巨鬼、蹂躙!



 猪苗代町内、神宮寺邸にて……。



 テレビ画面を【しばらくお待ちください】の文字が占拠してから、数分か経過したかーー



「うびゃぁぁぁぁ!!」



 急にティセリアが悲鳴を上げて、テーブルの下に潜り込んだ。


 真琴の心臓が驚きに跳ね、縁側で昼寝をしていたゆきえが、静かに目を開いた。



「ティセリアちゃん!?ティセリアちゃん!!」



 真琴は慌ててティセリアの背中を擦る。


 だが……ティセリアは固くうずくまったままで、それどころか、その小さな身体は、徐々に震え初めていた。



「こ、こわいゅ!こわいゅ!」



 やっとティセリアは顔を上げるが……。


 涙をいっぱいに貯めたその瞳は、真琴を見透かし、遥か遠く、虚空を見ていた。


 尋常では、ない。



!!」



 ティセリアの叫びに、真琴の手が止まる。


 ゾクリと、背中に悪寒が走った。


 何が起きているか分からない。電波障害でテレビは繋がらない。だから見てない。確信が無い。


 だが……ティセリアは臨駆士リアゼイターだ。


 同じ臨駆士リアゼイターの時緒とは、脳波をルリアリウムを介して通じることが出来る……らしい。


 ティセリアの安否を報せる為に連絡を取り合っていたシーヴァンが言っていたことだ。


 真琴は、確信をする。


 女の勘が、早鐘を鳴らす。



「時緒……くん……!時緒くん……!」



 速まる鼓動を懸命に抑えて、真琴は呪文のように時緒の名を呟き続けた。


 大丈夫。大丈夫。芽依子さんだっているんだから……!


 明日になったらまた時緒くんに会える!いつもの日々が戻って来る!


 真琴は祈り、信じ続ける……。





「…………」



 そんな真琴と、そしてティセリアを、ゆきえはしばらく見つめていた。


 どお……どお……と、肌寒い山風に乗って音が聞こえる……。


 ゆきえは、ひらりと庭に降りて、喜八郎が暇潰しに整えた松の庭木越しに、雄大な磐梯山を眺めた。


 山鳴りでも、農家が田畑に仕掛けた害獣避けトラップの炸裂音でもない。



「…………」



 爆発だ。


 重苦しい、いくさの音だ。


 ルーリアとの決闘とは違う。


 百五十年前の、あの会津戦争のような……。



 始まるのだ。



『始まる為の終わり』が、始まるのだ。





 ※※※※




「ぅあああああああああああああああああああああああッッ!!」



 時緒は吠える!怒りに吠える!


 時緒の燃え盛る精神力いかりによって、エムレイガから変貌したデビル・エクスレイガが、猪苗代の大地を踏み締め、駆ける!



「許さない!許さないぞ!アンタたち!!!!」



 腰を低く、獣のように!


 単眼モノアイをぎらつかせ、K.M.X二号騎を瞬時に屠ったその禍々しさに、恐れおののかない防衛軍人ものはいなかった。


 イナワシロ特防隊を砲撃した戦車隊が退却しようとした。


 しかし、恐怖に駆られ焦って我先にと後退した結果、戦車隊は車体同士がぶつかり合い、行き詰まり、道路上でうごうごと蠢いているだけとなってしまった。


 その好機を、時緒は見逃さない。


 デビル・エクスレイガは捥ぎ取った二号騎の頭部を握り潰すと、新たな獲物……戦車隊を睨み付け疾駆する!



 K.M.X一号騎が拳を振り上げ突撃するが、デビル・エクスレイガは拳を躱し、跳躍。一号騎の肩装甲を踏み台にして、更に高く跳躍!


 戦車隊を真上から、強襲する!



 !!!!!!!!



 デビル・エクスレイガの着地と同時に砂塵が吹き荒れ、その中に、戦車の装甲が舞い散った。



 !!!!!!!!



 デビル・エクスレイガが、戦車隊を破壊していく。


 ブレードなんて使わない。地べたを這いつくばるだけの害虫なぞ、手足で潰せば充分なのだ!


