この戦艦には喫煙所が無い
「え……そん……時緒くん……目……」
あんなに、嬉しそうだった真琴の声が、か細くなっていく……。
時緒は――しまった――と、悔いた。
目が視えなくなっても、真琴がどんな顔をしているか、気迫を感知して分かってしまう。
真琴だけではない。圭院に茂人や整備班……周囲の人たちからも、深い悲しみが、ひしひしと感じてしまう。
「ト、トキオ~~……」
「時緒兄ちゃん……」
ティセリアが泣きそうな声を出して、時緒の脚から降りた。修二も頭から降りてしまった。
――不味い!
時緒は焦燥に駆られた。
折角の再会なのに、もっとざっくばらんに接して欲しいのに。
目が視えなくなったくらいで無駄にされては堪らない。愚考ではあるが、時緒は心底そう思ってしまった。
「いや!確かに目は視えませんが……視えませんが!捕まってた間に鍛えまして!さっきも僕の戦い見たでしょ!?ほら全然この通り!」
時緒は、ティセリア、修二、ゆきえの周囲を三周ほど走り回って見せる。日常生活に支障が無いことをアピールする。
事実、時緒の今の気配察知、空間把握能力を以てすれば、造作もない。
時緒は両手を広げて、笑った。
「どうです!?」
「「……………………」」
しかし、周囲の面々の悲壮感は、拭えない。
寧ろ、雰囲気が更に張り詰めた感じがする。
「お前、もう無理しなくて良いんだよ……!」
茂人の震える涙声が、格納庫の雰囲気を更に重くした。
「無理なんて…………」
時緒が
「ぅ…………!」
時緒失明のショックに真琴は失神し、直立体勢のまま昏倒した。
「真琴!?真琴ッ!!」
白目を剥いた真琴を、時緒は慌てて担ぎ上げる。
「ぅぅ……時緒くんが……ぅぅ」
真琴はうなされていて、起きる気配が無い。
「圭院先生!真琴を早く手当てしてあげてください!!」
「お前も行くんだよ医務室!!」
「だから僕は目ぇ以外ピンピンしてるんですよ!!」
「その目が大問題だっつってんだろ!お前が最優先だ!!」
「嫌だァ!真琴が最優先なんだァ!!」
「整備班!この
「「合点!!」」
「トキオ~~……ケインしぇんしぇの言うこと聞いたほうがいいうゆ~~……」
整備班たちや、ティセリアを先頭にしたチビッ子たちに半ば羽交い締めにされて、時緒はエレベーターに乗せられた。
勿論、真琴もリースンとコーコに介抱されて、エレベーターに同乗する。
音もなくエレベーターの扉が閉まり、格納庫は、ひっそりと静まりかえった……。
「やはり、
「はい」
時緒たちの一部始終を、大竹は渡辺と共に遠巻きに眺めていた。
大竹は、時緒には驚かされてばかりだった。
エクスレイガの、あの冴えきった剣戟――!
視力を失っても尚、立ち上がった闘志――!
囚われていた時も泣き言一つ言わずにただ耐えて偲んだ、不屈の精神を持ちながら、ひとたび戦いを終えれば、年相応の無邪気さを見せる。
そんな時緒が――
「面白いでしょう?」
突如聞こえた女の声が、大竹の心情を代弁した。
着物姿が美しい、長い黒髪妙齢の女が、大竹に近付いてくる。
文子だった。
「全く嫌になるわこの
文子は火の点いていない煙草を咥えながら、大竹に向かって掌を差し出し、ニヤリと笑った。
「イナ特オブザーバーの平沢 文子です。時緒ちゃんを助けてくれてありがとう。あの子のアホな母親の代わりにお礼を言っておくわ」
「あの時の、エムレイガの……!」
エクスレイガの援護に現れた、エムレイガのパイロット!
大竹は、迷いなく文子の掌を握った。
握手しただけで、大竹は文子を理解する。
文子も、大竹を理解する。
「貴女、強いですね。うちの妻と同じくらい」
「貴方こそ。私の旦那と同じくらい……ハンサム加減じゃあ旦那の方がずば抜けてるけど」
軽快に、文子は笑う。
大竹は若干、表情を暗くした。ハンサム加減を比べられた訳ではない。
「先刻の……自爆したエムレイガ……。もしやあの騎体には……」
「ええ、私の旦那よ」
大竹の表情が、更に険しくなり、文子は更に笑った。
「ヤダ、ルリアリウムの効果を忘れてないわよね?死んでないから安心してよ!……ちょっと仕事が出来たから、別行動だけど……」
「……そうでした。いや、お恥ずかしい」
気恥ずかしく、大竹は後頭部を掻いた。
掻きながら、大竹は文子に、妻の美奈代の面影を重ねてしまう。
――美奈代、優花、無事でいてくれ……!
家族とまた会えることを信じて、大竹はイナワシロ特防隊と行動を共にすることを決意する。
「おや……?」
……ふと、キャットウォークの彼方から、人影が歩いて来るのを渡辺が気付き、大竹が続いて視認する。
「お前……」
よく生きていた。
助けてくれてありがとう。
何故、音信不通のままだった。
何故、何も相談してくれなかった。
嬉しいやら……腹立たしいやら……複雑な気持ちが大竹の内に、たちまち広まっていく。
「よォ、オッさん……渡辺も、久しぶり……」
人影――樋田が、大竹に向かって弱々しく掌を掲げた。
「樋田……!」
樋田と再会出来て、嬉しくない訳がない!
しかし……しかし!
あれだけ心配を掛けさせやがって……!
感情を抑えることが出来ず、大竹は――
「この……馬鹿野郎……ッ!!」
樋田の、端正かつ野性的な顔に、大竹の拳がめり込んだ――!
※※※※
ほぼ、同時刻。天栄村――
「…………」
惰眠から覚めた華の女子高生、大竹 優花は、唖然とした。
この、高級リゾートホテルの一室。ベッドから起きて、ダイニングルームに続く扉を開ければ、大好きな父と母と、お洒落な英国風
「これでおしまいかしら?もう少し粘ってくれないとつまらないわ」
「か、勘弁……して……ください」
優しくて美人で料理上手な母が……。
いつもおっとり……おっとり過ぎて心配に思っていた母、美奈代が――
「本当に今の防衛軍は質が落ちてるわね。指揮官は何をしているの?もっと抗いなさいな。そして私を興奮させなさいな。フフ……フハハハハハハハ……!」
二メートル近いスーツ姿の男の首根を細い片手で掴み上げ、高らかな笑い声をあげていた。
続く
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