第十八章 時緒、咆哮

ダウンフォール


『良いか、お前達は今居る建物から絶対に外に出るな』

「は、はっ……!」



 通信機上で立体映像として浮かび上がるゴルドーに向かって、シーヴァンは苦い面持ちで頭を下げる。


 ただてさえ小さいゴルドーが、立体映像では更に小さい。



『決して……イナワシロ特防隊を助けようと思うな。他惑星内での動乱に軽率な介入行動を取った場合、最悪……お前の騎士称号の剥奪も考慮せねばならなくなる』

「は、存じております」

『……理解しているならばそれで良い』



 そして、ゴルドーの映像は消えた。


 最後に、ゴルドーが口元を含み笑いに歪ませたのを、シーヴァンは少々気にはなったが……。


 それどころでは、ない。



「大変だぁっ……!」



 通信機をジャージのポケットに仕舞ったシーヴァンは踵を返し、常日頃取り繕ってきた冷静沈着な外聞キャラクターを捨てた、慌てふためいた動作でペンションの階段を降りる。



 焦ったせいで途中、シーヴァンは階段の端に思い切り足の小指をぶつけた。



「ぅがぁ~~~~っ!?!?」



 激痛が、小指からシーヴァンの全身へと駆け巡る。


 ひっくり返って泣き喚きたくなる痛みをシーヴァンは必死に堪える。


 泣いてはいけない!


 何故ならば、シーヴァンはドーグス家十一人兄妹(弟六人、妹四人)の長男で、ティセリア騎士団の筆頭騎士だからだ!



「ト、ト、トキオ達は無事か……!?」



 痛みを紛らわそうと片足で跳ねながら、涙目のシーヴァンがリビングに入ると--



「…………」

「………………」

「……………………」

「…………………………」



 カウナもラヴィ-も、リースンもコーコも、四人一様に、リビングの大画面液晶テレビを唖然と観ていて、誰もシーヴァンに振り返らない。



 やがて……。



「アレは……トキオ……なのか……!?」



 シーヴァンもまたテレビを観て、彼らと同じ表情となって……力無く立ち尽くした。






 ※※※※





 イナ特基地からおよそ五十メートル離れた草むらへ、時緒が駆るエムレイガが着地する。


 その衝撃に、ススキの穂が千切れて飛んで、エムレイガの周りではらはら舞い踊った。



「っ……!」



 コクピット内で、時緒は顔をしかめた。


 エムレイガを動かす感覚が、エクスレイガのそれとは、何となく違う……と感じたからだ。



 エクスレイガのような……まるで着慣れたジャージを纏うような安心感が、エムレイガからは感じられない。


 買ったばかりのトランクスを履いたかのような……ごわごわとした違和感。


『ブレイダム』のプラモデルを頼んだのに、真理子が買って来たのは『ブガンダル』だったような……コレジャナイ感……。



『時緒くん、大丈夫……?』



 浮かび上がる立体ウィンドー内の芽依子に、時緒は取り敢えず「大丈夫」と応えてみせる。


 そう、大丈夫。


 こんな違和感、気にさえしなければ、どうということはない。


 そして今は……気にするべきではない。



「…………」



 時緒は、遥か前方……山あいの道路に一列に並んだ防衛軍の戦車隊を見据えた。


 そして……。


 エムレイガは、大きく両腕を広げる。


 武装は、無い。ブレードもリボルヴァーも所持していない。


 丸腰だ。


 反抗の意志が無いことを、無駄な争いを望んでいないことを示した。



「大丈夫……!シーヴァンさん達とだって分かり合えた!」



 時緒は信じている。


 歩み寄って、面と向かえば、きっと理解して貰える。


 ニセエクスレイガのことも、あの軍施設砲撃の動画が、まったくのデマであることも。


 きっと、きっと分かってくれる。



 エムレイガは両腕を広げたまま、ゆっくりとした歩調で、戦車隊に向かって歩を進めた。


 戦車隊からの攻撃は無い。


 エムレイガに、基地に砲口を向けたまま、微動だにしない。




『そう……ゆっくりゆっくり……その調子!』



 立体ウィンド-の中の芽依子が頷いて、緊張状態の時緒を励ましてくれる。


 ありがたいと、時緒は心底思った……。


 芽依子が笑ってくれるなら、何でも出来ると思って……そんな自分が気恥ずかしくて、時緒は苦笑した。



『時緒くん…!頑張って…!これが終わったら…一緒に----』



 途端、芽依子が映っていた立体ウィンドーにノイズがはしり、そのままフリーズした。



「姉さん!?姉さん!?」




 時緒が呼び掛けても、ウィンドーの中の芽依子は笑ったまま揺らめいて……やがて、ウィンドーそのものが消えた。


 時緒は即座にディスプレイを操作する。


 通信が出来ない。


 時緒はもしやと思ってパイロットスーツのポケットからの携帯端末を取り出す。


 電波状況を報せるアイコンは映っておらず、代わりに『圏外』のデジタル文字があるだけ。



「まさか……!?」



 時緒が、唖然と天を仰ぐのと……。




 ォッッッッ!!!!




 戦車隊が粒子光を迸らせ、粉々に吹き飛んだのは、ほぼ同時のことだった……。




 ※※※※




「太陽フレア活性による電磁バーストを確認しました。電磁シールドを施した各隊の通信機能に影響は見られません」



 兵士の報告に、空中戦闘空母<松風>艦橋内の青木は歓喜した。



「フレア活性まで予定通り!太陽まで……神までも私の味方をしてくれるとは!」



 高笑いしたくなる衝動を懸命に抑え、青木は旧時代の独裁者の如く、右手を天高く掲げ、声高に宣言した。




「ブラック・バスター隊、全機発進!戦車隊を不意打ちで壊滅させたイナワシロ特防隊への攻撃を許可します!」





 ※※※※




「な、何が……起こって……!?」



 状況が理解出来ない時緒は、ただ呆然と、壊滅した戦車隊の残骸を眺めた。



 ……………………。



 そんな時緒の鼓膜を、ごおごおと、ジェット音が届いて震わす。



 時緒は、おずおず空を見上げた。



 猪苗代の蒼穹高く、全翼型の飛行機が飛んでいた……。


 時緒はミリタリー雑誌で見たことがある。


 確か、アルゴー級の……防衛軍の輸送機。


 そのV字型の機影が、傾き掛けた陽光を通過した……その時。


 輸送機は、後部から五つの物体を吐き出した。



「あ、あ、れ、は……!」





 猪苗代の大自然で培われた視力で、時緒はその五つの物体を確と視認する。


 ゆっくりと、落ちてくる。


 この猪苗代目掛けて、落ちてくる。



 ヒトだ。


 ヒトの形をした巨大なモノだ。


 力士のような体型。


 角張った装甲。


 背中に背負ったサーフボード形のパーツは……翼?


 大きい。十五メートル以上はある。


 あれは。あれは!




「防衛軍の……ヒト型ロボット……!?完成してたのか……!?」





 続く

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