第二十九章 浮上!アイズ=ネクスト

火を点けろ!



 老人おとこは歩く。


 薄暗い通路に、新調した革靴の音が鳴り響く。


 やがて老人おとこは通路から広い空間へと出る。整備ドックだ。



「時緒が帰って来るぞ!」

「時緒が……!」

「遂に帰って来るんってんだよ!!」

「余計な防衛軍ヤツらまで付いて来てるってよ!」

「面白ぇ……今までの鬱屈を晴らしてやるぜ!」

「エクスレイガに炉を入れろ!俺らの精神力でもアイドリング状態まで持っていける筈だ!!」

「寂しい思いさせた時緒に冷たい騎体マシンに乗せる訳にはいかねぇからな!」

「ハハッ!違いねぇ!!」



 整備ドックの中は男たちの熱気に包まれていた。


 イナワシロ特防隊の整備班たちが工具やら巨大なケーブルやらを手に、ドック中を忙しなく往来している。


 煤にまみれた作業着が、彼らの仕事に対する覚悟と情熱を物語っていた。


 彼らの内の一人、丸眼鏡の男――整備班長である茅原 茂人が老人おとこの姿を視認した。



「艦長殿にッ!礼~~~~ッ!!」



 茂人の号令に、ドック内の全ての人間が皆一斉に、老人おとこに向かって頭を下げる。



「儂は新参者、礼は無用。諸君らは自分の仕事だけに集中したまえ」



 老人おとこに、茂人が小走りで近付く。



「遂にこの時が来たんですね……!」

「うむ、猪苗代町りくで防衛軍が好き勝手やってる中、皆よくぞ耐えてくれた……!」



 老人おとこの労いに、茂人たちは俯き、黄ばんだ袖で溢れる涙を拭った。



「このくらい……時緒や……芽依子タンの苦しみに比べたら……!」



 肩を震わせる茂人の肩を、老人おとこは強く、二度叩く。


 老人おとこの通って来た通路から、更に人影が三つ、現れる。


 猪苗代町町長の麻生 彰。


 整備班の上役、牧 森一郎。


 医者の甲斐 圭院だ。



「……キャスリンから連絡が入りました。」



 老人おとこに向かって、麻生が重苦しそうに口を開く。



「時緒を乗せているというロボットたちは、防衛軍の追撃隊と交戦しながら現在磐梯熱海近辺を移動中とのこと」

「猪苗代へ到着するのは……長めに見積もってあと三十分という所ですかな?」

「ええ……」



 老人おとこは麻生が頷くのを確認すると、麻生の横に立つ牧に視線を向けた。



「牧君、ふねの方は?」

「艤装は完了、うちの若い衆が頑張ってくれました。< HハイパーLルリアリウムBバスターキャノン >の照準システムに僅かな誤差が出ていますが、視力に自信のある人物が砲術士として名乗り出ました。マニュアルでも当てられますよ」



