第37話 野望

目覚めたときにはフレデリックは病室のベッドに横たわっていた。白い天井がまず目に入り少し左に首をかしげると生けられたピンク色のスイトピーの花が目に飛び込んできた。空調の風でスイトピーの花は首をもたげるようにしてちいさくうなずいているように見えた。何も考えることなく空白の脳裏でその花をじっと見詰めていたフレデリックだったが突然あのオーウェンの背中を掴んだ場面が脳裏によみがえった。はっとするフレデリックに病室のドアをコンコンとノックする音が聞こえてきた。ドアが開き立っていたのはサイモンだった。サイモンは満面の笑みと似つかわしくない大きな赤いバラの花束を抱えフレデリックの病室に入ってきた。背の高い冷徹な風貌のサイモンが黒い軍服を身にまとい真紅の大きなバラの花束を抱えている姿はまるで描き間違えた絵のようだったが、この突拍子も無い登場の仕方にフレデリックはしばらく目を奪われていた。そんなフレデリックにはお構いなしにサイモンは調子のいい時特有の早口でフレデリックに話しかけた。

「お加減はいかがですか?医者の話によりますとお体のほうは打ち身擦り傷以外は不思議なほど大事は無いと言うことです。それを聞いた時は私もほっといたしましたよ。ああどうかそのまま横になられたままで・・・」

そう言いながらサイモンは横の机に花束をバサっと放り投げるように置いた。ベッドの横の椅子に腰掛けると長い足を組み両手をクロスさせて両方の手のひらを自分の胸にあて首を左側に傾けた。それがどういう意味なのかフレデリックには理解できなかった。サイモンはそのままの姿勢でニヤっと微笑むと口を開いた。

「感服です。フレデリック王。非常に感謝いたします。」

驚いた表情のフレデリックを構うことなくサイモンは続けた。

「国民は皆王に最大の敬意を表して国中歓喜の渦に包まれております。いやはや私もあのVTRを見たときには王の勇気に感服いたしました。あそこまで我がアメリカ軍の兵士を大切に思っていただいていたとは・・・しかし過ぎたことですがどうぞご身分をお考えになって二度とこのような危険な目にご自身をさらされる事をなさいませぬようくれぐれもお願いいたします。」

サイモンの話を聞いているフレデリックの府に落ちない表情を見て取ったサイモンは部下に連絡を取り病室のモニターに何やらフレデリックの映っているVTRを流すよう命じた。サイモンがモニターのスイッチをいれると放送局によるニュースが映し出された。それはフレデリックたちが参加した戦いをリポートしているものだった。画面には右上に小さく枠組みがされその中に戦場でフレデリックにへばりついていた記者の顔が映し出されていた。番組の司会者の女性はこの記者が最後に命を懸けて伝えたフレデリック王の勇気ある行動をお伝えしますという内容を語っていた。フレデリックはぼんやりその画面を眺めながら

(あああの記者は死んでしまったんだ・・)

と理解していた。ふとオーウェンの顔が浮かんでサイモンに向けて飛び起きて質問した。

「元師!あの兵士は・・・オーウェンは無事であろうか?」

サイモンは飛び起きたフレデリックを驚いて見返したがゆっくりと立ち上がるとフレデリックを寝かしつけながらモニターを指差した。

「フレデリック王ご覧ください。」

そうサイモンが言いながら指差すモニターに映し出された映像にはフレデリックが必死で銃を打ちながら走っていく様が揺れながら映し出されていた。電波の状況が悪かったのか時々ザッザッとノイズが入るが状況を見極めるには充分な画像だった。フレデリックが走って前の兵士の軍服の背を掴み引き倒す。兵士は上向きに倒れその上にフレデリックがかばうように覆いかぶさり土煙が舞う。カメラはそのまま地面に放り出されたのかフレデリックとその下になった兵士を偶然にも映し続けていた。土煙が収まると下になった兵士が起き上がり気を失ったフレデリックを抱きかかえて叫んでいる。

「フレデリック王!フレデリック王!」

カメラは誰かに蹴られたのか突如別の方角を映し出す。そこには無数の死体が焼け野原に転がっている風景が捉えられていた。カメラの捕らえている画面とは異なりオーウェンが必死でフレデリックを呼び続けている声がこだましている。VTRはそこで止められオーウェンのインタビューに切り替わった。病室らしい部屋で頭に包帯を巻いたオーウェンが目に涙を浮かべながら記者のインタビューに答えている。

