パラダイス=リゲインド



 呼び鈴が鳴った……。



 ホテルの客室で優雅な朝のミルクティーを嗜んでいた大竹 美奈代は、嬉々として顔を上げる。



「あら、ご到着かしら……?」



 飲み干したティーカップをテーブルに置いて、美奈代は玄関へと向かう。


 その歩調は少女のように……態とらしく軽快である。


 娘の優花は今も寝室で爆睡中だ。夜中まで動画配信ゆきえちゃんねるを観ていたらしい。


 呼び鈴は今もしつこく鳴り続けている。



「はいはい、どちら様ですか~~?」



 美奈代はドアを開ける。


 黒いスーツ姿、サングラスを掛けた屈強な大男が三人、立っていた。


 三人とも、身長は二メートルほどだろう。見るからに威圧感をアピールしていたので、美奈代は彼らの期待に応えて、「ひっ……!」と小さく悲鳴をあげて見せた。



「失礼ですが……大竹特務三佐の奥方様でいらっしゃいますか?」

「な、何なんですか!?貴方たちは!?」



 突然の訪問者に怯える、何も知らないを、美奈代は懸命に演じる。


 とても、とても楽しい。学生時代に戻った様で、心が踊った。



「旦那様のことでお話があります。誠に申し訳ありませんが、ふくしま宇宙港の防衛軍基地まで御同行願います」

「裕二さん!?夫に何があったんです!?」

「機密事項なので此処では言い兼ねます。時間がありません。どうかお急ぎください」



 黒服の男のうち一人が、美奈代の白い腕を強く掴んだ。


 この時点で正当防衛が……反撃が充分成り立つ……が。



 ――だ、駄目よ。まだ笑っちゃ駄目。こらえるのよ美奈代わたし。し、しかし……!



 役者魂に火が着いた美奈代は、高揚を懸命に抑えて演技を続ける。



「い、嫌っ!?何をするの離してっ!隣で娘が寝ているのよっ!?」

「失礼奥さん、多少強引な手を使っても構わないと、上の方から言われていまして……!」



 怯える(フリの)美奈代を見て、黒服は嗤い、客室の中へと美奈代の身体を押し付けた。


 黒服の仲間たちもニヤニヤと嗤い出し、首もとのネクタイを緩める。



「美人だとは聞いていたが、こりゃ予想以上の上玉じゃねえか」

「恨むんなら捕虜連れて逃げたアンタの亭主を恨むんだな」

「高価なホテルだ。防音もしっかりしてるだろ。多少乱れても外に聞こえやしないよ……なァ?」



 美奈代を客室内で取り囲んで、捕食者の余裕を見せる黒服たち……。


 だが――



「……そう。裕二さんはちゃんと達成したのね……」



 黒服たちの言葉から、夫が無事少年を連れ出せたことを、美奈代は確信した。



 ――嗚呼!もう無理ッ我慢できないッ!裕二さん私もう駄目ッ!節操のないわたしを許してッ!!



 嬉しさのあまり、美奈代は我慢の枷を解いた。




「腕の掴み方がなっていないな。失格」

「え――?」



 急に、美奈代の気迫と声が、重く、低く、変わる……。


 状況変化に脳が追い付かない、黒服たちは下品な笑顔のまま、硬直した。



「貴様らの身をもって教えてやろう。掴み方が緩いと……

「え――?」



 次の瞬間、美奈代の腕を掴んでいた黒服の巨躯は宙高く放り投げられていた。


 美奈代の細い片腕一本に、容易く投げ飛ばされていたのだ。



「おやおやどうした現役おまえたち?体幹がまるでなっていないな?」



 放られた黒服は自由落下の果て、悲鳴をあげる暇もなく床に頭から墜落して、昏倒した。


 先ほどまで怯えきっていた筈の人妻が……?他の黒服二名の顔が、サッと青ざめる。



「……まぁ良い、今日の私は機嫌が良い。情報部特殊部隊われわれの格闘術を、特別に無料でレクチャーしてやろう」



 瞳をぎらつかせて、今度は美奈代が嗤う。







 ※※※※




「いい加減に……しろ!」



 大竹の一号騎のビームに頭を弾き飛ばされ、追撃隊のK.M.X がまた一騎、山肌へと落下していく。



「渡辺、大丈夫か?」



 大竹は操縦桿型オブジェを握り締める。その顔には、若干の疲労が滲んでいる。



『まだまだやれますよ……と言いたいところですが……少々キツくなってきましたね……』



 通信機から聞こえる渡辺の声も抑揚が無くなって来ている。





 郡山から離脱して三十分。大竹の一号騎と渡辺の四号騎は磐梯熱海の山あいを飛行していた。


 その間、K.M.X小隊の追撃を何度か受けた。


 大竹たちに休息を与えぬように、分散させて二度、三度――。


 お陰でひとっ飛びだった筈の郡山と猪苗代の間に三十分も掛かり、騎体マシンの動力源である大竹たちの精神力も、心もと無くなって来ている。



「追撃のやり方が嫌らしいな。渡辺、樋田の反応は?」

『後方約2キロ、安子ヶ島近辺で別の追撃隊と交戦中』

「……久富を下したのか」



 大竹は久富を心苦しく思った。


 覚悟していたとはいえ、慕ってくれた部下を、その信頼を裏切るのは、まさに断腸の思いだった。



「大竹さん……!」



 コクピットシートの後ろから、眉をひそませた時緒が顔を覗かせる。



「このままじゃ大竹さんたちの身体が保ちません。何処かに隠れて一旦休息しましょう!それか……僕を置いて……!」



 時緒の提案に、大竹は即座に首を横に振った。



「どちらも出来ないな。しかも後者は論外だ」

「ここが磐梯熱海なら大丈夫、あとは歩いてでも行けます……!」

「もしここで君を放り出したら、俺は全世界のお父さんから軽蔑をされるだろう。俺を信じて送り出した妻や、俺に君を預けてくれたハルナ君にも申し訳が立たん」

「大竹さん……!」



 悲痛な顔をする時緒、その肩を、大竹は優しく叩いて見せる。



「心配してくれるか。ありがとう……!」



 大竹はコクピットスクリーンを見る。



「お陰で精神力やる気が幾分か回復した!なぁ渡辺……!」

『いやはや、逆に助けられましたよ。椎名少年』



 山と山の裾間から、光輝く水面が見える。


 猪苗代湖だ。


 終着点ゴールまで、あと少し――。



「大竹さん!来ます!!」



 時緒が叫ぶ。


 次いで、コクピットのアラームが鳴る。


 進行方向上、距離にして二○○メートル先、中山城跡の森林から五体の巨人が宙へと飛び出して来た


 制式量産型のK.M.X。猪苗代に駐留していた部隊だ。



「待ち伏せか!」



 あと少しなのに!大竹が心底で悪態を吐いた。


 再び、アラームが鳴る。



『隊長、3時の方角にルリアリウム反応!』

「数は!?」

『1……ですが大きい……!戦艦クラスです!!』

「何……!?」




 一号騎の真上を、ビームの奔流が灼いた。


 回避行動を取りながら、大竹は北の方角を睨む。


 山の頂の遥か彼方に、空飛ぶ空母の、巨大な艦体が……。


 あれは――!



「松風……!呼び寄せたのか!!」





 続く

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