長官のガラスハート・ブルース



「長官、テレビ出演お疲れ様です」



 リムジンから降りた青木は、自身を出迎えてくれた兵士たちに「ご苦労」一瞥すると、滑走路上を精々と闊歩する。



 その進路上、函館基地滑走路の彼方には……。


 ドッキングアームに固定された、最新鋭の戦艦が在った。


 滑走路の一区画を占領するその大きさは、全長三百メートルは下らない。


 豪華客船のような船体の左右には二対の艦載機用カタパルト、後部には四基のロケットブースターが並んでいる。



 宙にそびえ立つ、渋味のあるメタリックグレーの巨体を見上げ、青木の笑みは更に深くなった。



「ルリアリウム炉搭載型の空中戦艦、意外と早く出来ましたねェ……」



 愉快げな青木に、背後の白鷺が応えた。



「松風級戦闘空母<松風>……。もともと竣工間近だった新型艦の動力炉をマキシマエンジンからルリアリウム炉に換装しただけであるからな。換装自体もエンジンが元からユニット化されていたから三日で済んだのである」

「流石は爪楊枝から宇宙ステーションまでぇ~~の製!痒い所に手が届く!お陰で私の計画も随分と前倒しになりました!」



 青木の歩調は更に軽やかとなり、白鷺は小走り気味でその後を追いかける。


 肥満体の白鷺にとって、青木の軽快なステップに追い付くのは、少々キツかった。





「イナワシロ特防隊本部の方は……どうなってます?」



 青木の弾んだ声色の質問に、今度は護衛する兵士の隊長が答えた。



「基地の周辺区域を戦車隊が包囲していますが、未だに沈黙しているようです」

「無駄なあがきを……。フフ…まぁ良いでしょう……。ブラック・バスター隊は?」

「つい先程、輸送機が離陸しました。目的地到達まで、およそ二十分」

素晴らしいCongratulation……!」



 青木は我慢しきれず、クツクツと喉を鳴らして嗤った。


 準備は万端。万が一のことを考慮し、報道機関には既に多額の賄賂を渡してある。


 イナワシロ特防隊が如何に動こうとも、彼らが正義として報道されることは、無い。




「まぁ彼らには新しく始まる私の……この青木の物語の引き立て役として盛大に散って…………ん?」



 青木はふと、前方を見遣って口を結ぶ。


 松風への乗降エレベーターの入口を、自身の進路を塞ぐ人影が、見えた。


 軍服を纏った、壮年の……背は低いが逞しい体格の男だった。



「失礼、青木長官殿でありますな?」

「貴方は……?」



 青木が少しムッとなって頷くと、男は『EDF MATSUKAZE』と刺繍が施された軍帽を外し、頭を垂れた。



「自分は松井……松井 十蔵まつい じゅうぞう。この松風の艦長をしております」



 青木は「ああ…」と気の抜けた返事をすると、再び笑みを浮かべる。



「貴方が松井艦長でしたか。お話は聞いていますよ?あの『奇跡の神宮寺』と肩を並べたと、」



 次の瞬間、松井はカッと目を見開き、その猛禽の如き眼光で青木を睨んだ。



 瞬く間に気圧された青木は「ヒッ!?」と小さく悲鳴を上げ、一歩後退り、背後にいた白鷺の肥満腹に己の尻をぶつけた。



「心外ですな……!この自分を……あんな戦艦乗りの風上にも置けない軟派野郎と……一緒にされては……!」



 すっかり松井が怖くなった青木は、冷や汗を垂らした。



「し、ししし失礼しました!ここここ、これからは十分気を付けます!!」

「そうして下さると助かります。では……」



 松井は通路の左側に身体をずらして、乗降エレベーターの扉を、青木に指し示す。



「ようこそ長官殿。クルー全員が貴方の御到着を待ちわびています」

「そ、そうでしたか……。そ、それは、け、結構」



 青木は軽く咳払いを一つして気を取り直すと、胸を張り、堂々とエレベーターに入る。


 青木は確信して止まない。


 これから自身を待っているのは覇道だ。栄光だ。


 K.M.Xに松風、これらルリアリウム搭載兵器を完成させた我々地球防衛軍に、もはやルーリアも敵ではない。


 自分こそが、英雄だ!