「ええフレデリック王には本当に感謝しています。私はこの戦いの間、王をお守りする任務を授かっていたのですがアメリカの形成が不利になったのを見て、いても立ってもいられずに王を置き去りにして前線へ飛び出してしまったのです。そんな私をフレデリック王はご自身の危険も省みずに助けてくださいました。本当に感謝しています。私は命令違反をして王をお守りする役目を果たせませんでした。どんな処罰も受ける覚悟です。」

インタビュアーは今後も軍に残ることが許されれば戦場に赴きますか?国のために戦いますか?という意味合いの質問をぶつけていた。オーウェンはまっすぐに画面を見詰めあの時フレデリックに語ったと同じくらい真剣で実直な眼差しで画面に向けて語っていた。

「ええ私はアメリカを愛しています。アメリカのために戦うことは自分の家族である母や妹を守っているのと同じことだと思っています。」

画面はそこで切り替わりフレデリックのこれまでの各方面で行った多種多様なVTRが流され司会者はフレデリック王がどれほど心優しく偉大で国民のためを思っているかそれが今回の行動でうそ偽り無く証明されたという意味のコメントを興奮しながらしゃべり続けていた。プチっと音を立ててモニターが切られた。

サイモンの方へフレデリックが視線を送るとモニターのコントローラーを脇に置きながらサイモンが片方の眉を上げてフレデリックにむけて誇らしげな顔を向けた。フレデリックにはサイモンが考えていることが手に取るように解っていた。これは軍の大々的なPRビデオになっている。これまでですら巨大な勢力を誇っていたアメリカ軍だが、王による兵士の救出劇により戦いの正当性など脇に追いやられた。それどころか民意の承認を得たかのようなすり替えの浮かれたお祭り騒ぎになっている。そしてその勢いはとどまることを知らぬ軍備増強の予算立てへと突入していくことに繋がるのだ。民間の企業もこぞって国民の評判がいいフレデリックに関する番組や商品に冠をつけたがり金を惜しまず出すだろう。番組も商品もフレデリックに関係していればその利権は国に帰ってくる。国の中での予算のほとんどが軍事費に回ってくるというシナリオだ。しかも当のフレデリックは今回の戦いに参加した。それは軍の必然性を肯定しているという理論もおまけについてくるのだ。フレデリックはため息をつく代わりにじっとサイモンを見詰めていた。感情を表情に表さないのはもうすでにフレデリックの中では当然のように行われていたことだったので特に苦しくも無かったがそんなフレデリックの心情も気遣うことも無く、一人ほくそ笑んでいるサイモンの表情を見るに耐え難くフレデリックは視線をサイモンからはずして尋ねた。

「オーウェンは・・・処罰に値するものなのか?」

サイモンはおやおやとでも言いたげに眉を八の字にしフレデリックに言った。

「これだけ軍に対して功労してくれたのです。もちろん除隊などにはいたしません。が命令に背いたことは事実です。何も無いと言うわけにはいかないでしょう。まあ表向きに二ヶ月の減給と三ヶ月の自宅待機位というところですかな?骨休めにはちょうどいいでしょう。金に困っている家でもありませんしな。では私はこれで。」

そう言うとサイモンは一礼し病室から出て行った。後に残された巨大な真紅のバラの花束からはむせるような匂いが香立っていた。そのきつい香にフレデリックは顔をしかめ左手のスイトピーに視線を送った。ピンク色のスイトピーはバラの香に当てられたのか最初見たときより心なしかしぼんでしまったように見えた。力なく小さく頷き続けているスイトピーの花をフレデリックは左手でそっと触って見た。フレデリックにはそのまま黄色く変色して枯れ散ってしまうその花の姿が容易に想像できた。触っていた左手でぐしゃっとスイトピーを握りつぶすとそのまま床へ投げ捨てた。病室の窓からは青く澄んだ空が広がりその空には白い昼間の月影がぽっかりと浮かんでいた。その月をみすえてフレデリックは一人心の中でつぶやいていた。

(私は負けない。全てを利用してでも這い上がり思うままに生きてみせる。)

フレデリックの視線の先には昔アメリカの森で出会った幼いシオンの笑顔が浮かび白い月と重なった。やがてだんだんとシオンの笑顔は薄れてもとの白い月だけがフレデリックを静かに見下ろしていた。

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