第八章 サマータイム・ブルー

来ました、聞いちゃいました



『《ニアル・ゲイオス》、転移完了ォ!』



 太陽系外縁部、絶対真空の宇宙空間に、突如巨大な城塞が出現する。


 城塞の形状はメイアリアの《ニアル・スファル》やティセリアの《ニアル・ヴィール》、ルーリア皇族専用の航宙城塞と同型だが、その外壁は黒曜石のように黒く、宇宙の闇に半ば溶け込んでいた。


 唯一目立つ箇所は、城塞の天頂に、これ見よがし掲げられた旗。


 ルリアリウム・エネルギーの流れにより真空空間でも流麗になびくその旗には、ルーリア文字でこのように記されていた。



【ルーリア次期皇帝アシュレア様参上!!】



皇太子カシラァ!ついに来たぜ来たぜ太陽系ィ!!」

「あれ地球なの?思ってたより小さいわね?」

「ヒヒ……あれは冥王星ズラ。太陽系外端の準惑星……地球じゃねぇズラ」



 大広間の窓に張り付き、息巻く騎士舎弟たちを眺めつつ。


 皇族としての礼装を乱雑に着崩した青年、ルーリア銀河帝国第一皇太子 《アシュレア・コゥン・ルーリア》は不敵にほくそ笑む。



「おい騎士テメェら!はしゃぎ過ぎてカチコミ行く前にへばんじゃねえぞ!」

「分かってますよォ!皇太子カシラ!」



 アシュレアその顔は、双子の妹であるメイアリアと瓜二つだが、その眼は研ぎ澄まされたナイフのように鋭く、戦闘意欲に飢えて滾っていた。



「アシュレア様、転移への精神力エネルギー供給、お疲れ様でした」



 ごつり、とやや重苦しい靴の音を鳴らし、羊めいた耳と角を生やしたルーリア人の侍女が一人、玉座に胡座をかくアシュレアの元へと参じる。



「どうぞ、精神力の回復にはオヤツが一番」

「流石メリヤ、分かってるじゃねぇか!」



 アシュレアは小首を傾げ頷くと、自身の侍女……にして【アシュレア騎士団】の筆頭騎士メリヤ・メ・シートカミの手に持った皿の中身を掴み取って口の中に放り込む。


 アシュレアの好物、宇宙烏賊バイラスの燻製焼きだ。



「ここからは小規模の転移を繰り返し、地球圏に接近します。転移に使う精神力エネルギーは私、ドラド、シャムネア、イヴォーイのを順番ローテで使用します。宜しい?」

「ああ頼む、地球まで一発で転移したら最後、精神力反応がバレてゴルドーのオジキにパクられるのが関の山よ」

「私たち揃ってあの御方の裏声部屋行きです」



 ゴルドーの裏声を思い出し、アシュレアは身震いをした。



「折角皇帝オヤジやダイガのオジキを誤魔化して地球シャバまで来たんだぜ?妹に直ぐに会えねえのは辛いけどよ?この戦争カチコミ……最後まで下手コく訳にゃいかねぇ」

「そんなにメイアリア様が心配で?」



 そう質問したメリネは、しまった!と口を噤む。


 ……だが、遅かった。



「……あァ?メイアリアァ?」



 アシュレアは途端に、忌々しげにメリネを睨めつける。


 メリネは自身の口の軽さに肩を竦ませた。



「俺が心配してるのは可愛い可愛いティセリアだ!あんな直ぐ口答えする駄乳オンナはどうでも良い!」



 アシュレアはメイアリアが嫌いだ。メイアリアと鏡合わせな自身の顔を鏡で見るのも嫌がるほどメイアリアを毛嫌いしている。


 玉座を蹴って八つ当たりをするアシュレアに、メリヤは澄まし顔で「失礼しました」と傅いたのちーー



「ティセリア様のことでしたら心配ご無用。ティセリア様の侍女…リースン・リン・リグンドは私の出した課題を唯一クリアした逸材。私が知り得る限り……私の次に優秀な侍女です」



