイモンに告げた。

「私からもお話があるのですよ。」

フレデリックはストレートにリリアの妊娠を告げた。少し驚いた表情を見せたサイモンだったが自分の地位が確保されたことの喜びの方が手一杯な様子で「それがどうした?」といった風情だった。フレデリックは自由人からの大切な預かり人であるリリアをいつの間にか愛してしまったこと、その上で子供が出来てしまったこと、内縁の子としてこの城の中で大切にしようと思っていること、いずれ自由人が帰ってきたら正直にそのことを話し解ってもらおうと思っていることをサイモンに告げた。もちろん世間や外部には知られないようサイモンにも協力をして欲しいことを付け加えることも忘れなかった。考える余裕の無いサイモンは二つ返事で了承し、しかも「おめでたい話だ。」とフレデリックに祝福の言葉さえ送ったのである。フレデリックのめまぐるしかった一年間がこれで幕を下ろそうとしていた。

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