時緒は座頭市になりたい



 医務室のベッドの上で、時緒は独り、考えていた。


 兵士たちからの暴行に対する、悲しみや恐怖はあったが……。


 それよりも大竹への謝意の方が、時緒の心を支配していた。


 母真理子や猪苗代の人々のように、強くて優しい大人ひとだ。尊敬に値する人だ。



 ――僕の父さんも、大竹さんみたいな人だったら良いな……。




 ベッドの上で寝返りを打ちながら、時緒は思考を続ける。



 今一番、時緒にとって大切なこと……。



 ――この視えない目……代替出来るかも……?



 囚われの身でも、時緒は根っからの会津男士である。


 たとえ視力を失っても、囚われていても、己を悔いても、この先生きていく……戦い抜く方法を模索してしまう……。


 兵士たちの、蹴り上げる間際の、あの気迫の弾け方……。


 繰り出される脚の勢いで巻き上がる、空気の流れ……。


 苦痛が襲い来る、産毛が逆立つあの恐怖……。


 それを、逆に味方に付けることが出来れば……?


 猪苗代町の大自然で培った、空間認識能力を組み合わせれば……!



 ――僕は……座頭市になれるかもしれない……!



 やってやれないことはない!時緒の沈みっぱなしだった好奇心が、ムクムクと起きたつ!


 椎名 時緒は……終わらない!終われない!




 ――ピンチはチャンスさ!だろ?芽依姉さん……!真琴……!





 ※※※※




 翌日、正午間近……。



「………………」



 大竹は青木の執務室で、『気を付け』の姿勢のまま立ち続けていた。


 彼の視線の先には、今や世間が『英雄』と持て囃している青木長官が、机に頬杖をつき……時折欠伸をしながら書類を見ていた。


 時緒を保護観察処分にする為に、大竹が徹夜で作成した書類だ。



「………………」



 何度めかの生欠伸ののち、青木は大竹を見上げ、冷笑わらい――



「話に、なりませんねェ……」



 書類を、大竹へと放り投げた。



「……ッ!?」



 書類は止めヒモがほどけ、大竹の足下でバラバラに散らばった。



「椎名 時緒を解放する訳が無いでしょう。その不愉快な書類ゴミ……二言目には『青少年の健全性』だの『大人が与えるべき道徳精神』だの……。大竹特務三佐?貴方はいつから小学校の先生になったのです?」



 青木の卑しい声色を一身に浴びながら、大竹は姿勢を崩すことなく、直立したまま……



「あの少年……椎名 時緒の証言と防衛軍が独自に入手したという情報……エクスレイガの防衛軍施設襲撃には、齟齬が見られます」



 大竹の言葉に、青木の眉間がピクリと震えた。



「三佐アナタ……あのガキの言うことを……私よりも信じるのですか……?」

「ここ数日、時緒君と会話をしました」

「………………」

「優しくて、真っ直ぐで、強い子です。そんな子が……たとえ命令だとしても、夜に紛れての襲撃など……平然とやるようには見えない……!」



 時緒の笑顔を思い出す、大竹の熱弁が唸る。



「青木長官、今からでも遅くありません!今回の件の再捜査を!軍施設を襲撃したのは、また別の……イナワシロ特防隊と同じように何らかの理由で早々にルリアリウム搭載兵器を入手した別組織の可能性も考えられます!」

