戦えないヤツだからこそ




「どう?二人とも、お口に合うかしら?」

「このエビフりゃイ美味ししゅぎるゆ〜〜!プリップリゆ〜〜!」

「…………!」



 瞳を輝かせてエビフライを頬張るティセリアとゆきえに、真琴の母である神宮寺 詩乃じんぐうじ しのは顔を綻ばせる。


 真琴が眼鏡を外してそのまま大人になった、優しそうな女性ひと。それがティセリアが詩乃に抱いた第一印象だった。



「貴女達がホームステイしてるティセリアちゃんと、正文君達の親戚のゆきえちゃんね?」

「うゆっ!よろしくお願いしましゅ!」

「…………」



 ティセリアとゆきえは、揃って深々と頭を下げる。



「二人とも小さいのにしっかりしてるなぁ」



 真琴の父、神宮寺 雪彦じんぐうじ ゆきひこが二人に笑い掛けながら、義父である喜八郎のグラスにビールを注いだ。



「すまん雪彦君。さぁさぁ食べなさいおチビさん達!デザートのアイスケーキもあるぞ!」

「わ〜〜いうゆ〜〜!マコトのお爺ちゃましゅき〜〜!!」

「ぬっはははは!今日は泊まっていきなさい!いや!一生居なさい!!」



 急に孫娘が増えたようで、喜八郎は終始上機嫌だ。


 勿論詩乃も、雪彦も、ティセリアがルーリア人であることも……ゆきえが座敷童子であることも知らない。



「真琴?ティセリアちゃんのホストファミリーさんに電話したって?」

「う、うん。時緒くん家だから、大丈夫」

「そう?後で私も真理子さんに電話しておくわね。あ、平沢さん家にも言っておかないと」



 詩乃に、真琴はぎこちない笑顔で頷く。


 ティセリアとゆきえの正体を知っているのは、真琴だけだ。



「二人とも……」



 エビフライの尻尾(真琴の好物)を噛み砕きながら、真琴は苦笑いを浮かべてティセリアとゆきえを見遣った。



「二人が私の家に来たこと……時緒くんやリースンさん達は知ってるの?」

「ぅゆ…………」



 途端にティセリアは俯いて、黙り込んでしまった。


 ティセリアのバツの悪そうな顔。真琴は何となく理解した。



「リースンさん達と何かあった?」

「……ゅ〜〜……」



 ティセリアはフォークでサラダのミニトマトをつつきながら、何も答えようとしない……。



「…………」



 すると、ゆきえが真琴の部屋着のパーカーを引っ張った。



「ゆきえちゃん?」



 ゆきえはタブレットを取り出し、真琴以上の操作速度で画面上に文字を書き込んでいく。



【何れティセリアは帰す。だが今じゃない】

「今じゃないって……?」

【ティセリアには色々見せておきたい。そして真琴、お前もだ】

「私?」



 真琴が自身を指差して見せると、ゆきえは真琴を見て、ゆっくり大きく頷いた。



【真琴、お前は他の奴と違って戦闘能力がきれいさっぱり無い。もう無さ過ぎてこっちが泣けてくるくらいに無い】



 真琴は心底「酷い」と思った。


 何度芽依子のように強くなりたいと思ったか……。



「私……でも、生徒会での戦いでは参加したもん。西郷先輩にビンタされて失神したけど頑張ったもん……。エクスレイガにイカロス届けにも行ったもん。芽依子ちゃんと一緒だったけど……」



 家の中では若干内弁慶な真琴は、子どもめいた口調でゆきえに反論した。


 眼鏡の奥の瞳を潤ませ頬を膨らませる真琴に、ゆきえは【悪い】とタイプして苦笑した。



【まぁ聞け聞け。お前は戦闘能力が無いから戦闘に参加出来ない。だからこそ、お前は戦闘を外側から見ることが出来る】

「そ、外側?」

【あるだろ?そんな経験?】



 真琴はしばらく考えて……。


 ゆきえの言う通りだと思った。



 エクスレイガと再起動したガルィースとの戦いも。


 エクスレイガとゼールヴェイアとの戦いも。


 時緒達と生徒会の戦いも。


 時緒の背後から、芽依子の背後から。


 彼等の凄まじい戦闘を、ずっと観て来た……。





【そうだ。時緒や芽依子達には出来ないことだ。だから、あ〜しはお前の所へティセリアを連れて来た】



 ゆきえは、鬼灯めいた妖しい色の瞳を細め、真琴を見詰める……。



「たっだいま〜!あ〜もぅ腹減った〜!」



 玄関から、大学から帰って来た耕太の声が聞こえた。


 しかし、真琴は目の前のゆきえに圧倒されて、兄「おかえり」の声一つあげることが出来なかった。



【真琴、まもなくこの会津で……130年振りの動乱が起きる。お前はティセリアと共に総てを見届けろ】

「なに……それ……?動乱……?」



 ゆきえは何時もの仏頂面で、再びエビフライに齧り付く。


 動乱。


 物騒な語句に、真琴の唇が震える。



「…………ふ」



 そんな孫娘を見て、喜八郎はニヤリとほくそ笑んだ。




 ****



 深夜。


 猪苗代町内、中央緑地公園に、人影が一つ。


 真理子だった。


 猪苗代町の夜は静かだった。虫の声と、遠くから酔っ払いの歌声が聞こえるだけ。


 真理子はワンカップの日本酒を煽りながら、夜空を見上げる。


 そうだ。今は九月。


 二十年前に『親友』が落ちて来たのも……こんな夜ーー。



「お……!」



 感傷に浸っていた真理子の鼓膜に、カツンと、小さな足音が届く。


 真理子が音のした方角に顔を向けるとーー。


 公園の入り口に、子どもの影が在った。


 真夜中の公園に、佇む子ども……。



「学校の怪談かよ……」



 真理子が愉快げに笑うと、影はゆっくりと真理子に近付いて来る。


 ゆきえだった。



「悪いな、こんな時間に呼び出して」



 真理子の問いに、ゆきえはタブレットを取り出してーー


【問題無い。あ〜しから出向こうと思っていたから助かった】

「お姫ちゃんはどうよ?」

【真琴に絵本を読んで貰ってグッスリだ】

真琴まこっちゃんのウィスパーボイスじゃあイチコロだろ!」

【シーヴァン達に宜しく伝えといてくれ】

「ああ、もう言っといた。詩乃さんとも話を合わせといたぜ」



 真理子は酒を飲み干すと、ブランコに腰を掛ける。ゆきえも隣のブランコに座った。


 深夜のブランコを漕ぐ和服姿の幼女ゆきえーー。紛れも無くホラーだった。



「どうやら、理解はしてるみてえだな……」

【ああ、会津に悪意が近付いている】




 ほろ酔いの真理子に、ゆきえはコクリと頷いて同意した。



「取り敢えず、私からの願いを一つ……」



 真理子は五百円玉硬貨を一枚、ゆきえに放つ。


 頼りない街灯の光を反射して、硬化は闇夜に銀の弧を描き……。



「余程のことが無い限り……人間わたしたちに手を……特に、時緒をくれるか?」




 五百円玉を受け取りながら……。


 ゆきえは真理子の言葉に、目を丸くした。



「今回起こることが……多分地球最後の内輪揉めだ。コレを機会に……時緒を仕上げる……!」




 続く

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