真夜中の出撃




「あれはリースンの<リタルダ>うゆ!乗るの久しぶりゆ~~!!」



 ティセリアは修二とゆきえの手を引っ張って畦道を走り、ロボットの足下へとたどり着くと、その太い脚をするすると、まるでアスレチックのようによじ登っていった。



「ティセリアちゃん待って~~!」

「…………」



 修二とゆきえも、ティセリアに続く。


 ……だが。



「えと………………」



 真琴はロボットの足下で右往左往していた。


 ロボットの脚をよじ登るのは猪苗代での運動能力極めて平均値の真琴にとって不可能……ではないが、ティセリアたちのように大股広げながら……は、いくら真夜中とはいえ花も恥じらう年頃の真琴には、かなり恥ずかしい。


 すると――



『マコトさん、どうぞ!』



 ロボットは膝をついて、大きなマニピュレーターを真琴へと差し出した。










「このリタルダは、私たちがニアル・ヴィールの外壁に引っ掛かった宇宙ゴミや隕石を取り除く際に使用する作業用の軽騎甲士ナイアルドなんです。決闘用ではないですが、自衛用の最低限の武器はありますので、何かあったら全力で戦いますよ!」



 リースンの説明を聞きながら、真琴は今自分が居るロボット……リタルダのコクピット内を見渡した。


 操縦席はリースンの乗る前部座席、コーコの乗る後部座席から成る複座型だ。


 ロボットアニメ好きの時緒が見たら喜んだだろうと思って、真琴は酷く切なくなり、鼻の奥がツンと痛くなった。



「うゆ~~!真夜中の大作戦なのョ~~!!」

「すげ~~!ルーリアロボのコクピットだ~~!!」



 複座の操縦席を除いても、リタルダのコクピット内はティセリアと修二が走り回り、端でゆきえが寝転がれるほど広い。天井も高い。


 どうやら、リタルダのボディの大半が、コクピットブロックとなっているようだ。



「……流石にシーヴァンさんたちの騎体マシンや、トキオさんのエクスレイガと比べると流石に頼りないですが……」



 苦笑するリースンに、真琴は即座「いいえ!」と反論した。



「リースンさんたちが来なかったら、私たちは真っ昼間の電車とバスで……ゆきえちゃんの神通力ちから頼りで行くつもりでしたから……!本当に……助かりました……!」



 リースンやコーコに向かって何度も頭を下げながら。


 真琴は昼間のことを、思い出した……。





 ※※※※





「「トキオさん奪還作戦んんんん!?」」



 感極まったティセリアが口を滑らせた為、真琴は計画の全てを白状した。


 案の定、リースンとコーコは揃って驚き、その驚き顔は徐々に呆れ顔へと変わっていった。


 おしまいだと、真琴は思った。



「……私素人なんで、作戦内容はグダグダですが」

「グダグダ過ぎて笑えません。殆どユキエちゃんの神通力ちから頼りじゃないですか」



 リースンの言葉がチクリチクリと心に刺さる……。恥ずかしそうに身を縮める真琴の横で、



「うぎ~~!ゆきえは食べ過ぎだうゆ~~!!」

「……!~~!?」



 ティセリアとゆきえが最後のエキソンパイを取り合っていた。



「もしマコトさんの作戦が地球で言うところの映画ムービーならば、あまりの浅慮に開始5分で私は席を立っていたでしょう……」



 リースンはティセリアとゆきえからエキソンパイを取り上げ、綺麗に半分に割って二人に返すと、真琴が淹れたコーヒーを啜った。



「ああ美味し……。そんな危険な作戦に……ユキエちゃんは良いとして……ティセリア様は勿論のこと、マコトさん貴女まで行かせるなんて、私は絶対に看過出来ません!」



 何も言い返せず、真琴はただ無言で俯いた。


 当然だ。リースンはティセリアの侍女、保護者も同然である。リースンの気持ちを、真琴は痛いほど理解していた。


 ただ、無理無謀だと理解していても……。


 真琴は時緒を助けたかった……。


 誰も動けない、芽依子も信用出来なくなったこの猪苗代で、せめて自分が――!





「……ユキエちゃんの神通力ちからは最終手段として取っておいた方が良いでしょう。移動手段が地球の交通機関というのも頼りありません。




 …………。


 最初、真琴はリースンの言葉が理解出来なかった。


 移動手段を用意する……?


 反対されて、ティセリアを連れ戻されて終わりだと思った真琴は、おずおずとリースンを見上げた。


 リースンは、笑っていて――



「トキオさんにはヴィールツァンドからティセリア様を助けていただいた恩がありますし、マコトさんには今日こんにちまでティセリア様と過ごしてくださった恩があります。何もせず帰るなんて、ルーリア人としての矜持が許しません」



 そして、ゆっくりと椅子から立ち上がった。



「マコトさんの作戦に、



 リースンの断言に真琴は驚き、ティセリアは喜び跳ねた。



「リースン!リースンも来てくれるうゆ!?」

「ええ!勿論ですわ!一緒にトキオさんをお助けしましょう!!」




 ※※※※




「ね、ねぇリースン……?」



 リタルダの後部座席から機嫌を伺うように尋ねるコーコに、リースンは「何?」と振り返る。



「リタルダはリースン一人でも動かせるし……マコトさんだっているし……一人くらい連絡係でイナワシロに残った方が良いんじゃないかしら?」

「…………」

「例えば私が……イオリ様のお家に待機し」

「ダメに決まってるでしょ。貴女も行くの」



 提案……に見せかけた下心をリースンに却下され、コーコは「デスヨネェ……」と後部座席に沈み込んだ。



「まったく……私だってシーヴァンさんと離れ離れなのに……!一人だけ良い思いなんてさせないんだから……!」



 リースンが小さく呟くと、ティセリアがやって来てリースンの侍女服の袖を引っ張った。



「そういえばリースン?シーヴァンたちは元気ゆ?」



 首を傾げるティセリアに、リースンは微笑みを向けた。



「元気ですよ。今は総騎士団長からの勅命を受けて別行動をしています」

「うゆ?ダイガおじちゃま?」

「はい……シーヴァンさんたちも皆、トキオさんを思って行動しています。ティセリア様と同じですね!」



 ティセリアは嬉しそうに、頭の狐めいた獣耳を揺らすと、傍らの真琴にしがみついた。



「マコト!リースン!みんな行くうゆ!トキオをお助けするのョ!」

「うん……!リースンさん、お願いします!」

「はい!リタルダを発進させます!安全飛行を心がけますので、宜しく!」



 リースンが操縦席横の水晶に手を置いて、水晶内部のルリアリウムに精神力を流し込む。


 浮遊感が、真琴たちを包み込んだ。





 ※※※※




 稲穂を波打たせて、リタルダはゆっくりと浮き上がる。


 時緒が囚われている、ふくしま宇宙港を目指して。



「……………………」

「……………………」



 その様子を見届ける人影が、二つ。



「……行ったか。儂らも、重い尻を上げるとする……か」



 一つは、神宮寺邸宅内。寝室のカーテンを僅かに広げ、鼻下の整えられた髭を撫でる老人。



「時緒坊を頼んだぞ……孫たちよ……!」



 神宮寺家長老、神宮寺 喜八郎……と。




 そしてもう一つは、神宮寺邸から数十メートル離れた、精米ランドリーの裏影から……。



「真琴……抜け駆けなんて、させない……!」



 闇に紛れるように、黒いパーカーを着こんだ……。



 斉藤 芽依子……だった。






 続く


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