 最早、この青木 裕乃進を……邪魔する存在は……



「失礼、長官殿?」



 悦に入っていた所に、いきなり松井に声を掛けられ、青木はビクリと驚き肩を震わせた。



「ま、まだ何か!?」

「いえね?その……」



 松井の視線が、ゆっくり下に、青木の足下に向かい……




「長官殿……貴方……犬のウンコ踏んでますよ……」

「………………………………」




 エレベーター内が、嫌な沈黙に包まれる。


 そう言えば……と、青木は記憶を辿る。


 テレビ局を出た時、玄関の前で何か柔らかいモノを踏んだような……。


 イナワシロ特防隊を陥れることに成功し、歓喜のあまり気にしなかったが……。



「………………」



 青木が恐る恐る足下を見ると……。


 下ろし立ての高級革靴にこびりついた……茶色い……。


 エレベーター内に、嫌な匂いが漂う。



「クサッ……」



 護衛の兵士の一人の、思わずの呟きを皮切りに、エレベーター内の誰もが青木から二、三歩後退りした。



 兵士たちも、護衛隊の隊長も、松井も、協力者であったはずの白鷺すらも……。






「……………………………………………………」





 青木は、孤独になった。


 思い出してしまう。



『うわ~!青木が犬のウンコ踏んだ~!』

『えんがちょ~~!!』



 小学生の時、あの遠足の悪夢!




 次いでに思い出してしまう。


 中学生時代、『友達同士でグループ組んでください!』と、担任が言った時の絶望を。



『誰かのグループに青木君入れてあげて!』



 そこから先の……屈辱の一人ドラフト会議トラウマ……!




「……格納庫に洗い場があるんで、そこで靴洗ってから艦橋に来てください」



 松井の言葉が、青木の傷心に深く突き刺さる……。





 ※※※※





『こちら、猪苗代町の防衛軍、イナワシロ特防隊対策緊急司令部です!イナワシロ特防隊からはまだ何の通達も無く、現場はピリピリとした、物々しい空気に包まれています!』





 猪苗代町、神宮寺邸。


 戦車隊を背景に、強張った表情の女性アナウンサーを映すテレビを、真琴は唇を固く結んで、見つめ続けました。




「トキオやメーコ……マリコおばちゃまたち……どうしてるゆ?」



 膝の上で……不安な顔で見上げてくるティセリアを、真琴は抱き締めた。



「大丈夫よ……みんな……大丈夫」



 すると、ティセリアの顔に、若干の安堵が戻った。



「そうだぜ!俺たちは此処で時緒たちを応援しよう!」



 真琴の背中越しに現れた伊織がティセリアに親指を立てつつ笑って見せると、ティセリアの顔に僅かながら安堵の笑顔が戻った。



「あの椎名が、今さら防衛軍ごときに負けるものか……!」



 真琴たちが居るリビングの縁側では、巫女姿の律が座禅を組みつつ、猪苗代の空を煩く舞う報道ヘリを不快げに睨み上げていた。



 伊織も律も、イナ特基地に赴けない不安を紛らわす為に神宮寺邸に集合していた。



 勿論、佳奈美も来ていたのだが……



「ゆきえちゅわ~~ん!今度はこのゲームのウルトラレア出して~~!!」

「!?!?!?」



 佳奈美はテレビや不安そっちのけで、携帯端末片手に迷惑顔のゆきえを追い駆け回していた。



「佳奈美!やかましいぞ!他所でやれ他所で!」



 苛立ちが頂点に達した律が怒号を上げるが、佳奈美は止まらない。



 確かに煩いが……。


 その喧騒が、今の真琴には、少々ありがたかった。


 黙っていると、考えがマイナスの方向に傾いてしまう。


 もし、時緒に何かあったら……と、嫌な思考を巡らせてしまう。



「ティセリアちゃん、気晴らしに何か絵本読もうか?」

「ぅゆ~っ!読んで欲しいのョ!!」



 嬉々としたティセリアが立ち上がった……その時、




『あ!イナワシロ特防隊側に動きがありました!』




 女性アナウンサーの緊迫の声に、真琴たちの目がテレビ画面へと釘付けとなる。


 画面には、遠目から小さく映されたイナ特基地が……。その格納庫ハッチが開き、中から巨大なヒトのシルエットが飛び出して行く様が見て取れた。



「あれは……!」真琴は息を飲む。



 エムレイガだ。青と白に彩られたエムレイガが格納庫から飛び立ち、基地直ぐ傍の平原へと着地する。


 その着地の仕草、立ち上がる一挙手一投足。


 真琴が理解するには、もう充分過ぎた。





 あのエムレイガに乗っているのは……。





「時緒くん……!」






 続く

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