栄光の地層

絵空こそら

栄光の地層

 君の心臓が、チョコ発見器だったらいいのに。

 なんて思うわけ、猛烈に。

 君がわたしのスクールバッグを指差して、「それ、俺宛でしょ?」と完璧な笑顔で言い、わたしは「見つかっちゃったかあ」と言って「隠してたけどばれたんじゃしょうがないね」という降参だか照れだかの表情を浮かべてさえいればいい。そして不格好な包装紙を、颯爽と攫っていくのだ、君は。現実がそうであったなら、どんなに楽だろう。

 妄想とは裏腹に、チョコはわたしのスクールバッグの中の教科書だの、見栄の詰まったポーチだのの下に埋もれている。齢半日のその地層は、君の瞳に触れることはない。スクールバッグだって従兄弟のおさがりのぼろだし、その中にあんな素敵なチョコが入ってるなんて誰もわからないわけだ。

 胡乱な目で前方の席を見やると、君への贈り物は止まることを知らず。すでに君は置き勉を決意したらしく、シンプルな黒いリュックサックの中には次々とチョコばかりが積もっていく。あのチョコの地層の中に、どさくさに紛れてわたしも、放り込んでしまおうか。でも、あの層のひとつになりたいような、なりたくないような。

 わたしが外面だけは澄まして、悶々としているうち、君はさっさと教室を出て行ってしまった。君はチョコ発見器に向いてない。いつでも貰えるものを、わざわざ探したりはしないんだろう。


 帰り道、君が前を歩いていた。わたしより先に教室を出たくせに、色んな意味で重いリュックを背負い、紙袋を引っ提げて、ふらふらと歩いている。心臓がばくばくと高鳴る。もうこの際、地層のひとつでもいい。君にこの心臓をあげたい。

「あ、あのッ」

 上擦る声、振り向く君。近づこうと踏み出した瞬間、何かがバッグから落ちた。

 乾いた音を立てて、コンクリートに紙箱がぶつかる。赤いハート型のそれは真ん中から割れて、個包装色とりどりの銀紙を散らす。なんだこれ。わたしも呆然、君も呆然。ころころと転がってきた銀紙くんが、夕日を反射して足元で止まる。

「これ、俺宛?」

 君は目を丸くして言う。

「ちがう」

 スクールバッグだ。あまりにもぼろすぎてちょっと下部が裂けていたのだ。なぜ筆箱やポーチではなく、よりによってこれを。わたしは泣きたくなってしまった。

「そっか」

 君はしゃがんで、ひとつずつ銀紙入りの球体を拾いだした。その姿を見れば、誰だって彼が貰ったチョコの量に納得がいくだろう。赤い箱にぽとぽと入れて、そっと差し出される。

「はい」

 その百点満点の笑顔に、やはりわたしは泣きそうになる。

「やっぱり君の」

「え?」

「君にあげたかったけど、落としちゃった」

 君はきょとんとした顔で、「やっぱり、俺宛?」と言っている。そして一個の包装紙をひらくと、中身をころんと口に放った。

「あ、汚いよ……」

「らいりょぶ、ふふんであったはら」

 大丈夫、包んであったから、と言ったのかもしれない。君は咀嚼し、うんうんと頷いて、チョコを飲み込んだ。

「おいしい、ありがとう」

 君は笑った。夕日の中で、百点満点の笑顔で。

 そして颯爽と歩いていく。手には赤いハートの箱。リュックの地層にも、紙袋の地層にも属さない、赤い箱。

 わたしは再び心を射抜かれたように、くらくらと眩暈がした。

 やっぱり君は優秀なチョコ発見器なのかも。言葉以上に詰め込んだわたしの想いを、見つけてくれた。

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栄光の地層 絵空こそら @hiidurutokorono

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