 さり気なく自慢も織り交ぜたメリネの言葉に気が削がれたアシュレアは、「お、おう……」と、バツが悪そうな顔で、玉座ではなく広間の床に、直に胡座をかく。



「おまけにシーヴァンたちも付けたことだしな?大丈夫か……ウン」

「長距離転移の疲労で気が立っていますね?少しお休みになられては?」



 メリヤの提案にアシュレアは欠伸をしながら「そうだなぁ」と頷いた。休めと言われると、何故か眠たくなってくる、アシュレアの性分だ。



「悪い、少し仮眠を摂る。四時間経ったら起こせ」

承知しましたレーゲン



 傅くメリネを尻目に、アシュレアは広間を後にする。



「さぁ騎士アナタたち?アナタたちも休みなさい。もしカチコミ中に精神力切れなんて起こしたら……アナタたち全員ケジメに指二、三本ツメて貰いますからね?」

「「「レ、了解レーゲン……」」」



 メリネの冷たい声音が広間に響いて、騎士たちはおろか、去り際のアシュレアも、少々肝を冷やした。




 ****




「……メイアリアめ!俺が別件でシノギ削ってる間に……アイツと楽しくやりやがって……!」



 不機嫌にぶちぶち独り言を呟きながら、アシュレアは廊下を歩く。



「「皇太子カシラ!お疲れ様でございやす!」」

「応、お前らもご苦労さん」

「「ヘヘイッ!!」」



 途中、頭を下げる準騎士たちに挨拶をしながら。



「やっぱり……地球の映画はフカサク・キンジに限るぜ……」



 アシュレアが目指すのは、仮眠の為の自室ではなく、騎甲士ナイアルドの格納宮だった。



「まさか、この俺が……お前と同じ玩具モノが欲しいと思うなんてなァ……」



 しみじみと独り言ちて、辿り着いた薄ら寒い格納宮で、アシュレアは見上げる。



「昔は……よく俺が持ってた玩具を欲しがってたのに……」



 その視線の先にある騎体モノは……。


 光沢を放つ黒曜の装甲。


 武骨に出張った肩。


 他を威圧する鋭い相貌。


 天辺を貫くようにそびえる左右一対の角。


 それは、黒曜くろ鬼神エクスレイガ



「……暴れるぞ?《ガルムレイガ》……!」





 ****




 エクスレイガとレガーラの戦闘から一週間が経過ーー



「宿題?まだやんなくてもヨユーにゃ!」



 と、佳奈美が笑顔で言ってのける、まだまだ暑い猪苗代の夏。




「え……!?マサフミさんが!?」

「うゅうゅ!」



 ランチタイムの【れすとらん きむらや】で、特製クリームボックスを頬張っていたリースンは、温泉三昧で頬っぺた艶々のティセリアの話に、目を丸くして驚いた。


 勿論、二人とも地球人に擬態化している。



「マちゃフミ、つきっきりでシェーレのかんぴょーしてたゅ!」

「それは……看病のことですか?」

「そうそう!しょれしょれ!!」



 小刻みに頷きながら、ティセリアはお子さまランチのチキンライスを、頂点の旗を倒さないよう慎重にスプーンで崩していく。



「シェーレ、わらってたゅ!」

「えぇ……!?」

「マちゃフミとおはなしして、シェーレうれしそーだったゅっ!」



 そう言い切った刹那、ティセリアはチキンライスの旗を倒してしまい、「うぎぃ〜!」と悔しそうに天を仰いだ。



「…………」



 リースンは甘酸っぱいクリームを堪能しながら、眉を微かにひそめて思考する。


 あの、男嫌いのあのシェーレが……男と話して……笑う?


 シェーレには悪いとは思うが……矜持も何もかも棄てられて、記憶喪失とは何と都合の良い……気楽なものだろうか……。



『これ以上私たちの足を引っ張るならとっとと消えろ。迷惑だ……!』



 リースンは思い出してしまった。


 訓騎院時代に、シェーレから投げつけられた言葉。


 騎士科の訓練に付いて行けなくて……侍女科に転属するきっかけになった言葉。



「マちゃフミ、シェーレのことしゅきなのかな?」



 大好物だから、最後まで取っておいたエビフライを尻尾までバリバリ噛み砕くティセリアに、シェーレに対して複雑な心境のリースンはーー



「さぁ……どうでしょうね……?」



 としか、答えられなかった。





 ****




『マちゃフミ、シェーレのことしゅきなのかな?』



 きむらやの店内から聞こえてきたこの声にーー。



「…………」



 扉を開けようとした律の手が、はたりと止まった。




「あれ?リツさん?」



 店前の掃除を終え、ついでに近所のマダムたちとの世間話を終えたコーコが、そんな律の姿を目にとめた。



「いらっしゃいませリツさん!今日も暑いですね!」

「あ、ああ……そう……だな」



 返事をして、律はコーコの方を振り向くが……。


 律の顔は何故か薄っすらと青ざめていて、コーコは少し驚いた。



「リ、リツさん……?どうしました?」

「え……?あ、ああ……。さ……財布を忘れたみたいだ……」

「ツ、ツケ出来るって……イオリ様言ってましたけど……」



「悪い……出直す」と、コーコに笑顔を見せて、律はゆらゆらとポニーテールを揺らしながら、猪苗代の町中へと去っていった。



「…………」



 律の笑顔が、酷く寂しげで……。


 何故、いつも勝ち気な律がしおらしくなっていたことが気になって……。



「コーコさん!?大丈夫か!?」

「ごごごっ御免なさいイオリ様ァーー!!」



 その後、コーコは皿を十三枚も割った……。




 続く

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