第38話 出会い
季節は移り、街を移動し自由人はほとんどあてと言うあても無くヤマトの残党の足跡を追っていた。追うと言っても散り散りになってしまった集団の足跡など簡単に解ろうはずも無くまたサイモンから帰国を許されない立場上、さ迷い歩くという表現の方が似つかわしいほど、ただどこということも無く捜索に歩いていた。自由人の見当としては紫音から黒鷹が離れるとは思えなかったので二人かもしくはそれに白虎と翁がついた四名でどこかへ潜伏しているものと思われたが他のヤマトの民も同じように二名~四名の組で皆同じ衣装でそれぞれ散っているようだった。噂をたどったところで女一人に男が三人または子供らしきものが三名と大人一人という足跡はどこからも聞こえてくる割に足跡を追えば追うほどその後どこへ行ったのか皆目見当がつかなかったのである。また赤羽がアメリカのフレデリックの屋敷で一応平穏な暮らしを送っているという安心感は自由人に大きく影響を及ぼしていた。つまり以前の緑尽たちを追い求めていたときの熱病のような執心する気持ちはすでに自由人の中には残っていなかったことも発見できない大きな原因の一つであったのだ。
この日自由人はアジア系の人間が多く集まっているという中華街へ足を運んでいた。ここ一年でこの街へ入ってきた、似たような親子がいるという当てにならない噂をたよりに期待することなくある中華料理店に立ち寄ったのだった。その店は暗く薄汚く今にも崩れ落ちそうに玄関の軒が斜めに傾いていた。大きな自由人が店に入ろうとすると暖簾がじゃまになった。左手でその暖簾をめくったが暖簾を触った手の甲には黒ずんだ油が付いてしまった。
「ちぇっ。」
自由人は手についた油を右手でふき取りながらかがみこんで店に入っていった。
「へい!いらしゃーい!」
奥から太った中年の女性が大声で自由人を招きいれた。十坪くらいの小さな店内だったが店自体は流行っているようで湯気が立ちのぼるそばをそれぞれのテーブルで客がすすりこんでいた。自由人が近くの席に付くとその中年の女は体を左右に揺らしながら自由人に近づき注文を聞いた。女の顔には鼻の頭と下に汗が浮かんでいた。自由人は隣の親父が食べているそばをチラリと横目で見て「あれとおなじもの」と注文をした。女は返事もせずにくるりと背を向けた。その時奥の厨房から小さな子供が飛び出してきた。厨房からは料理人らしき太った親父が「コラー!」と叫びながらその子を追いかけて出てきていた。子供はすばしっこく駆けずり回っていたがあっと言う間にその女の出っ張った腹めがけてぶつかり、しりもちをついた。女はまたかという表情を浮かべると子供つかむと脇に抱え奥へのしのしと歩き始めた。子供はどうにかしてそこから逃れようともがいている。珍しくも無い騒動に自由人は途中から目を伏せ近くにあった雑誌に目を向けていた。突然子供が女の腕に噛みつき「ギャー」という女の声と共に女は子供を放り出した。投げ出された子供は自由人の足元へ転がり込んできた。自由人の大きな靴にドンとその子はぶつかり、ぶつけた頭をさすりながら自由人を見上げた。自由人もその子に目をやった。その子供の顔を見た時自由人は自分の目を疑った。
「あ・・・赤羽・・・」
自由人は驚いて立ち上がりその子の顔をまじまじと見下ろしながら一人つぶやいた。顔は垢だらけで黒っぽく汚れていたがその子は黒い髪に負けん気の強い大きな二重の緑の瞳で自由人を見上げていた。赤羽とは顔立ちも違うのに一瞬見間違えたのはその子の持つ瞳の強さからだったのかもしれない。そんな自由人に構うことなく子供は自由人を押しやり、店の外に出ようと四つんばいになってあわてて這い出そうとしている。その背中を女が掴み持ち上げた。
「いいかげんにしなよ!どうやって鍵を開けたんだい!」
猫のように背中を掴んで持ち上げられている子供はジタバタしながら女を蹴ろうともがいている。もがきながらその子の目には悔しいのか涙が浮かんでいた。その子供の表情を見詰めながら自由人は少し冷静さを取り戻していた。
(似ている訳じゃない・・・顔立ちはまったく違うがあの眼差しの強さでそう思っただけだ。)
「まったく!とんだものを買っちまったよ!」
女はぶつぶつ文句を言いながら今度は噛まれない様に子供の背中を掴んでぶら下げたまま店の奥に消えていった。女はすぐに自由人の注文したそばをもって出てくると自由人のテーブルにドンと汁がこぼれるくらい大きな音をたてて椀を置いた。自由人は自分の胸に少しかかったそばの汁を右手で払いながら女に尋ねた。
「今のはあんたの子供か?」
女は無表情に振り向くと肉で造作が埋もれて糸のように見える目で自由人を見下ろして言った。
「冗談じゃないよ。あんな口もきけないような子。よく働くっていうんでだまされて買ったのさ!まったく返そうにも売人も逃げちまっててとんだ災難だったよ。ありゃあ単なるごくつぶしさ!」
そう言うと怒りがこみ上げたのか女はくるりと背を向けてすばやく店の奥に立ち去った。あまりおいしくもなさそうなそばを一口すすりながら自由人は考えていた。
