第40話 時流

 事が動くときは何かにせかされるようにまわるものかもしれない。民主党の中心であるモーリスがフレデリックに謁見をしてからフレデリックはそれに対し特別なリアクションは行わなかった。唯一つの事を除いては・・・

フレデリックへの謁見を済ませた者に対しては前もって用意された礼状のが届くシステムになっていたがフレデリックはモーリスに対しての礼状だけは直筆で一言「病み上がりの体を気遣い我が城での謁見を希望くださったことその細やかな心遣いに感謝している。」という意味内容を付け加えたのだった。サイモンの監視カメラが取り払われたフレデリックの城内わざわざそこを謁見の場として選んだモーリスはカメラが取り外されていることはもちろん把握していたし当然その理由も知っていたのだろう。モーリスは謁見時にアメリカの真実の歴史を知っていることまでフレデリックにそれとなく伝えたほどの相手だった。「賢い相手には多くを語るべからず。」フレデリックはこのことをよく心得ていた。この一筆を付け加えるだけでモーリスはフレデリックの気持ちを理解し次の行動に出ることも憶測来た事だった。またアメリカの王が迂闊に動けるわけが無いことはモーリス自身もフレデリックの立場を良く理解していた。そのためモーリス側からもそれ以来フレデリックに対して特別な連絡は見受けられなかった。


そんな中軍の陸軍大尉の一人ハメッドと言う男、彼は黒人で軍内部の有色人種の中で一番の出世人であり数々の戦闘で輝かしい功績をあげていた。いわゆる有色人種の軍人たちのヒーローであったが最終幹部の試験で何度となく落とされ続け大尉の地位に長年甘んじてきた男だった。その彼がいきなり軍を退き民主党の旗の元軍内部の人種差別について告白したのだった。いわゆる内部告発である。マスコミはこの問題を時期大統領選挙の火種にしようとこぞって書きたて連日放送をした。軍内部ではサイモンをはじめ幹部連中も最初は問題にしていなかった。マスコミからコメントを求められても国防長官も「そんな事実は存在しない。」の一点張りで通していた。しかし民衆のまたそのほとんどが黒人を中心とした有色人種たちが軍内部の問題ではなく次第にこの国の古くから綿々と引き継がれている人種差別の問題として騒ぎ始めたのだ。

さらにこの問題に追い討ちをかけたのはこのハメッドの申し立てをバックに民主党からは労働層に爆発的に人気があるモーリスが時期大統領の選挙に出馬することを宣言したことだった。有色人種と貧困の労働層この二つを併せ持てば票の獲得は大きかったからだった。それまでサイモンの頭の中では次期大統領はまた共和党の中から誰かを立たせればいいぐらいの軽い気持ちだった。だがサイモンの父親の時代から共和党にのさばっている老いぼれで典型的左翼である現在の国防長官からこのままでは次期選挙が危ういという相談を受けさすがのサイモンも事の収集に頭を悩ませていた。


この事態の成り行きにフレデリックは一人モーリスの動きを感心していたのだった。有色人種である軍人達のヒーローであるハメッドをたきつけ内部告発させたのもモーリスの筋書きだろうしその後、その人種問題を押し抱えるようにモーリスが立ち上がる。労働者層はこぞってモーリスに付くだろう。(しかししかしだ。)フレデリックは一人心の中でつぶやいた。モーリスは政治の世界を良く知っている。たとえ今回の大統領選挙にモーリスが勝利したとしてももはや実際には何の権限もなくなってしまった大統領に事実この国の何ひとつ変えられはしないのだ。大統領と言う地位に着いたところで実際に動き始めると企業と癒着した幹部連中が聳え立つ障壁を構え何者も攻め入れぬシステムを作り上げてしまっている。予算立てひとつにしても軍部への予算を削ることはまったく認証されないだろう。そこを知り尽くしている彼だからこそ王族であるフレデリックがその立場を利用してこの状況を打開して欲しいと懇願してきたのだし、そのことをフレデリック自身よく理解できたのだった。しかしフレデリックとてモーリスと大差ないということは自分自身を振り返り思う点でもあった。

さらにフレデリックの立場として今現在軍の最高指令官であるサイモンを除いて考えを進めるわけにはいかなかった。それはやっと信用を勝ち得たサイモンを外し他の誰かが軍の元師の地位につくということはまた一からの人間関係を作り直さなくてはならない長い時間を要することだったし何よりミコさがしという共通の目的が封じられてしまう危険を避けたかったからである。しかし今のお飾り的な最後の印を押すためだけに存在する王族という地位事態フレデリックには何らの進展を期待できない虚しいものでもあったことも事実だった。


 フレデリックが状況を見据えている間にも人種差別の問題は各都市で火がつきついには暴動にまで発展した。黒人が多く住むハーレムはもちろんのこと中華街や果てはヒスパニック系の人々が住む都市まで白人種たちの店が襲われ火をつけられ殴り殺されるそんなニュースの画面が次から次に映しだされる日々が続くようになった。しかし地域の小規模な暴動に軍隊を出すわけにもいかずそれぞれ地域の警察が事態の収拾に当たっているのが現状だった。やがて警察の方からも

「軍内部での人種差別がきっかけで起こった暴動の後始末を何故警察がしなくてはならないのか?」

という怒りの発言へと流れが変わってきた。サイモンとしては早くにこの事態を収拾したいのだが直接自分が動けないもどかしさに苛立ちを隠せない日々を送っているようだった。


 自国民同士が暴力で殺しあうそんな日々が続く頃、サイモンが業を煮やしフレデリックに提案を持ちかけてきたのだった。サイモンの筋書きは見事なまでにモーリスが先の謁見時にフレデリックに提案したまさにそれと同じ内容だった。フレデリックは先に占ってもらった予言通りに事が進むような不思議な場面を目の前にサイモンの話を聞いていた。もちろんサイモンの話の内容は共和党からの候補としてフレデリックに大統領に立候補して欲しいということだった。が事態の収拾を目的とするならばフレデリックが無党派として立つ方が効果的だろうとフレデリックは主張した。このフレデリックの意見にはしぶしぶサイモンも承諾したのだった。かくして王族から初の大統領立候補者が立ち上がることとなった。


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