愛、燦々と……
『彼』はいつも
まるで導くように、何の迷いも無く、『彼』の駆るサンダーウイングは力強く飛んでいた。
久富 俊樹が敬愛を抱くのに、そう時間は掛からなかった。
『彼』と共に飛ぶと、まるで手を優しく引かれているような、安心感があった。
久富が防衛軍の航空隊に着任して一年目の夏。
久富の姉が死んだ。
亡き両親の遺した、経営難の風鈴工房を立て直そうとして、借金を返そうと昼も夜も働いていた姉……。
疲労で横断歩道へと倒れ込んだ彼女を、トラックが無惨に轢き潰した。
久富の手に遺されたのは、伽藍とした生家と、生前の姉が作った風鈴が寂しく鳴る工房と、借金を完済しても残るほど不自然なまでに高額な生命保険金だった……。
事故死なのか、事故死に見せかけた自殺だったのか……。
久富の軍への入隊動機には、軍故の高給金で借金を完済し、姉を楽にさせることも含まれていた。それなのに……。
優しかった姉は、恥知らずのままに死んで、いなくなった。
言いようの無いの哀しみ、苛立ち、恐怖にも似た孤独感。
「話は聞いている。辛かったな」
そんな久富が葬儀を終えて基地に戻ると、『彼』はいの一番に出迎えた。
常に真正面を見据えていた鋭い表情を、今にも泣き出しそうな苦笑に変えて……。
「よく戻って来てくれた。ありがとう」
そう言って、『彼』は久富に向かって頭を下げる。
……用事が済めば復隊するのは当たり前なのに、何故頭まで下げる?
そんな『彼』の姿が、休暇で帰る度によく最寄りの駅まで迎えに来てくれた姉と被った。
葬儀で出しきった筈の涙が、また、溢れて来た。
それからよく、『彼』は久富を家に招いてくれた。
『彼』の美しい妻君の振る舞う料理は暖かくて、この上無く美味だった。
『彼』の可愛い愛娘はよく笑って、まるで年の離れた妹が出来たようだった。
『異性を愛することが出来ない』久富の性分を、『彼』は理解し、これまでの教師や学友のような好奇な目で見ることはせず、接してくれた。
久富は、孤独ではなかった。
『彼』が、その存在が、久富から孤独を拭い去ってくれた。
今日も『彼』は
久富の愛した男が、蒼穹に鉄の翼を広げる。
久富もまた、『彼』を追いかける。
後々分かったことだが、『彼』は決して久富を特別扱いをしていなかった。
身内に不幸があった者を出迎え、戻って来たことに感謝するのは、『彼』にとって毎度普通のことであったらしい。
――それでも構わない。
愛した動機など、今となってはどうでも良い。
久富にとって『彼』に会えたことが僥倖で、『彼』と共に飛べることが幸福なのだ。
全ては『彼』の……大竹 裕二の輝かしい栄光の為に、軍人としての使命に殉じるのだ。
それなのに、それなのに――。
※※※※
K.M.X二号騎が、駅前ビルの壁を蹴って飛翔する。
渡辺の四号騎がディゾルバーを構えたので、大竹は乗騎の
「良い。俺が相手する」
『分かりました』
四号騎が一歩、後退した。
次の瞬間、衝撃に一号騎のコクピットが揺れる。
二号騎の両腕が、一号騎の肩をがっきと掴んでいた。
大竹の目の前に、立体ウインドーが投影される。接触回線だ。
『隊長……!お戻り下さい……っ!』
案の定、久富だった。
眼鏡の奥の、怜悧さが漂う目尻が腫れている。
大竹の芯を、罪悪の念が噛んだ。
『隊長……叛乱なんて……嘘ですよね……!?』
すがるような声音の久富に、
「本当だ」
大竹はきっぱりと断言する。
ウインドーの中の久富の顔から、血の気が引いた。
「……俺は今の軍に正義を見出だせない」
『そんな……!?』
「だから、俺は行動する。これは俺のエゴだ」
自分の行動動機に時緒の名前を出さなかったのは、大竹なりのけじめだった。子どもに責任を押し付けたくなかった。
そして……実直な久富を、巻き込みたくなかった。
「久富……お前は退け!」
『……!!』
だから、大竹は言う。
その言葉が、久富の敬愛を拒絶することになるなど……。
「お前は俺に関わってはいけない……!お前ほどの実力者が軍に残って……いずれ内から――」
『い、嫌です!!』
途端、二号騎の出力が上がった。
押し込まれそうになるのを、大竹は堪える。
『隊長!貴方を連れ戻します!軍に必要なのは自分じゃない!貴方だッ!!』
「ッ……!」
一号騎の
「俺は戻るなど……出来ない……ッ!」
一号騎の屈強な両腕が二号騎を持ち上げ、二号騎自体の慣性の勢いを生かしたままに放り投げた。
綺麗な大外刈だ!
二号騎の巨体が郡山の宙に弧を描く。
そのまま、二号騎はバスターミナルに叩き付け……られる前にスラスターを噴かして、空中で瞬間的に体勢を整えた。
久富は、諦めていなかった。
スラスター、
『一号騎を!無力化してでも!』
ライフル形態に変形させた二号騎のディゾルバー、その銃口にエネルギーが集束する。
対する一号騎はディゾルバーを背中に仕舞い、大腿部装甲内から取り出したビームナイフを、
『軍に!自分に必要なのは!隊長!貴方なんだァッ!!』
「久富……!」
ぶつかり合おうとする、
!!!!!!!!
二体の巨人の隙間を、一条のビームが遮った。
「な!?」
『誰だッ!?』
大竹と久富は同時に、互いに集中していた意識を周囲に向けた。
渡辺の四号騎は『休め』の姿勢のまま立っていた。彼ではない。
熊谷の五号騎は未だにビルの上で、どうしたら良いか分からずに内股でオロオロしている。彼でもない。
上空で旋回している追撃隊でもない。ビームは明らかに真横から飛んで来ていた。射撃角度が違い過ぎる。
ならば――?
『…………よう』
不意に――男の声が聞こえてきた。
この不遜な態度が伺える声色は……?
同時に、大竹は駅前商店街のアーケード上に、ヒト型の巨大なシルエットが起き上がるのを視界端に捉えた。
K.M.X……ではない。
騎体各所にK.M.Xの装甲を装着した、エムレイガだ。
『久しぶりだな、オッさん……』
大竹は驚いた。
間違いない。この声は……!
「お前……樋田か!?」
続く
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