芽依子の感触

『テレビでやってるヤツ、あれマ?』


『ヤバいだろ?あれ』


『なになに!?』


『エクスレイガが防衛軍の施設を砲撃だってよ。テレビでやってる』


『ミーチューブでも上がってるぞ!」


『防衛軍の備蓄施設をバズーカでアボン!』


『とうとうやらかしたか(笑)情報開示しないイナ特前々から怪しい思ってたわ(笑)』


『テレビそのまま乙!』


『おかしくね?エクスレイガって刀使うだろ?何でバズーカで攻撃してんの?怪しいのはこの映像だろ?』


『ムキになってて草』


『情弱乙(笑)エクスレイガが装備換装出来るの知らねぇの(笑)』


『何でエクスレイガが防衛軍攻撃するんですか?』


『イナ特がルーリアとの戦闘を独占したかったからとか?』


『注目度上がるからな』


『今までカッコ良かったのに……ガッカリだわ』


『なんか萎えた。イナ特クソかよ』


『エクスレイガのファン辞めます!』






『それでも俺は、エクスレイガを信じてる』







 ※※※※







 イナワシロ特防隊、会議室。



「……ホント地球人って面白ぇ」



 自らの携帯端末を見て、真理子は独りほくそ笑む。



 時緒に勧められて始めたSNSツブヤイターのタイムラインに、エクスレイガやイナワシロ特防隊自分たちに対する誹謗中傷が、これまた見事に並ぶ、並ぶ。


 何も知らないとは言え、情報に踊らされた輩の、何と滑稽な様だろう……か。



「もう少し小汚ぇ羅列が並ぶかと思ったけど、最近の若ぇヤツも結構奥ゆかしいぜ」

「笑ってる場合か」



 真理子が顔を上げると、麻生が呆れた顔をして立っていた。



 麻生だけではない。会議室には、牧、圭院、キャスリン、嘉男と薫、そして茂人達整備班といった、イナワシロ特防隊の主要メンバーが、皆揃っている。



 時緒と芽依子はいない。二人とも真理子の命令で自宅待機をさせている。


 勿論、客人であるシーヴァン達も同様だ。


 家出中のティセリアにも、真理子は真琴を通じて報せてある。



『この映像が真実であれ偽物であれ、イナワシロ特防隊には強制的な捜査が必要でしょうね』



 テレビの中では、偽エクスレイガが施設を砲撃する様が延々と映され、小さなワイプの中で著名な評論家がふんぞり返っていた。




「くそっ!コイツら何も知らねぇでっ!」



 眉間に青筋を立てた圭院が、とうとう我慢出来なくなり、乱暴にリモコンを操作してチャンネルを変えた。



『鳥者ッ!降臨ッッ!!』



 テレビには、時緒の好きそうなアニメが映し出された。七頭身の美少年が、鳥を模した装甲を着込んでいく。



 一瞬薫が瞳を輝かせたが、張り詰めた会議室の空気に咄嗟に我に返って、慌てて顔を俯かせた。



「……それで真理子?どうするつもりだ?」



 薄い笑みを顔に張り付け、牧が真理子に問う。



「あの偽エクスレイガの映像……多分青木の仕業だろう?」



 真理子は、勿体ぶったようにしばらく黙り込んだ後、ゆっくり頷いた。



「ヤツらはエムレイガの設計図を持ってるからな。外ヅラだけならエクスレイガを造るくらい訳無ぇだろ」



 やれやれと、真理子が肩を落として見せると、圭院と嘉男が揃って歯を剥き出して怒った。



「青木……ホント懲りねぇなあの野郎ォ!」

「先輩!何とかならないんですか!?このままじゃ僕達テロリストにされてしまいますよ!?」



 縋るような嘉男の問いに、真理子は「そうだなぁ」と後頭部を掻きつつーー




「牧センパイにシゲ、エクスレイガの修復状況は?」

「全体の八割は既に終わってるが……」

動力炉レヴの最適化に、最低でもあと一月は欲しいっスわ……」

「そうか……ありがとう」



 真理子は皆に頭を下げた。



「防衛軍は……来るか?」と問う麻生に、真理子は「来るだろうな」と頷く。



 悪意が近付いて来る……。


 仲間たちには悪いが、イナワシロ特防隊を取り巻くこの現状は……。


 全て、真理子の想定内だったーー。



「取り敢えず、此方から躍起になって動くと返って青木の思うツボだ。全員、警戒態勢を維持したまま待機してくれ。おっちゃんは町内設備と……湖底ドックのチェック、宜しく」