「ほぉ…………」

「勿論、捜査には我々ブラックバスター隊を……いえ!自分一人が出撃します!休日も返上の覚悟です!ですか、」

「分かりました」



 興奮気味な大竹の言葉を遮り、青木は今自分が座している豪華な椅子の背もたれに身を預けた。


 そして、ボソリと一言……



「一佐……アナタのその性善説には……ですよ……」

「…………は?」



 青木の呟きが聞こえず、大竹は首を傾げる。


 その時、執務室の電話が鳴った。



「私です。…………あぁ、今到着しましたか。無礼の無いよう、執務室までお連れなさい」



 青木は受話器を戻すと、大竹を見てニヤリと笑った。


 この日一番の、嫌な笑い方だ。



「どうやら、アナタへの体裁を取り繕う必要が無くなりました。良いでしょう、大竹特務三佐。貴方に真実をお教えします」



 青木は立ち上がると、いぶかしむ大竹へと歩み寄り……床に散らばった書類を踏みにじりながら、そっと大竹の耳元で、



「アナタの言う通り、椎名 時緒は……エックスレイガは襲撃をしていません。イナワシロ特防隊はまったくの無罪シロです」

「……………………は?」



 大竹の思考能力が、凍結した。


 今……この青木長官おとこは……何を言った……?



「あの襲撃事件は、この私がプロデュースしました」



 青木は携帯端末を操作して、宙に映像を投影させる。


 そこは薄暗い、何処かの格納庫で、その中央に、白い巨人が鎮座していた。


 大きく出張った肩、頭部左右のブレードアンテナ。


 大竹は最初、エクスレイガの回収に成功したのかと思った。


 だが……違う。


 肩の装甲は大きいが丸みを帯びていて鋭さが無い。力強い双眸である筈の頭部デュアルアイは、K.M.X と同様のスリットタイプだ。



「エクスレイガの……偽物……?」



 声を震わせる大竹が実に愉快で、青木は嗤いながら「御名答!」と快答した。



「庶民というものは……実にですねぇ!ついこないだまでエクスレイガを賛辞していたのに、私がこんな出来損ないでちゃちゃっと録画しただけで、みぃんな掌返しですよ……!」



 愉快げな青木の声色が不愉快で、大竹は口元を押さえた。



「な、なぜ……貴方はこんなことを……!?」



 振り絞った大竹の疑問に、青木は驚愕の表情を顔に張り付けた。



「なぜ!?そんなことも分からないのですか!?イナワシロ特防隊が邪魔だからですよォ!民間組織の分際で!我々防衛軍を出し抜こうとは片腹痛い!おとなしく我々に吸収されていれば!エックスレイガ開発の功績を讃え!お茶出し係や掃除係にでもしてやったものを~~!」



 青木は怒りを露にして、床の書類を何度も何度も踏みつけた。


 時緒の解放を願った書類が踏まれ、裂かれていく度に、大竹の軍人としての誇りも裂かれ、汚されていった。



「……なぜ、なぜ時緒君が……!?何も悪くない彼が!何故あんな酷い仕打ちを!?」



 感情を御し切れない大竹の問い。


 対して青木は、満面の狂笑スマイルで答えた。



「あの憎き椎名 真理子の息子が!今や盲目の障がい者ァ!いやァ!愉快で愉快で!お陰で最近はお肌がツルツルなんですよォ!!」

「な――――!?」



 大竹は絶句した。椎名 真理子?恐らくは時緒の母親?青木は時緒の親を知っている!?憎んでいる!?


 つまり、イナワシロ特防隊に対する一連の騒動は……青木の個人的な……私怨!?


 大竹は、膝から崩れ落ちた。


 自分は、自分たちは……青木の私怨に踊らされて……!


 そんな大竹の周りを、青木はグルグル舞い踊り、



「椎名 時緒を解放したくない理由その2!」



 青木が再び端末を操作して、映像を宙に投影させる。



「【ルリアリウム・リタヴライザー】。プロフェッサー白鷺が新たに開発した戦略兵器です」



 映像には、巨大なパラボラが、何処ぞの基地の滑走路上に浮かんでいた。



「詳しい機能は……プロフェッサーの説明が長ったらしかったので覚えてませんが、要約すれば、敵の精神力を吸収して、味方の騎体マシンのエネルギーに変換する……素晴らしい兵器です!」



 意気揚々と説明する青木を、大竹は怒りと悲しみで震える瞳で睨み付けた。



「そんな兵器と……時緒君に……何の関係が!?」

「簡単な話です。彼には……このリタヴライザーの実験体になって貰います!」

「!!!!!!」



 ――あの子が……実験体!?