 牧の力強い首肯を皮切りに、老人おとこたちは天を仰ぐ。


 全長三五○メートル。あまりに巨大で、ドックの風景に溶け込んでいたが……。


 鋭い矢尻のようなシルエットに流線型の艦橋、数多の砲台を備えた……が、其処に存在していた。



「< アイズ=ネクスト >……」



 新たな愛艦の銘を呟く老人おとこに、圭院は頼む。



「お願いします、ぶちかましてやってください!!!」



 老人おとこは――神宮寺 喜八郎は親指を立てて見せる。



「隠居生活ヒマなんだもん!お爺ちゃん頑張っちゃうもんね!!」



 火が点いた心イグナイテッドは、もう止まらない。


 喜八郎は声高に宣言した。



「各員乗船せよ!アイズ=ネクストは三十分後に出撃する!時緒坊を盛大に迎えてやろう!!」






 ※※※※







「まさか、姉御がルーリアの人……!」



 飛行するリタルダのコクピット内。ノブは、肩車しているティセリアの顔を見上げる。


 ティセリアは地球人の擬態を解き、狐めいた耳を上下に揺らしながら、ヘアジェルで逆立たせたノブの黒髪をつついていた。



「ノブちゃん、あたしがルーリア人でびっくりしたうゆ?怖いうゆ?」



 ノブは驚いた顔をして首を横に振る。



「なんで俺が恩人の姉御を怖がんなきゃならねんです?姉御は姉御でしょ!?」

「良かったゆ!」

「しかし、ただのルーリア人じゃなくて……やんごとなきお姫様なんてよ……!流石は姉御!常に俺たちの想像を凌駕してくれるぜっ!!」



 ノブは豪快に笑った。ティセリアも安心して笑った。



「…………」



 ふと、ノブは自分に対する視線に気付く。


 操縦席のリースンとコーコが、目を丸くしてノブを見ていた。



「失礼ですが……ティセリア様とはどういったご関係で?」



 リースンの質問に、ノブは少し間を置いて、しみじみとコクピットの天井を見上げながら――



「俺は……俺たちは……姉御に救われたんです。つまらねぇ小悪党だった俺たちは防衛軍に面白半分にちょっかいを出して、袋叩きにされて……!ティセリアの姉御が身を呈して……助けてくれたんですぅ……!」



 その時のことを思い出して、ノブの声は段々と涙声になっていった。



「姉御のお陰で……俺たちは今や立派なリガ・イナワシロの一員……!少しでも姉御たちに恩を返すべく!微力ながら芽依子さんに直談判してこうして馳せ参じた次第ですぅ!!」

「そう言えばノブちゃん、ノブちゃんの子分ちゃんたちは元気うゆ?」

「元気っすぅ!!皆別の任務があるので離れ離れですが、姉御に会いたがってますぅ!!」



 感涙を流しながら力説するノブに気圧されて、



「「はぁ……」」



 リースンとコーコは気の抜けた返事をするしかなかった。


 二人は、ノブの足下で胸を張るティセリアを見ながら思う。



 ――……ティセリア様、変な地球人おともだち作るの、そろそろやめて欲しいわ……。


 ――マサフミさんとカナミさんでもう充分なのに……。






 ティセリアとノブの笑い声を聞きながら、真琴はコクピットスクリーンに映る青空を眺めた。


 あの空の何処かに時緒がいる。


 多分、いや必ず、猪苗代に向かっている。


 早く……早く会いたい……が。



 ――芽依子ちゃん……。



 時緒とは別に、悲しい顔をする芽依子の顔が、真琴の脳裏にちらついた。


 先ほどの、修二の言葉に動揺したあの芽依子の顔が……。



 ――浅はかだなぁ……。



 真琴は自分の頬をつねる。


 冷酷な言葉を吐かれ、利用されて……。恨みすら抱いたというのに。


 自分たちにノブを押し付け、何処かへと姿を隠した芽依子……。


 あの寂しげな背中を見た途端に、コロリと掌を返して芽依子を憐憫に思う真琴じぶんがいるのだ。


 冷静な頭で考えれば直ぐに分かることだ。


 時緒がいなくなって、芽依子がどんなに悲しんだか……。


 何を隠そう、自分だって同じだ。


 形と意思は違えど、ティセリアの臨駆士リアゼイターとしての力を利用しているのは自分だって同じなのだ。


 時緒と己のことしか考えてなかったのは、自分だって同じのだ。


 芽依子と真琴じぶんは、同じ穴のムジナなのだ。



 ――……浅はかだなぁ!



 自分が恥ずかしくなって、真琴はコクピットのフレームに頭をぶつけた。


 ガン!予想以上に大きな音がした。



「……大丈夫?絆創膏あるから貼る?」

「…………」



 近くにいた修二と、車酔いならぬロボット酔いをして顔面蒼白のゆきえが、痛みにうずくまる真琴を眺めていた。




 続く


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