「ああ、任せろ!」

「エクスレイガの最終調整は私と牧センパイがやる。シゲ達は現在稼働可能なエムレイガ全騎の調整、急いでくれ」

「合点!」



 真理子の指示に、麻生を先頭した仲間たちはやや重い首肯をして、会議室を出て行く。



「……キャスリン」



 ふと、真理子はキャスリンを呼び止めた。



「はイ?」



 長いブロンドの髪を揺らし、首を傾げるキャスリンに、真理子は静かにちかづいてーー



「最悪……防衛軍との白兵戦も想定しなくちゃならねぇ……。その時は……」



 そっと、耳打ちをする真理子に、キャスリンは即座に親指を立てて微笑んだ。




「任せてくださイ、マリコ…!」

「すまねぇ、お前の古巣と戦わせることになるが……」



 キュイン…と、キャスリンの四肢が甲高いモーター音を立てた。




「マリコたちに救って貰っタ……造って貰っタこの身体で、全力で戦いますヨ!!」




 ※※※※





 同時刻、椎名邸。



「痛っ…!」



 台所から芽依子の悲鳴が聞こえ、茶の間でアニメを観ていた時緒は慌てて茶の間と台所を隔てる珠暖簾を潜った。



「姉さん!?」



 時緒が芽依子に寄ると、流し台の前に立っていた芽依子は、左手を右手で押さえ、時緒を見て苦笑した。



「あ、あはは……。やっちゃいました……」



 ポツッ、と芽依子の左手の人指し指から血が垂れ落ちて、包丁が置かれたまな板の上に赤い斑点を形成した。







 数分後……。




「姉さん、きつくない?」

「丁度良いけど、ちょっと大袈裟じゃないかしら?」



 芽依子は、時緒によって包帯が巻かれた指を擦り、恥ずかしそうに……だが愛おしそうに微笑んだ。



「時緒くん、手当て上手ね?」

「反抗期の頃は母さんとしょっちゅう喧嘩して生傷が絶えなかったからね!処置には心得があります!」

「あら、頼もしい」

「……まぁ、ネットに上がっていた医師免許試験を満点クリア……中学校で飼っていたウサギの尿路結石除去手術を完遂させた正文ほどじゃないけど」

「……正文さんレベルになると凄すぎて逆に気持ち悪いだけだから、大丈夫です……」



 呆れる芽依子に時緒は笑って頷き、救急箱を片付ける。



「それにしても、姉さんが包丁で指切るなんて……珍しいこともあるね?」

「……ちょっと、上の空になってしまって……」



 芽依子は長く整ったまつ毛を震わせ、今はアニメを映しているテレビに目を遣った。


 その芽依子の仕草、時緒はなんとなく分かった。



「偽エクスレイガのこと?」



 尋ねる時緒に、芽依子は頷いて見せた。



「誰が……どうしてあんな……酷いこと……」

「…………」

「時緒くんは……これまで必死に戦って来たのに……。これじゃあ……」



 段々、芽依子の悲しみと怒りの震えが大きくなってくる。


 時緒はドラマのように、芽依子の肩でも抱いて落ち着かせたかったが……。


 いかんせん、凄く恥ずかしい……。



 だが、しかし……。



「……確かにショックだったけど、今は……どうでも良いよ」



 そう言って、時緒は思い切って、芽依子のやや肉付きの良い二の腕を擦った。


 時緒は一瞬拒絶されるかと思ったが、芽依子は、嫌がる素振りを見せなかった。



「あんな映像で僕の気持ちは変わらない。これからもシーヴァンさん達と戦っていく。しょうじき言って、世論なんかどうでも良い」



 芽依子が驚いた顔で見てくるので、時緒は精一杯の笑顔で応えて見せる。



「“ならぬものはなりませぬ”……大丈夫!偽者がどれだけ暴れようと、必ず化けの皮が剥がれる!僕は信じる……!」



 ほんの少し、芽依子の身体から、強張りが和らいでいくのを、時緒は触れ合った掌から確と感じた。



「だから、姉さん……心配しないで。僕が全力全開で姉さんを……姉さんたちを守るさ!」



 決まった!と時緒は内心ガッツポーズをした。


 きっと芽依子は苦笑して、「えぇ?何か頼りないですね」と言うだろう。そう思った。


 頼りないのは時緒自身自覚している。


 それで良い。


 全力全開に戦うことに偽りは無い。


 今は少しでも、芽依子の不安を取り除くことが出来れば、時緒は万々歳だった。



「…………」



 しかし。


 自分を見つめる芽依子の、琥珀色の瞳から大粒の涙が零れるのを目撃してーー。


 そしてーー。



「ぅ……っ」



 芽依子がいきなり、時緒の胸板に縋るように身体を密着させて来て。


 腹に、温かく柔らかい豊満の感触。


 バニラのような芽依子の体臭が更に濃く感じて。



「あの……芽依子ひゃん!?」



 最高潮の緊張に、時緒の思考は白く灼けた。







 続く

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