 ――犯罪者扱いでは飽き足らず、モルモットにまで……!?



騎体マシンを変異させる程の精神力です!さぞかし潤沢なエネルギーをもたらしてくれるでしょう!エネルギーの一部は私の豪邸の風呂沸かしにでも使おうかな?ハハハハハハハハハハハハ!!」



 青木の大笑いが、大竹の荒れきった神経を逆撫でする。


 拳が震える。もう……我慢出来ない……!



「まァ私も鬼ではありません!精神力を搾って搾って搾り尽くして……スッカスカの廃人カスになったら、猪苗代にでも廃棄かえしましょ――」

「!キ、サ、マァァァァァァッ!!」



 堪忍袋の緒が切れた大青木に掴み掛かる!



「カスは貴様だ!アンタは上層部ソコにいてはいけない人間だ!!」



 青木のスーツの襟を掴み、大竹は拳を振り上げ――






 コン、コン。



 執務室のドアを、誰かがノックした。



「通しなさい」



 大竹に胸を掴まれて尚、余裕の表情の青木が、応える。



 ドアが開く。



「此方へどうぞ」



 フルフェイスヘルメット姿の兵士二人に案内されたのは――



「裕二さん!」

「パパッ!」



 大竹の愛する妻、美奈代と、愛する娘、優花だった。



「な、な……!?」



 函館にいる筈の二人が、何故!?


 大竹は戦慄し、拳を下げた。


 青木が、自分の襟を掴んでいた大竹の手をパッと払う。


 何故……何故?



「何故……お前たちがここに?」

「エヘヘッ!サプラ~~イズ!」



 父が喜びの余り驚いていると勘違いした優花が、嬉しそうに大竹の腕に抱き付いた。



「長官さんが、裕二さんを労ってはどうかって……飛行機とホテルのチケットをくれたのよ」



 美奈代が優しく微笑んで説明してくれた。


 裏腹に大竹は……恐怖した……。



 ――まさか、青木……この男……!?



「お二人とも!今日はよくよく来て頂きました!」



 青木が、偽物の笑顔で美奈代と優花に頭を下げる。



「大竹 裕二特務三佐には非常にお世話になっております!故に……三佐は連日の激務でお疲れの模様……。今日は是非とも家族水入らずで、ごゆるりとお過ごし、御主人を労ってください!」



 演技めいた青木の礼節に、美奈代と優花は笑顔で、揃って頭を下げた。



「お世話になりますね。長官さん」

「お世話になりますっ!」

「ええ!ええ!三佐には直ぐに帰る準備をさせますから、お二人には一階のロビーでお待ちください!」

「「はい!」」



 そして、美奈代と優花は、執務室を出ていく。



「それじゃあ裕二さん、また後で……」

「パパ~~?早く来てよね~~?」

「あ、ああ……」



 放心状態に近い状態で、大竹は愛しい家族に手を振るしか出来なかった。


 真実など、到底……話せる筈もなく……。



「さて……」



 扉が閉まり、青木が本性を……卑しい冷笑を大竹に曝す。



「椎名 時緒を助けたいなら好きになさい。ただ……」



 絶望の余り、へたり込んだ大竹を、青木は愉しげに覗き込む。



「さすればアナタは軍法違反の犯罪者です。そうなれば……アナタのあの美しい妻君とご令嬢は……どうなりますかねェ?」

「キ、キサマァ……!」

「アナタのような駒は余計なコトなぞ考えず、私の命令に『了解』とか言って従っていれば良いんですよォ」



 ――もう、何もしてあげられない……時緒君……!



 己の無力にうちひしがれた大竹に、



「あ、そうそう。言い忘れてました」



 青木は嗤いながら、更なる追い打ちを掛ける……



「エックスレイガの偽物に乗って施設を襲撃したのは……特務二尉ですよ」

「――――――!?」



 あの……樋田が……?


 時緒を騙したのは……樋田?


 悪い……悲しい報せに、大竹の目の前は……真っ暗に染まっていった……。





 続く

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