 爪で車体を引き裂き、足で纏めて……踏み潰す!


 まるで、癇癪を起こした子どもが玩具を壊すように!


 潰す!潰す!潰す!


 蹂躙!蹂躙!圧倒的な大蹂躙だ!!



『ぎゃあああああああ!』

『助けて!助けてぇぇぇ!!』

『ハ、ハッチが開かない!!』

『やめて……やめてくれええええ!!』



 ルリアリウムを通じて聞こえる、戦車隊員の阿鼻叫喚が、時緒の暗い悦楽を満たしていく!



 どうだ!思い知ったか!仲間たちを傷付けた罰だ!



 無惨な残骸となった戦車数台が立て続け爆発し、炎の泡沫が膨れ上がる!


 その中から、ルリアリウム・エネルギーの球に包まれた兵士たちが四方八方から飛び出した。


 皆無傷だが、恐怖に泣きべそをかいている。



「あはははははははははははは!ざまあ無いぜ!」



 大人たちの醜態に、時緒が虫歯一つ無い歯を剥き出しにして大笑いをすると、デビル・エクスレイガが同調して肩部装甲を震わせた。


 楽しい!楽しい!愉し過ぎる!!


 健気にも砲撃をしてきた戦車を、デビル・エクスレイガは軽々と蹴り上げ、空中で八つ裂きにする!


 一方的な蹂躙チートが……こんなにも愉しいモノだったなんて……!



「猪苗代の人々を大切にしろッ!そうでない奴は死ぬべきなんだッッ!!」




 力が溢れ出る!


 この力なら……何でも出来る!


 仲間を傷付けた奴ら全員……血祭りに上げてやる!心の底から後悔させ尽くさせてやる!



 そして……芽依姉さんに誉めて貰うんだ!!



 時緒は歓喜に震えた!


 しかし、油断はしない!


 例え怒りに理性を焼かれようと、時緒は会津男士の矜持を決して忘れはしなかった。


 戦車隊を全滅させると、デビル・エクスレイガは改めて、最大の障害となるだろう……K.M.X一号騎を睨む。



「アンタ……強いよねェ?でも、僕の方が……今の僕の方かもっともっと強いのさァァァァッッ!!」




 怨叫オオオオオオオオオオオオッッ!!




 脊椎状の骨格フレームパーツだけとなった腹をしならせ、デビル・エクスレイガは獄卒のごとき叫びをあげて一号騎に飛び掛かった!



 対する一号騎は逃げもせず、ただ両腕を大きく広げ、デビル・エクスレイガを見据え、迎え撃つ!


 両者ともども、逃げ場は、無かった!





 ※※※※





「……ッ!!」



 芽依子の……思い切り噛み締めた唇から、血が一筋つっと垂れ落ちて、シースウイングのディスプレイを汚した。



「時緒くん……どうしたら……!」



 脂汗を滲ませ、芽依子は必死に思考する。


 どうすれば時緒を元に戻せる?


 この四面楚歌の状況で、どうやって時緒を、優しい時緒に戻せる?


 どうすれば?どうやれば?確証は?




『考え過ぎて動けなくなってやんの。お前結構バカなのな?』



 不意に、芽依子の脳内に声が響く。


 なんてことはない、芽依子の記憶だ。


 実家の……非常に仲の悪いから言われた言葉だ。


 思い出すだけで……腹が立つ言葉だ。


 腹が立つ!腹が立つ!


 全くもって腹立たしい……が。



『答えが見つかんなかったら取り敢えずぶつかってみろやい!この駄乳女が……』



 芽依子の脳髄に、閃光が走る。


 ぶつかる。ぶつかる。


 つまりーー



「不本意だけど……その通りね……!お兄様!」



 芽依子は唇の血を拭い、操縦幹に嵌められたルリアリウムに力を込める。


 芽依子の精錬な精神力エネルギーがアフターバーナーから噴出されーー



 シースウイングは防衛軍の弾幕を掻い潜り、淡い青の空高く飛翔した。







 続く

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