第41話 掌握

都市の安全が保障されなければ民の購買意欲もそがれ物流が滞る。企業が儲からなければ税金を集められない国はたちまち貧窮してしまう。デススパイラルが起こりはじめようとしていたその矢先にアメリカの国には一条の光が差したようにフレデリック王が大統領として立候補することが噂として流れ始めた。

「フレデリック王が時期大統領として立たれる!」 

「新たなアメリカの誕生だ!」

「新しい国策をもって国の統治に臨まれる!」

フレデリックの大統領選挙への出馬がささやかれるようになると不思議と各地の暴動は収まっていった。国民には未だ見ぬ新たな流れに対する期待と希望が生まれ始めていた。敏感なマスコミ各社もこぞって使い古されたフレデリックのオーウェン兵を救出した時のニュースを再び流し始め噂の域を出ないこの出馬のニュースをさらに盛り上げる一助を成していた。


一方フレデリックの方は立つと決まってからは即座に大きな広告代理店がバックにつき信じられないスピードでそのPR作戦が準備されてきた。今回の選挙は単なる一人の政治家が当選するというものではなく国を一つにまとめ平和と秩序を回復するためのものであるし経済のデフレを食い止めるという大いなる大志があったため民間の選挙に手馴れた代理店の社内でもさすがに十字軍もどきの勇姿さながらの雰囲気を漂わせ加わったメンバーはいつもでは考えられないほど情熱と誇りをもって仕事に臨んでいた。フレデリックの当選は確実視されていたがその当選にいたるまでの民意の統一とフレデリックの公約に関して本人を交えての会議が夜通し行われ当選までの完璧なスケジュールと素晴らしい演出が莫大な金額とスピードによって準備されてきた。表向きは着々と花道が準備されているように見えた。


フレデリックの公約。それは今回の暴動の発端となった人種による差別を撤回すること。実際に軍部に今までそれがあったと認めることは難しかったがフレデリックが大統領になった暁にはフレデリックの指揮の下公平な幹部候補の選出を行うことを宣言する。そのためには大統領を今までのようなお飾り的な立場ではなく全ての権限が集約される役職とすること。そして今現在は軍の元師が握っている核の発射ボタンの最終指示権限を大統領に移行すること。アメリカ軍の必要性は訴えつつしかし少なからず軍備縮小は行い教育福祉の方へも予算を広げていくこと。主にこの三点に絞られた。

これらの公約を実践化するために各方面の関係者とフレデリックの話し合いが昼夜問わず行われた。その中には秘密裏にモーリスとの会合も数度行われたのである。モーリスはフレデリックの予想通り先の謁見の時に自分へ口にした計画つまり「フレデリック王が大統領として立つ」ということはおくびにも出さず民主党から出馬する同じく大統領候補として会合に望み。型通りの意見を述べる役を見事に演じきっていた。そんなモーリスを見てフレデリックはふと考えていた。

(この男は私が大統領に立つと民に宣言するときに自分の立候補を取りやめるのではないか。モーリスにとっては大統領になることが目的ではなくまず大統領にかつては持っていた全権を移行させることが目的なのだ。そして全権を掌握した大統領の下軍部の力による統一ではなく話し合いによる本当の民主主義の復活により貧しい者にも手を差し伸べることが出来る政治を目指しているのだ。そんなモーリスにとって大統領の立候補を取りやめることは恥ではないのだ。もちろん党を背負って立っている彼だ。党内の合意は必要とするだろうが彼ならまとめて進み切るだろう。)

そんな思いをめぐらせながらフレデリックは帰り際のモーリスにふとつぶやいた。

「恥とは・・・どこを重要と考えているかによってずいぶんと変わってくるものです。」

 そそくさと帰り支度をしていたモーリスはフレデリックの方を振り返りさわやかな笑顔を見せると握手を求めて手を差し出し言った。

「まったくです。フレデリック王。アメリカに神のご加護がありますように。」


また会合の中でもフレデリックとサイモンの話し合いが一番数多く開かれたがサイモンが最後まで反対したのは核のボタンの最終決定権限の移行だった。頑なに「この決定権は軍にあるべきものだ。」と主張するサイモンに対しフレデリックは密かにこの点だけは譲れないと心に決めていた。正直フレデリックにとって人種差別も予算の配分もどうでもいいことだった。が核の決定ボタンの移行だけはサイモンから奪っておかなければ今後一切の行動はまたサイモン率いる軍部へと掌握されることは火を見るより明らかだった。フレデリックは数日サイモンの聞き飽きた言い分を反論することなく聞いてやった。それは「緊急事態に即断を迫られた場合軍が決定を下さないと手遅れになってしまう。」という陳腐なものだった。フレデリックは内心

(世界の大半を掌握する超大国となってしまった今のアメリカに脅威を与える国が存在するとでもいうのか。)

とあきれ返っていたがいつまでも同じ議論を繰り返しているわけにもいかなかった。フレデリック自身も吉とでるか凶と出るかはまったく予測できなかった。しかし最終的にこの条件を呑まなければ自分は今回の選挙には立たないとフレッデリックはサイモンへ切り出した。結果的にサイモンは折れ三つの公約全てのお膳立てが整うこととなった。フレデリックは今でも条件を飲んだ時のサイモンの苦渋に満ちた表情を忘れることが出来なかった。


フレデリック王の大統領立候補の宣誓はいよいよ明日アメリカの広場(かつてのリンカーン記念館の前)で行われることが各メディアを通し気ぜわしく発信されていった。

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