(黒い髪も緑色の目も今のアメリカではさほど珍しいものではない・・・が口が利けないと言う不具は偶然だろうか?ヤマトの民は昔ミコを作り出すためにその特徴が少しでもあるもの同士を掛け合わせ血を濃くしていったと言う。その弊害で今でも時々目が見えなかったり口が利けなかったり耳が聞こえなかったりという体の一部に不具がある子供がうまれる確立が高いという話を翁から聞いたことがある。そして弊害を持った子こそ弊害を補うが為のミコの能力を持つ可能性も高くなると・・・馬鹿な・・・あまりにヤマトの残党に対する情報が無いために俺はこじつけて考えているだけなのかも知れない・・・ここはこれ以上深入りするのはやめた方がよさそうだ・・・)
自由人はそばをかき込むと小銭をなげて店を出た。秋も深まっていた。店を出た自由人の顔に風が当たり自由人は思わず羽織っていた上着の胸元を左手で掴んだ。少し歩いて店から離れたがやはり気になって店の方を振り返った。店の脇には小さな路地がありそこから店の裏手に抜けれるようになっている。しばらくその路地を眺めていた自由人だったがひとつため息をつくとその路地の方へむけて歩き出した。
店の裏手にまわると母屋と対面する格好でさらに小汚い鳥小屋があった。その小屋に数羽の鶏が飼われており羽音とともにケッケッグオッ!コッ!鳴き声が聞こえてきた。鳥小屋の中にはさっきの子供がはだしの足に足かせをはめられ鎖でつながれていた。小屋の隅で膝を抱えて、その膝の中に顔をうずめて小さくうずくまっているその姿はなんとも哀れで秋の夕暮れの枯れ葉が舞う中、さすがの自由人も同情の念を隠せなかった。自由人はあたりを伺い人目に付かないようかがんで小走りに近づくと木陰に隠れてその子が見える位置まで移動した。
「パチン」
自由人が指を鳴らすとその子はびくっと顔を上げた。音のする方へ目をやると少しおびえた表情になった。自由人は何か懐かせるものはないかと自分のポケットを探った。上着のポケットからズボンのポケットまで探したがあいにく自由人が子供の喜びそうなものを持っているはずも無く出てきたのは軍との通信用に使用する機器だけだった。その機械を目にして自由人はひらめいた。液晶の画面になっているところにペンで文字や絵が書けるのだ。自由人は「名前は?」と描くとその機械をその子に向けて印籠のようにかざして手招きした。なにやら珍しいものをかざしている大きな男にその子は興味をもったらしく恐る恐る近づいてきた。足に繋がれた鎖は未だ自由人の方へ近づく余裕があったが恐いのか一定の距離を保った地点で子供は足を止めた。しかし小屋の端まで来ると自由人の描いていることが読めたらしく地面に指で文字を書いた。その文字を見た自由人の目は明るく輝いた。鳥小屋の地面には「地黄」と書かれていた。
(チャイニーズかもしれないな・・・)
そう思った自由人は少し意地悪に今度は画面に「ちき?」とひらがなで書いて機器をかざして見せた。
(ヤマトでないとひらがなは読めないからな・・・しかし五歳?六歳か?ヤマトだったとしても早くから親と死に分かれていれば読み書きは習っていないかもしれないが・・・)
自由人が思案をめぐらせている間にその子は画面を見入り、目を大きく見開いた。しばらくその大きな瞳をさらに大きく見開いたままで自由人の顔を見詰めていたがやがて立ち上がると足かせの鎖がぴーんといっぱいに張り詰めるまで自由人方へ近づいてきた。ゆっくりとしゃがみこむと地面に大きく「ちおう」とひらがなで書いた。今度は自由人が驚く番だった。大きな体格の自由人とその半分にも満たない小さな地黄、両者は檻の網目越しに対面してしゃがみこんでいた。その対面したどちらの顔にも驚きと同時に不安そして少しの疑心を混ぜ合わせた表情が浮かんでいた。自由人は少しの間自分と同じ感情を浮かべて動けなくなっている地黄の姿を見詰めていたがその瞳に自由人の視点が交錯した瞬間に心を決めた。自由人はすかさず手持ちの道具で檻の簡単な鍵をはずし小屋の中に入ると地黄の足かせの鍵もはずした。恐がるかと思ったが足かせをはずしてもらう間地黄はおとなしく立ち上がりかがんでいる大きな自由人の肩に右手を置いて鍵がはずしやすいように自由人の方へ片足づつ交互に上げて立っていた。自由人は「行くか?」と大きく口を開いて読み取れるように言った。地黄も心を決めたらしくコクリと頷いた。自由人は地黄をかかえるとすばやくその場から姿を消した。後には扉の開きかけた鳥小屋の中で出ていいものか迷っている鶏の群れがせわしなく鳴き声を立てていた。小屋を出かけてまた引き返す鳥も入れば扉が開いていることも解らないまま必死にえさをついばんでいる鳥もいた。一陣の木枯らしが小屋の扉を再び閉じると同時にその前で地面の木の葉が円を描いて舞っていた。
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